家族2(夜昼+総大将)
月の無い夜、
風に庭の木々がさざめき
闇を連れてくる―…
□家族2□
「何だか今夜は血が熱いな…」
昼間とはまた違った景色を見せる庭を眺めながらリクオは着物の袷をキュッと掴んだ。
《あぁ、新月だから妖怪の血が騒いでしょうがねぇ》
「夜」
ぶわりとリクオを包む闇が濃くなり、栗色の髪から色素が抜けていく。
眼光が鋭くなり、昼から夜へと主導権が移り変わろうとしていたその時…
「リクオ」
ぬらりと闇の中から見慣れた、けれど見たことの無い、矛盾した思いを抱かせる人物が現れた。
「夜…!?」
驚きで見開かれた茶色の瞳はスッと一瞬で鋭い金の瞳に変わり、子供らしく高かった声が一段と冷え冷えとした低い声に変わる。
「俺はここにいる。…誰だてめぇ」
闇の中から現れた人物は、夜のリクオと瓜二つ。違いと言えば、相手は目元に紋様、長い髪の先は紐でくくられ、黒の着物に派手な赤い羽織り。肩に狼の様な生き物を乗せ、背は夜のリクオより高い。
「誰、じゃと。酷いなぁワシの孫は」
夜の吐いた台詞に相手はクツリと笑う。
「―っ、ジジィ…?」
《嘘!?じーちゃん?》
夜の中で昼も驚きに声を上げた。
若返った姿のぬらりひょんは夜の視線に構わず近付くと、その隣に悠々と腰を下ろす。
「ンで、若返ってんだジジィ」
ジロリと睨む様に見てきた夜にぬらりひょんはニィと笑う。
「たまには良いじゃろ」
人を食ったような笑みを浮かべ、右手に持った煙管をくるりと回す。
《ほんとに格好良かったんだ》
ほぅと若きぬらりひょんを見た昼の感想に夜は眉をひそめる。
「良くねぇよ。いったいどういう事か説明しやがれ」
「ふぅむ、それはワシの台詞なんじゃがなリクオ。夜、とは何の事じゃ」
昼間にも言うておったろう?と、ぬらりひょんは存外真面目な面持ちで孫を見詰めた。
「…何の事だ?」
「ふっ…、お主は嘘を吐くのが下手じゃのう」
更に眉を寄せたリクオを見て、ぬらりひょんはカラリと笑う。
《夜。じいちゃんになら言っても…》
ムッとして黙り込んでしまったリクオにぬらりひょんは続けて言う。
「まぁ、言いとぉないなら無理にとは言わんが…」
「俺の呼び名だ。夜は俺の名前だ」
ぬらりひょんの言葉を遮り、夜はぶっきらぼうに告げた。
「お主の名と言うと…」
はて、と首を傾げたぬらりひょんから視線を庭へと移して夜は言う。
「昼の、人間の時のリクオを昼。夜の、妖怪の時のリクオを夜。昼と俺はお互いに名を付けてそう呼び合ってる」
「昼と夜、か。なるほどのぉ」
その説明だけでぬらりひょんは納得したのか、驚くでもなく感心したように頷いた。
「驚かねぇのかジジィ」
「ふ…、今さら孫が二人になったぐらいで何を驚く必要がある。逆にリクオが三代目を継ぐのをあんなに拒んだ理由がようやっと分かったわい」
どっしりと揺るがぬ瞳が夜に向けられ、夜もゆっくりとぬらりひょんを見返す。
「どうやら昼のリクオは夜のお主が三代目になれば良いと思っておる様じゃな」
「………」
それについては夜は何も言えない。
押し黙った夜をジッと眺めていたぬらりひょんは不意にリクオから夜空へと顔を動かし、肩を竦めてやれやれと息を吐いた。
「そんなことでは、お主等にゃまだ三代目を継がせられんのぉ」
「はぁ?いきなり何言ってんだ」
よっこいしょと、濡れ縁から立ち上がったぬらりひょんは困惑するリクオを見下ろし、子供にするように夜の髪をぐしゃりと掻き混ぜた。
「わっ!?なにすっ…!」
「昼と夜、合わせてやっとの一人前が。ワシの様になるにはまだまだじゃの」
呵呵と笑いながら、ぬらりひょんはリクオに背を向け歩き出す。
「ったく、何なんだあのジジィは」
《ははっ、流石の夜でもおじいちゃんには勝てないんだね》
「チッ…」
嫌なとこを見られたと不機嫌さも露に舌打ちした夜に、昼はポツリと溢す。
《でも、僕と夜、二人でやっと一人前か》
「昼?」
《僕は三代目には夜が相応しいと思ってたけど、どうやら間違えてたみたいだ》
去って行ったぬらりひょんの背を見つめながら昼は夜に言う。
《僕達は二人でリクオなんだ。夜が三代目を継ぐとかじゃなくて…。じーちゃんはきっと、僕と夜が力を合わせて初めて三代目を継げるって言いたかったんだ》
「それにしちゃぁ、もうちっと言い方があるだろ。昼間は早く隠居させろと昼をせっついてたくせに、まだ継がせられねぇとか抜かしやがって」
口で言うわりに本気で怒ってるわけではない夜に昼は苦笑する。
《まぁまぁ。…あっ、そう言えば何でじいちゃんあの姿だったんだろ?》
昼の声に、文句を並び立てていた夜もハッとして、ぬらりひょんの去った先を見つめる。
「…あのジジィ、自分の聞きたいことだけ聞いて逃げやがったな」
《今夜はもう捕まりそうにないね…》
一枚も二枚も上手のぬらりひょんには、まだまだ敵いそうにないリクオだった。
□end□
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