02
横一文字に斬られた胸の怪我を消毒してもらい、薬を塗られる。真っ白い包帯を胸に巻かれ、鴆が用意してくれた着物に袖を通した。
「ほら、口も開けろ。口端切っただろ?念の為口の中もな」
「あ?」
ぐぃと顎を掴まれ、夜は渋々口を開ける。
「んー、口の中は大丈夫そうだな」
掴んだ顎を右に左に動かして診察を終えると、鴆は手を下ろし、治療道具を片付け始めた。
それに夜は一言お礼を言って席を立つ。
「じゃぁ、悪ぃけど離れ借りるぜ」
「おぅ。何かあったら声かけてくれ。俺は仕事場にいるからよ」
鴆の頼もしい台詞に夜はひらりと片手を振り、その場を後にした。
◇◆◇
離れの部屋に引かれた布団には潜らず、庭の見える障子を開け放って縁側に腰を下ろす。
柱に背を預け、昼を想ってそっと目を閉じた。
深く深く想った先で、
はらはらと舞う桜の木の根元で、昼は膝を抱え蹲っていた。
「昼」
ふわりと地に足を付け、傷付いた小さなその身を抱き締める。
「昼…。俺はここにいる。お前を置いて逝ったりしねぇ」
ぴくりと微かに肩が震えて、昼がのろのろと顔を上げる。
「昼」
しっかりと視線を絡ませ、夜は昼を見つめた。
《……ぁ、夜?》
「怖い思いさせちまったな」
《っ、夜!》
震える声と共に伸びてきた手が背中に回される。飛び込むように抱きついてきた昼に、夜はきつく抱き締められた。
「昼…」
《夜っ…、もっと…強く、抱き締めて…》
ぬくもりを求める様に、まるでその存在を確認する様に、昼は夜を求める。
「大丈夫だ。俺はここにいる。ずっと昼の側に」
昼の求めに夜は囁く様に返し、昼の背に回していた腕に力を込めた。
《………》
「………」
言葉もなくはらはらと花弁だけが舞う。
どれぐらいそうしていただろうか、昼がぽつりぽつりと話し始めた。
《僕……夜を失ったらって思って…、頭の中真っ白で…》
「あぁ…」
《気付いたら刀握ってて…、夜の、声が聞こえて…》
「あぁ」
《夜が止めてくれなかったら僕…、僕は…》
「もういい昼。もう終わったんだ」
昼の背に回していた手で、柔らかな栗色の髪を撫でる。
《っ、良くない!だって、またこんなことがあったら…僕、自分でも何するか分から…》
「次なんてねぇ!俺が、そんなことさせねぇ。だから大丈夫だ。…大丈夫、怯えなくていい」
くしゃりと泣きそうに顔を歪めた昼を見つめ、夜は傷付いた昼の心ごと己の胸に優しく包む。
《…ごめん、夜》
怖かったのはきっと自分だけじゃない。我を忘れ、考えも無し敵に立ち向かって行った昼を見ていた夜もまた…。
「俺のことは気にするな。…疲れただろ?もう何も考えず休め」
《…夜は?》
「ここにいる。お前が起きるまでずっとこうしててやる」
昼の背に回した腕を少しだけ緩め、逆の手で昼の髪を撫でる。
《……ん》
ようやく、仄かにだが和らいだ昼の表情に、夜もほっと口許を緩め、そのまま昼を眠りへと促した。
「…明日にはまたいつもの様に笑ってくれ」
それだけでこの心は癒される。
「お前は無事でなきゃならねぇ。そうでなきゃ今度は俺が…」
胸の中で寝息を立てる存在を愛しく想う。
同時に、強く深いその想いは時として鋭い刃へと形を変える―…。
□end□
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