02
一方、探し人達はというと…
和と洋の調和した月ノ夜堂という可愛らしい字体で看板の掲げられた、知る人ぞしる隠れ家的お店の一角にいた。
桃色の着物に身を包んだ珱姫の前には、花を型どったふんわりとした和菓子。
テーブルを挟んで向かいに座る若菜の前には、綺麗な焼き色をしたチーズケーキ。
淡い黄色の着物を着る若菜と桃色の明るい着物を身に付ける珱姫の間に、黒い着物に青い羽織を肩に引っ掛けた姿の昼が大人しく座っている。
その昼の前にはちょこんとハーブの葉で飾られたシンプルなバニラアイスが置かれていた。
「ふふっ、たまにはこういうのも良いものですね」
此度のことを発案した珱姫が悪戯っぽい笑みを浮かべて小さく笑う。
それを受けて若菜もまたふわりと口許を綻ばせた。
「えぇ…、鯉伴さんには悪い気もするけど、たまには」
後で怒られない様にちゃんと護衛も連れてきているし。
「ちょっとぐらい遊びに出掛けてもバチは当たらないと思います。いつも若菜さんには家の事やってもらって…」
「そんな…、お義母さんほどじゃないですよ。お義母さんこそ今日はゆっくりして下さい」
「ふふっ、ありがとう。じゃぁ、話はここまでにして食べましょう?」
「えぇ」
促されて若菜はフォークを手にとる。目の前に置かれたチーズケーキをフォークで一口サイズに切って、口へと運んだ。
「あっ、美味しい…」
「良かったぁ。このお店、雪麗さんに教えてもらったんですよ」
サクリと和菓子を匙で切り分け、若菜の反応に珱姫も嬉しそうに頬を緩ませる。
「雪麗さんに?」
「はい。私はあまりこういうのに詳しくなくて、雪麗さんが時おり息抜きも必要よ、って連れて行って下さるんです」
「へぇ、何だか楽しそうで良いわねぇ。あっ、そうだ!それなら私もつい最近、買い物帰りに気になる可愛い喫茶店を見つけたんですよ。もし良かったらお義母さん、私と一緒に行きませんか?」
「若菜さんと?…嬉しい。是非行ってみたいです」
まるで親友の様に仲良く会話を交わす珱姫と若菜を微笑ましく思いながら、沈黙を保っていた昼は一方で小さく首を傾げた。
それにしても何で僕までここにいるんだろう?
小首を傾げたまま、ツンツンと手にしたスプーンでアイスをつつく。
控えめに流れる曲と店内を包む穏やかな空気が心を和ませ、まぁいいかと言う気持ちにさせられた。
「リクオ?どうかしました?手が止まってるけど、もしかしてアイスは嫌いだったかしら?」
「え?ううん、アイスは好きだよ。ただ、夜に何も言わないで出て来ちゃったから、今ごろどうしてるかなぁって思って」
アイスをつついたままぼぅとしていた昼は、心配そうに見てきた珱姫に慌てて首を横に振る。
すると珱姫は途端に申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「ごめんね、リクオまで巻き込んじゃって」
「それは別にいいんだけど、…結局これは何の集まりなの?」
昼の疑問に二人はちらりと顔を見合わせて、ふふっと笑い合う。そして、揃ってこう告げた。
「秘密のお茶会です」
「秘密のお茶会よ」
「秘密の…?」
瞼を瞬いて聞き返した昼に、フォークを置いて紅茶に口を付けた若菜がそうと頷く。
「鯉伴さん達はいつも自由気ままに出掛けるでしょう?それなら私達が同じことをしてもいいんじゃないかしらって、お義母さんがお誘いしてくれたの」
「珱姫さんが?」
「そうです。それに、男の方たちは当たり前だと思ってるのかもしれませんけど、若菜さんはいつも家の手伝いをしてくれてるんですよ。雪麗さんの受け売りになりますけど、若菜さんもたまには家から離れて少しゆっくりしてくれればなって」
「……そっか。それでお茶会」
秘密の、とつくのはささやかな抵抗か、はたまたちょっとした気分からか。何はともあれ可愛らしい秘密である。
何となく分かった様な気がして、昼はふと頬を緩めた。
これで嫌になって屋敷から抜け出して来たと言われたらどうしようかと思ったけど、…良かった。
ちらりと頭を過った可能性が杞憂に終わり、昼はほっとして溶けかけたアイスを食べ始めた。
「そういえば何でリクオは私のことお祖母ちゃんって呼んでくれないのかしら?」
ふと先程の呼び名に引っ掛かりを覚えて、珱姫は和菓子を食べていた手を止めて首を傾げる。
「え?それは、その…」
いきなりの話題転換とその内容に、アイスを掬ったスプーンを口に入れて、昼はもごもごと言葉尻も一緒に飲み込む。
「言われてみればそうねぇ。リクオ?」
きょとりとした二つの視線が昼に向けられ、昼はスプーンで口許を隠したまま、珱姫の呼び名について言い訳した。
「だって…何か、お祖母ちゃんって呼ぶには…その、…綺麗過ぎて…呼べないよ」
「え…?」
「まぁ…」
目を軽く見開く珱姫と感嘆した様な声を漏らした若菜に、昼は言ってしまったと恥ずかしそうに目元を薄く染めて、二人から視線を反らした。
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