結ばれる縁(笠黄+黄笠)
※笠黄+黄笠
※笠松(大3)×黄瀬(大1)
※黄瀬(19歳)×笠松(21歳)
それは突然――逢魔が時…。
大学のバスケ部も休みで相手もモデルの仕事も入っていない、久し振りにデートを満喫した帰り道。
帰る場所は一緒だが、共にまだデートの余韻に浸っていたくて人通りが無いのを良いことに、こっそりと指先を絡めて寄り道をした公園。
「センパイといるとあっという間に時間が過ぎちゃって時間が足りないっス」
時間がもっと欲しいと可愛いことを言う黄瀬にふっと笠松は表情を和らげ、むくれている頬へ手を伸ばすとそのすべすべの肌をそっと撫でた。
「そうだな。最近は擦れ違いも多かったし、明日はゆっくり家でごろごろするか?」
「するっス!明日は俺がご飯作るっス」
頬に添えられた笠松の手に擦り寄り黄瀬はふにゃりと笑う。
「んー、それは嬉しいんだけど…」
「ダメっスか?最近はセンパイに作って貰ってばっかだったし」
「お前、忙しかったもんな。けど…お前明日動けるか?」
「えっ…、あっ、そ、それって…」
「わりぃ。なるべく優しくするつもりでいるけど、正直手加減出来る自信がねぇ」
「っ…センパイ」
ふんわりと漂い出した甘い空気に、何の変哲もない公園。その景色は何の前触れもなく、ビシリと硝子に皹が入ったような音を発すると共に、その景色に亀裂を走らせた。目の前にあった日常の景色が突如縦に裂ける。
「――っ!?」
二人が驚きに声を上げる間も無く、縦に走った亀裂とはまた別に、右斜め上から左斜め下へと鋭い刃物で切られたかのように、公園の一部の景色がその空間ごとスッパリと切り裂かれる。と、同時に口を開けた空間から眩い光が溢れ出し、二人は一時的に視界を奪われる。
ただその直前、光の中から二つの人影が飛び出して来るのを二人は見ていた。
「黄瀬っ!」
笠松は視界が利かぬ中、咄嗟に黄瀬を庇うように一歩前に出る。
「センパイっ!」
そして笠松の行動を察知した黄瀬は自分が前に出ようとした。だがそれを読んでいた笠松に間髪入れずに鋭い声で制される。
「お前は動くな!」
「――っ」
その声にピクリと肩を揺らし動きを止めた黄瀬は部活で培われた条件反射に、もどかしそうに顔を歪めた。
やがて視界の戻ってきた二人の目の先には―― 黄金(きん)を帯びた長刀を右手に持ち、左手でもう一人の腕を掴む青年。腕を掴まれた相手の左手にはお札らしき紙が数枚と右手には古めかしい八角形の形をした鏡。煌めく薄墨色と琥珀色の双眸。笠松と黄瀬にそっくりの青年が二人、笠松と黄瀬の前に立っていた。
「――誰だ、てめぇら?」
光の中から飛び出して来た長刀を持つ黄瀬に似た男に警戒しながら笠松は問い掛ける。しかし、目の前の相手は答えずに目を見開くと勢いよく背後を振り返った。その瞬間、札と鏡を持った笠松に似た男が膝から力が抜けたかのようにその場に崩れ落ちる。
「ユキさんっ!」
悲鳴染みた声を上げて黄瀬似の男が、地面に倒れ込みそうになった身体を間一髪で受け止めて自分も笠松似の男-ユキ-の前に膝をついた。
「わりぃ、リョウタ。ちょっと力、使い過ぎた…」
荒い息を吐き出しながら喋った身体は脱力し、右手からゴトリと鏡が滑り落ちる。地面に落ちたその音に目を向けた黄瀬に似た男-リョウタ-は次の瞬間ヒュッと小さく息を飲んだ。
「っ、ユキさん、その右手っ!!」
「あぁ…ちょっと、無茶しちまった。けどこの鏡がねぇと元の世界に帰れねぇだろ?」
「だからって…!」
泣きそうな声で怒ったリョウタの視線を辿れば、ユキの右手は指先から肘にかけてまるで火傷をしたかの様に赤く腫れ僅かに爛れていた。
「――っ」
思わず笠松と黄瀬も息を飲む。
