隠れた星(夜昼+鯉若)
七月七日は生憎の曇り空
窓辺に置かれた笹と、吊るされた短冊が揺れる
空に光る星の川の姿は見えず―…
□隠れた星□
まだ陽も昇らぬ時間にふいに目が覚めた。
「………?」
何だ?と己の姿を確認すれば夜の姿になっていて。
「昼。起きてるか?」
《ん…、どうしたの?》
己の内に声をかけてみれば、眠そうな昼の声が返ってきた。
《あれ?居ない…。もしかして夜、表に出てる?》
「みたいだな」
勝手に引っ張り出されることがたまにある夜は慌てず冷静に返す。
《う〜…ん?あっ、今誰か部屋の前通らなかった?》
「………」
昼に言われると同時に何者かの気配を感じていた夜はそろりと障子に近付き、開け放つ。
しかし、
「誰もいねぇな」
《でも今確かに誰かが…》
廊下を通って行った。
今の時間帯を考えれば別に不思議なことでもない。妖怪の時間はこれからなのだから。
夜は祢々切丸を懐に忍ばせ、とりあえず部屋を出る。
《どうするの?》
「そうだな…、っと!?」
右手を顎に添え、考えを巡らせていた夜は、すぐ左手の角から飛び出してきた人とぶつかった。
「きゃっ、ごめんなさい。ちょっとよそ見してて…」
「お袋?」
《お母さん!》
「え?リクオ?」
ぶつかった相手、若菜は顔を上げるとそこにいた夜の姿に驚く。
「こんな夜中に何してんだ?」
「…リクオ、よね」
《お母さん?何かあったの?》
ジッと夜を見上げたまま動かなくなってしまった若菜に夜と昼は困惑した様な表情を浮かべる。
「あっ、何でもないの」
とても何でもない無い様には見えない。この慌てようといい。
来た道を戻ろうと踵を返した若菜を、夜は引き留める。
「本当に何もねぇのか?」
「えぇ…。たぶん、私の見間違い…よね」
夜に応えながら、それはまるで自分に言い聞かせている様で。
ふわりとまた、夜は背後に何者かの気配を感じた。
どこか懐かしく、あたたかな。何もかもを包み込む、大きな存在…
《ねぇ、夜。これって…》
「あぁ…」
昼の言わんとしていることを察した夜は、背を向けた若菜の肩に右手を伸ばして引き留める。
「お袋。何も聞かず中庭に行ってくれねぇか」
「え?」
体を反転させ、不思議そうに夜を見上げてきた若菜に、夜はゆるりと鋭い眼差しを緩めて笑った。
「そこにきっと、お袋を待ってる人がいる」
そんな気がする。
夜の突拍子もない言葉を、それでも若菜は信じてくれる。
「分かったわ。リクオが言うんだもの、何かあるのね?」
疑うことなくふわりと表情を崩した若菜に夜は頷いて道を開ける。
「あぁ」
「ふふっ…、夜更かしも程々にして寝るのよリクオ」
途端、悪戯めいた笑みを浮かべ、若菜は中庭へと続く廊下を歩いて行ってしまう。
「…なんか、敵わねぇなぁ」
《ふふっ、だって僕達のお母さんだよ》
「そうだな」
若菜の去っていった廊下を眺め、夜は逆方向へと歩き出す。
「それにしても、盆にはまだ早ぇだろ」
《それだけ待ちきれなかったんじゃない?ちょうど今日は七夕だし、会う名目は立つよ》
七夕は織姫と牽牛星が一年に一度、唯一会う事を許された日。
だが、それも…
「親父にかかれば形無しだな」
若菜に合う為のダシに使われて。
ふっと呆れたように肩を竦めた夜の口許は、言葉とは裏腹に笑みを形作る。
《でも、何か良いよね》
「あぁ、さすが親父って感じだ」
ひっそりと二人で笑い合って夜の散歩へと、リクオは足を向けた。
さらさらと揺れる笹の葉。
空は生憎の曇り空で。
若菜はすっぽりと広い胸に包まれ、少し残念そうに空を見上げる。
「天の川、見えないわね」
「だから良いんだろう?」
「え?」
クツリと笑った声に視線を移せば、低い声が囁くように続ける。
「その方が誰にも見られねぇで済む。天空の逢瀬も、この逢瀬も」
薄闇が隠してくれる。
ぎゅっと強まった腕の力に、絡まる視線。
そこにもう言葉は必要ない。
「………」
若菜は目の前の人を見つめ、ふんわりと柔らく笑った。
□end□
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