父との約束(夜+鯉伴)


四分の一とはいえ、継いだ妖怪の血は濃く深い
"夜"
と、再びその名を呼ばれるまで
しばし約束を―…



□父との約束□



それはリクオが生まれ、季節が四度巡った新月の夜。

すたすたと廊下を歩く影が一つ。

目的の部屋の前につくとその人影は静かに静かに、その部屋の障子を開け中に滑り込んだ。

「すぅ…すぅ…」

部屋の中央に敷かれた布団の中には、栗色の髪を枕に散らせ、無防備に眠るあどけない寝顔がある。

「おぉ、今日も良く寝てるな」

その傍らに腰を下ろした人影、鯉伴は息子の頭に手を伸ばし、起こさぬよう優しく髪に触れた。

「…ん…おとーさん…」

名前を呼ばれて、起こしちまったかと危惧するも目を覚ました気配は無く、どうやら寝言の様だ。

「ったく、お前は寝てても俺を驚かせるなぁ」

よしよしと髪を撫で、鯉伴は口元を緩めた。

「…すぅ…すぅ」

「可愛いもんだな」

室内にゆったりとした時が流れる。

「…そろそろ戻んねぇと」

さらりと名残惜しげに髪から手を離し、鯉伴はよいしょと重い腰を上げた。

「良い夢見ろよ、リクオ」

そう残して、部屋から出ようとリクオに背を向け、障子に手をかけた瞬間ソレはいきなり起こった。

「―っ!?なんだ…!?」

ぶわりと唐突に、室内に溢れ出した闇の気配に鯉伴はリクオを守らねばと勢い良く背後を振り返る。

しかし、そこには、

「―っ、これは…!」

あどけない寝顔は何処へいったのか。凛とした相貌、栗色の髪は銀へと変わり、子供らしく真ん丸だった大きな茶色の瞳は鋭く輝く金の瞳に。姿を変えたリクオがそこにはいた。

「リクオ…?」

「っぅ……」

布団から上体を起こしたリクオは辛そうに眉を寄せ、額に右手をあてて、側に立つ鯉伴を見上げた。

「………」

「………」

ジッと互いに何も発せず視線だけが絡まる。

「あ〜…、リクオ?」

「何だ?」

鯉伴が言葉を選んで聞けば、随分素っ気ない声が返ってくる。

「……可愛くねぇ」

ついこの事態を忘れ、鯉伴はポツリと溢した。

「当然だろ。俺は昼じゃねぇ」

凛とした空気を纏っていても、ふぃと拗ねたように顔を反らされれば可愛くねぇとは二度と言えなくなる。

「そうでもねぇか。で、昼ってのは?」

上げた腰を再び下ろし、鯉伴は聞く体勢をとった。


「リクオの事だ」

「リクオ?お前だってリクオだろうが」

「昼の、人間のリクオの事だ」

「…ってぇと何だ。今のお前は妖怪の、夜のリクオか?」

コクリと頷き、戻された視線に鯉伴は右手を顎に添え、ふむと考える。

「…そうか。…それにしても顔色が悪ぃな。大丈夫か?」

「力が…まだ、上手く制御できてねぇんだ」

特に月の無い夜は血が騒ぐ。昼の身体がもう少し成長するまで、この血は抑えなきゃならねぇ。

このままじゃ昼を傷付けちまう。

四分の一だけの妖怪の血が、四分の三ある人間の血を蝕もうとする。

素直に口を開いた夜の頭に、ポンと右手を乗せると鯉伴はその髪をくしゃくしゃっと掻き混ぜた。

「っ!?何しやが…」

「良くやった、夜。昼のリクオを守ってくれてたんだな」

「………」

「そうだな、それなら俺に一つ考えがあるが…」

「…何だ?」

聞き返した夜に、鯉伴はすっと笑みを消し真剣な表情を向ける。

「お前には辛いかもしれねぇ」

その言葉には、突然現れたにも関わらず、昼に向けられるのと同じぐらいの愛情が含まれていた。

厳しい眼差しの中にある愛しさと悲しみ。

言った本人がそんな顔してどうする。
あぁ…これが父親って奴か。

夜はその時初めて鯉伴の前でゆるりと笑った。

「構わねぇよ。どっちみち、昼がいなきゃ俺は…」



◇◆◇



布団に横になったリクオの胸に鯉伴は右手を置く。

「本当に良いんだな?」

「あぁ。…やってくれ」

妖怪の血を引く夜を、リクオの中に眠らせる。
昼がある程度成長し、夜を受け入れられる様になったら自然と目覚める様に。

それまでは夜から昼に接触することはおろか、存在さえ認識されない。言葉をかわすことも出来ない。

「"夜"、それがお前の名前だ」

そして、お前も俺の大事な息子、リクオに変わりねぇ。それを忘れるなよ。

自分を見下ろす柔らかな眼差しに、夜は何とも言えぬ気持ちになって眉を寄せた。

「おい、そこは頷くとこだろうが」

「…おぅ」

「ふっ、…ちゃんと守れよ」

お前自身も、昼のリクオもな。

それから鯉伴の右手が添えられた胸の中心がほんのりと温かくなって、夜はゆっくりと微睡みの中に沈んでいった。

「…親父…ありがと」

すぅっと栗色の髪の、あどけない寝顔に戻ったリクオに鯉伴は苦笑を浮かべた。

「親父か…せめてお父さんにしてくれよ、夜」



◇◆◇



約束の時は流れ、"夜"は目覚める。

《俺の名を呼べ》

「夜の僕…」

《俺の名を呼べ、昼の俺。お前が望むなら力を貸してやる》

鯉伴の想いを胸に、夜は昼の前へと、桜の木から降り立つ。

《昼》

「夜」

そうして、互いにかけがえのない存在へと変わる――。



end



[ 24]

[*prev] [next#]
[top]



- ナノ -