夢の狭間で(総大将+鯉伴+夜昼)


どれだけ歳を重ねても
どれだけ離れていても
変わらないことがある
それは―…



□夢の狭間で□



幾度と重ねられる逢瀬。
昼と夜の大切な時間。
二人だけの世界

母屋の濡れ縁に腰掛け、庭に咲く垂れ桜をなんとはなしに眺める。

「不思議だね。こんなに散ってるのに花弁が無くならないなんて」

昼は隣に座る夜の肩に頭を預け、はらはらと散る桜の花弁に手を伸ばした。

《あぁ…。もしかしたらコイツが俺とお前を繋いでくれてんのかもな》

ひとひらの花弁が昼の掌に収まり、夜はその花弁を閉じ込めるように昼の左手に己の右手を重ねた。

「…うん、そうかもね」

昼は重ねられた手を少しだけ開いて、閉じ込めた花弁を隙間から溢す。
そして、夜の指に自分から指を絡めて、隙間をゼロにした。

《まぁ、コイツが無くても俺達はきっとこうしてたさ》

「僕も何だかそんな気がする」

ふっと瞳を細めた夜の柔らかい眼差しと、ふわりと笑った穏やかな昼の視線が交わる。

「二人してそう思うなら絶対だね」

《そうだな》

繋いだ手を引き、夜は昼の体を腕の中へと引き寄せた。その肩が、ピクリと何かに反応するように揺れた。

「ん…?ねぇ、夜。ここって僕達の世界だよね?」

同時に夜も瞳を鋭くし、周囲に視線を走らせる。

昼を腕に、守るように抱き締め夜は囁く様に告げた。

《動くなよ昼。――そこに居るのは誰だ?》

夜の問い、視線の先で、ガサリと桜の枝が揺れる。

「誰か居るの?」

昼の声に被る様にして桜の中からザザッと、派手な赤い羽織をはためかせ、夜そっくりな人物が降ってきた。

《あ?ジジィ?何でてめぇがここにいやがる》

「じーちゃん…」

桜の木の中から現れたのは、若返った姿のぬらりひょんその人だった。

「む?お主らこそ…何故別れておるんじゃ?それに、桜はもう散ったはずじゃがのぅ。はて?」

不思議そうに自分が飛び降りた桜の木を見上げるぬらりひょん。

《どういうことだ?》

「あっ、夜。廊下の先から誰か来る」

ぬらりひょんの事は一旦置いておき、夜は確かに感じる、近付いてくる気配に警戒を示した。

だが、

《…は?》

「…えっ!」

廊下の先から現れた人物を見た瞬間、二人は警戒するとかそんな事よりもまず、酷く驚いた。

「ん?お前は…夜に…、リクオ…?」


長い黒髪を靡かせ、右手を懐に突っ込みのんびりと二人の前に姿を現したのは、

《親父》

「お父さん?」

奴良 鯉伴、リクオの父親だった。

「っと、…そっちに居るのは親父?」

「鯉伴…」

鯉伴の登場に、さすがのぬらりひょんも驚きを隠せなかった。

四人は互いに顔を見合わせ、黙り込む。

庭の垂れ桜の木の前に立つ、若き姿のぬらりひょん。

濡れ縁に腰掛け、昼を守るように抱き締めたままの夜。そんな夜の腕の中に大人しく収まっている昼。

庭一面が見渡せ、リクオが座る濡れ縁から続く廊下に立つ鯉伴。

「…おい、リクオ。これは一体どういうことじゃ」

《俺が知るか》

沈黙を破ったぬらりひょんに夜が素っ気なく返す。

その隙に、鯉伴はリクオの側へと寄り、隣にしゃがみこんだ。

「何だかよく分からねぇけど、大きくなったなリクオ」

右手を懐から出し、夜と昼、両方のリクオの頭にぽんと手を乗せ、鯉伴は二人の髪をくしゃくしゃと撫でる。

《―っ!?やめっ…》

「わっ!お父さ…」

子供扱いに夜は抗議の声を上げ、昼はくすぐったそうに嬉しそうに笑う。

仲睦まじい親子の姿に、ぬらりひょんは考えることを放棄し、自分も孫の隣へと腰を下ろした。

そして、どこからともなく朱塗りの盃と酒を取り出す。それを目敏く見つけた夜が、鯉伴の手から逃げる様にして言った。

《おい、なに暢気に一人で酒飲もうとしてやがる。見てねぇで助けろジジィ》

「ふっ…、ワシはそんな野暮な真似はせん」

一人気ままに酒を傾け始めたぬらりひょんに、リクオの髪からやっと手を離した鯉伴が言った。

「妖酩酒じゃねぇか。親父、俺にもくれよ」

「あっ、それなら僕、台所から盃持ってくるね!」

どこか落ち着かない様子で立ち上がろうとした昼を、夜が引き留める。