その間にリョウタが懐から真っ白な紙と何か液体の入った小瓶を取り出し、蓋を開けると紙に液体をかけて、濡れたその紙をユキの右手指先から肘にかけて丁寧に巻いていく。
「これはあくまで応急処置にしかならないっスからね。俺の力が回復したらキチンと綺麗な肌に治すっス!」
「ん。さんきゅ、リョウタ」
片手に持っていた札を懐に戻したユキは自分の腕を処置してくれているリョウタの頭をくしゃりと優しく撫でると、その視線をようやく笠松達に向けた。
「何が何だか分からないって顔だな。…まぁ、それが当然の反応だ」
警戒を解かない笠松と黄瀬を見て、ユキは気分を害した風でもなくただ肩を竦めた。
「本来なら交わることの無かった縁(えにし)を無理矢理俺が引き寄せた。――コイツと俺が助かる為に」
手当てを施すリョウタの横顔をユキはちらりと愛しそうに流し見る。それだけで目の前の二人の関係は何となく察せられたが、こちらの疑問はまだ何一つ解決していないと笠松は黄瀬を背中に庇ったまま硬い声で質問を投げつけた。
「お前らは――“何”だ?」
“誰だ”から“何者”かと、先程とは違う、替わった質問にユキの口許がさすが俺だな…と淡く綻ぶ。
「ちょっとユキさん!アンタ自身が相手でも浮気は許さないっスよ!」
手当て終わりと、顔を上げたリョウタは呟かれた台詞とユキの生き生きとした顔を見て念の為に釘を刺す。
「誰が浮気だ。どう説明したら良いか考えてただけだ」
返された呆れた眼差しにリョウタは立ち上がり、一緒に立ち上がろうとしてふらついたユキの腰を抱いて支える。
「んー、じゃぁやっぱりここは自己紹介からじゃないっスか?」
立ち上がり、笠松と黄瀬に向かい合ったユキはリョウタのもっともな提案に頷いて、質問は後で受け付けるからまずはこちらの話を聞いてくれと、笠松と黄瀬に向かって話を切り出す。
「……分かった。話してくれ」
笠松はちらりと黄瀬と目を合わせ、一任されるとユキに先を促した。
「薄々気付いてるだろうが、俺の名前は笠松 幸男。海常所属の陰陽師。この世界とは別の世界から飛ばされて来た」
「右に同じく。海常所属、海常退魔師兼広報担当、黄瀬 涼太っス」
「とはいえ、いきなり言われても意味不明なことばっかだろ?」
とりあえず二人に今理解して欲しいのは三つ。
俺達は別の世界から来た笠松 幸男と黄瀬 涼太だということ。
それから笠松 幸男が陰陽師で、黄瀬 涼太が退魔師だということ。
決してこの世界のお前達に危害を加えたりしないということ。
「この三点だけ頭に入れておいてくれ」
大雑把すぎるが複雑な話をされるよりは分かりやすく、別の世界や陰陽師、退魔師など、現に目の前で起きた不可思議な現象を見てしまった時点で信じるより他になかった。
「…お前らが別の所から来たのは分かった。けどそれは意図してか?それとも事故かなにかか?」
ユキは、本来なら交わることの無かった縁(えにし)を無理矢理引き寄せたと言った。だが、この世界とは別の世界から飛ばされて来たとも言った。
自らここへ来たのか、意思に反してここへ来てしまったのか。
それにより三つ目の、笠松と黄瀬に危害を加えないという言葉の信憑性が変わってくる。
「へぇ…こっちの俺も疑り深いな」
「大事なことだろ?」
「まぁ、そうだな。恋人が関わってくるなら尚更か」
「黄瀬を危険に曝したくねぇからな」
ユキと笠松の会話にリョウタと黄瀬は場違いにもちょっぴり嬉しそうに頬を緩めた。
先にふっと息を吐いて緊張を解いたのはユキだった。
「安心して良い。確かに助かる為に俺達はこの世界へ来たが、そもそも飛ばされたのは俺達の意思じゃない」
そう言ってユキは笠松達のいるこの世界へ来てしまった経緯を話し始めた。
◆◇◆
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