生殺与奪(夜昼)
掌の中で返される刃
刀身がその身へと沈み
足元を紅が染めた―…
□生殺与奪□
その瞬間誰もが目を見開き、息を呑んだ。空気さえも凍ってしまったかのように動かない。
「―――っ」
「…リク…オ…さま…?」
夜明けも遠く闇の中、ゆらりとリクオの姿が陽炎のように揺らめいた。
痛みを堪える様に細められた鋭い金の瞳と茶の瞳。靡く銀の髪に栗色が混ざり、夜と昼を隔てていた境界が崩れる。
「っ………」
皆の視線を一身に集めた夜の口端からはつぅと鮮血が滴り、輪郭がぼやける。
「ふはっ、はははははっ!こうも容易く事が運ぶとは!」
「…っ…はっ…」
夜の右手に握られていた祢々切丸の刃が夜の身を貫いていた。
己の刃で己の身を傷付けた夜。
何が何だか分からず驚愕する奴良組の面々を前に、安倍晴明配下の陰陽師がにたりと笑う。
「魑魅魍魎の主といえど所詮は混血。人間のガキを操るなど造作もないわ」
ならば、この惨状は…。
《…夜…っ》
己の内で悲痛な声音が叫ぶ。
刃の沈んだ身よりも、泣きそうに揺れたその声に夜の胸は締め付けられる様に痛んだ。
(…だい、じょうぶだ。これは、お前のせいじゃねぇ…)
《でもっ!血が…血が止まらないんだっ》
それはそうだろう。祢々切丸は妖怪を斬る刀。妖怪の血を継ぐ夜も例外ではない。
しかし、勝利を確信し余裕の表情を浮かべている陰陽師に向けて夜はにぃと不敵に笑ってみせる。
震える唇が弧を描き、掠れた声音で言う。
「…残念だが俺の命はとっくの昔に他の奴にやっちまってんだよ」
「なにを…」
「ソイツ以外にくれてやるつもりは毛頭ねぇ」
(…だから安心しろ、昼)
すっとぶれていた輪郭が定まり、月の光を弾いて銀髪が輝く。力強さを取り戻した金の双鉾が鋭く細められ、ひたりと眼前の陰陽師を見据えた。
「俺を生かすのも殺せるのもソイツだけだ」
(昼だけだ。…だから、泣かなくて良い。昼が望む限り、俺は死なねぇ…)
《…よる…っ…ふぅ…》
ふわりと夜の身が淡い光に包まれる。傷口を中心に身体中へと広がっていくぬくもりに夜は右手をかけていた祢々切丸を無造作に引き抜いた。
「リクオ様!?そんなことをされた、ら…っ!?」
青褪める側近達は言葉を途切れさせ目を見開く。
刀を引き抜いた筈の傷口から血は一滴も流れず、逆に、みるみる内に傷口が塞がっていく。
目の前で起こった不可思議な現象。その真実を知るものは夜以外いない。
祢々切丸に付いていた己の血を払い、構える。
「アイツを悲しませる奴は許さねぇ」
また妙な術を放たれる前に夜は一気に距離を詰め、馬鹿な!と驚愕する陰陽師に向けて容赦なく祢々切丸を振り下ろした。
「―――っ」
…どさりと、声も出せず陰陽師が昏倒する。
その傍らに立ち、夜は陰陽師を冷めた眼差しで見下ろしながら祢々切丸を鞘に納めた。
「どうやら悪知恵は働くようだが度胸はねぇようだな」
祢々切丸は妖怪を斬る刀。人間は斬れないと知っていたはず。故に人間である昼に術をかけて操り、妖怪である夜が表に出た瞬間、祢々切丸で自分を攻撃させた。
刀で斬られたと思ったか、はたまた夜の畏に呑まれたか、気を失った陰陽師を捕らえるよう夜は側近達に指示を出し、淡い光の溶けた空を見つめた。
「リクオ様、今のはいったい?それにお怪我は…」
「ん、あぁ……あ?」
一番に夜の元へ駆け寄ってきたつららに、夜は答えようとして視界が揺らいだのに気付く。
(血が…足りねぇのか…)
真剣な眼差しで見上げてくるつららには悪いがその話はまた次の機会になりそうだ。
「つらら」
「はっ…え?ちょっ、あの…!!」
夜は正面からつららの両肩にぽんと手を置くとゆるりと表情を緩める。
「後は頼む……」
そして言いたいことだけを言って瞼を落とした。
「えぇっ!?ちょっ、リクオ様――!?」
ぐらりと自分に向けて傾いてきた夜の体を慌てて受け止め、つららは叫ぶ。
「青、黒!どっちでも良いから早くリクオ様を支えてぇ〜〜!!」
銀の髪は栗色の髪に戻りリクオの姿は昼に戻ってはいたが、リクオを支えるにはつららでは少々厳しかった。
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