《昼、お前はここにいろ。俺が取ってくる》

「え?」

誰かの為に自分から動くとは、珍しい夜の行動に昼は驚いた。

だからつい、さっさと立ち上がり廊下を歩いて行く夜を見送ってしまった。

「くくっ、あやつも中々…」

同じくそんな夜を見ていたぬらりひょんは、夜の行動の意味に気付いて愉快そうに笑う。

「じぃちゃん?」

鯉伴も夜の後ろ姿を、口元に弧を描いて優しげに見つめると、自分の隣に戻した。

「リクオ。夜とは仲良くやってるか?」

「え?うん。…お父さん、夜のこと知ってたの?」

「そうじゃ鯉伴。お主、リクオのこと…」

二人の視線に鯉伴はふっと表情を緩めて返した。

「俺はリクオの父親だぜ。息子のことなら知ってて当然だろ」

それは肯定。
鯉伴は近付いて来た気配に向けて、なぁ、夜?と笑い掛けた。

《……おぅ》

ほらよ、と持ってきた盃を鯉伴に渡し、夜は昼とぬらりひょんの間に腰を下ろす。

《お前の分も持ってきたぞ》

「あっ、ありがとう。でも僕、お酒は…」

《一献くらい飲めるだろ?》

う〜んと考えた末、昼は一杯だけならと頷いた。


ひらり、ひらりと桜が舞う。

現実から切り離された空間で、四人は静かに盃を傾ける。

頬を緩め、どことなく楽しそうにちびちびと酒を飲む昼。それを夜が盃に口を付けながら、穏やかな眼差しで見つめる。

そんな息子二人を視界におさめ、鯉伴も口元を綻ばせた。

「ふっ、緩みきった顔しおって…」

盃を濡れ縁に置き、小さく呟いたぬらりひょんもまた、優しげな色を灯した瞳で隣に座る親子三人を眺める。

言葉はなくともその眼差しが、愛しいと雄弁に語っていた。



◇◆◇



はらりと落ちた花弁が鯉伴の盃に浮かぶ。

とん、横から掛かった重みに鯉伴は盃を傾ける手を止め、自分の右側を見た。

「リクオ?」

「……ん」

そこには、うとうとと閉じようとする瞼と格闘するリクオの姿がある。

《眠いんだろ。酒も入ったし、普通なら今頃寝てるはずだ》

昼の向こう側から夜がそう言って視線を投げてくる。

「寝かしてやったらどうじゃ、鯉伴」

ぬらりひょんが廊下を挟んですぐ後ろにあるリクオの私室を指して言う。だが、

「…やっ…」

それを朧気ながら耳にした昼は、寝るのが嫌だと小さく抵抗して、鯉伴の着物の袖をぎゅっと握った。

いつも我が儘など言わない昼が珍しく抵抗する。
その姿に、夜はふと瞳を細め、どうしたものかと思案する鯉伴に言った。

《しばらくそうしてろよ。昼が嫌だって言ってんだ、無理に連れてく必要もねぇだろ》

「そりゃそうだが、ここじゃ寝にくいだろ?」

鯉伴の心配をよそに、昼は鯉伴の膝に頭を乗せると気持ち良さそうに寝息を立て始めてしまった。

「なんじゃ、結局寝てしもぉたか」

すやすやと口元を綻ばせ、幸せそうに眠る昼を見て、ぬらりひょんが仕方がないのぅと苦笑する。

《…親父とジジィがどうやってここへ来たか知らねぇけど、気が向いたらまた来いよ》

「夜?」

「何じゃ、さっきは邪険にしとったくせに」

昼同様、珍しい夜の言動に鯉伴とぬらりひょんの視線が向く。

けれど夜はそんな視線をものともせず、穏やかな表情を浮かべてみせた。

《その方が昼が喜ぶからな》

「……お前は?」

《あ?》

「お前はどうなんだ。嬉しくねぇのか夜?」

何故か鯉伴に真剣な顔で聞かれ、夜は一瞬虚を突かれたような顔をする。

《……別に。嬉しくねぇわけじゃねぇ》

そして、口から溢れ落ちた夜のひねくれた返しに、隣で聞いていたぬらりひょんが笑った。

「呵呵…、お主、照れておるのか」

《―っ、そんなわけねぇだろ》

にやにやと笑いだしたぬらりひょんを睨みつけた夜の後ろで、鯉伴はどこかほっとしたように表情を緩める。

「夜。あまり親父にのせられるな。騒ぐとリクオが起きちまうぜ」

《っ、ジジィ!!》

「くっくっく…」

「…ん…ぅるさ…」

眉を寄せたリクオの髪を撫でながら、鯉伴は飽きることなく祖父と孫の口喧嘩を眺めていた。



end



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