初めての恋(夜昼)


先に惹かれたのは俺
想いを告げたのは僕
はなびら舞う
しだれ桜の下で―…



□初めての恋□



桜の木の枝に腰掛け月を眺めていた夜は、そよりと流れ込んできた暖かな空気に瞳を細めた。

《来たな…》

次いで、からりと母屋の障子が滑る音が耳に届く。キシッと床板が鳴り、草履が砂利を踏む。

こちらへ近付く足音に夜は背を預けていた幹から体を離し、はらりと舞う桜と共に視線を下へと下ろした。

そこに、

「夜」

少し恥ずかしそうに、けれど真っ直ぐ夜を見上げてくる昼がいる。絡んだ視線に夜もゆるりと口元を緩めて桜の枝から飛び降りた。

手の届く距離に近付き、待っていたと、昼を己の懐へ抱き寄せる。すっぽりと抵抗もなく腕の中におさまった昼に夜は笑みを溢した。

すると、昼もおずおずと夜の羽織を掴んでくる。
その可愛さに、夜は赤く染まった昼の耳元へ唇を寄せた。

《羽織なんか掴まねぇで俺の背に回せ》

右手を昼の手に重ね、自分の背に回させる。
ぴくりと肩を揺らした昼の頬は薄く染まり、顔を見られたくないのか昼は夜の胸元に頭を押し付けてきた。

…どうしてこう可愛いことを。

緩みそうになる口元を引き締め、夜は昼を怖がらせぬよう重ねた右手を離す。その手で、栗色の髪に触れ、優しく昼の頭を撫でた。

《昼》

「ん……」

ゆっくり、髪をすかれる感触が心地好くて昼は瞳を細める。すとんと肩から力が抜けて昼はぽつりと溢した。

「……ずるい」

《………?》

「夜はずるい。…いつも僕だけどきどきさせられてる」

背に回した手できゅっと夜の着物を握り、顔を上げぬまま昼はそう口にした。

《…そうでもねぇさ》

「え…?」

不安そうに瞳を揺らした昼に、夜は少し躊躇ってから昼の腰に回していた腕に力を入れた。
ぴったりとくっついた所から、着物越しにじわじわと互いの体温が伝わってきて、触れ合った事で早くなった鼓動が………重なる。

「ぁ……」

とくり、とくりと…。

《おんなじだろ?》

吐息にも似た声を漏らし顔を上げた昼からやや視線を反らし、夜はどこかぶっきらぼうに告げた。

それでも昼を包むぬくもりは優しく、離れることはない。

…僕だけじゃないんだ。

不意に生まれた不安は、照れたようにぎこちなく視線を反らした夜を目にしてどこかへ消える。

「…なんか、可愛い…かも」

変わりに去来したくすぐったい様な感覚に、昼はようやくふわりと屈託なく笑った。

《俺が可愛いなんて冗談じゃねぇ。可愛いのはお前だけで十分だ》

そんな昼に夜は視線を戻し、憮然とした声を出す。

「わわっ!?」

ぐしゃぐしゃと昼の髪を掻き混ぜ、慌てだした昼に夜はどこか満足気に笑みを溢した。

《ほらな。可愛いのはお前だよ》



初めての恋は手探りで。
一歩一歩、ゆっくりと一緒に進む。



end



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