せめてプレゼントでチョコを!(森山誕)

【誕生日特別企画】森山由孝誕生日祝い
「せめてプレゼントでチョコを!」



2月13日土曜日 
昨年12月に行われた冬のウインターカップを最後に部活を引退したはずの笠松と小堀の姿が、その日、男子バスケットボール部の部室にあった。 

「早川、今日の予定はどうなってんだ?」 

「はいっ!今日は軽めの練習だけで、四時にはおわぅ予定です!」 

部室内に置かれているベンチに座った笠松と小堀を囲むように、笠松達を慕う二年生と一年生部員が輪を作っている。 
目の前で交わされる笠松と早川の会話を真剣な表情で聞く。 

「そうか。…ところで、黄瀬はどうした?」 

自惚れているわけではないが、笠松を一番慕ってくれていると言っても過言ではないきらきらと存在自体が眩しい後輩の姿が部室の中にないことに、笠松は首を傾げた。 
昨夜、LINEでやり取りをしたが、黄瀬から欠席するとは聞いていない。 

「いえ、来てるには来てるんですけど、監督に保護されてます」 

笠松の疑問に答えたのは早川の隣に並んで立っていた中村だ。 
笠松と小堀は保護という仰々しい単語に目を瞬かせる。 

「自由登校になってる先輩方が知らないのは仕方ありませんよ」 

「俺もあれには黄瀬に同情した」 

「女子達って怖い!って初めて思ったわ、俺」 

部員達が口々に喋り始める。 
何でも朝、登校してきた黄瀬を女子達が正門前で待ち伏せしていたらしい。主に他校の制服とか、私服姿の女子が大半だったようだが。 
海常生は黄瀬を見慣れているし、多少なりとも黄瀬本人を知っている人間ならば黄瀬の迷惑になるような、嫌われるような行動は慎む。体育会系の部活に所属する女子達は尚更スポーツマンシップを大切にする。 

「女子って言うか何かもう、狩人だよな」 

「そうそう。ハンターだよ、ハンター」 

そう、明日14日は、カレンダーにも記載されている一大イベントがある日。バレンタインデーだ。 
だが、明日は学校が休みの日曜日。ならば、前日の土曜日にチョコを渡しつつ黄瀬に近付こうと女子達は考えたのだろう。私立海常高校は隔週土曜に半日授業があり、黄瀬を確実に捕まえたいなら登校時間が狙い目だったのだろう。 

話を聞き終えた小堀は苦笑を溢し、笠松は呆れたような溜め息を吐き出した。 

「森山なら喜んだだろうけどね」 

「ったく、しょうがねぇな。監督の所にいるんだな?」 

はいっと頷く面々に笠松はガシガシと後頭部を掻いて、ベンチから立ち上がる。 

「迎えに行ってくる」 

校内にいるなら、ハンターの様な女子達と出くわすことはないだろう。 
と、その前に笠松は自由登校にも関わらず自分達が部室へと顔を出した用件を確認しておく。 

「お前ら、持ってきたか?」 

言いながら部員を見回せば、それぞれ悪戯じみた笑みを浮かべ、足元に置いてあったお揃いの青と白のエナメルバックの中から例の物を取り出す。 

「はい!これがもぃやま先輩にあげるプェゼントっす!俺、一生懸命考えたっす!」 

「俺はめちゃめちゃ甘いの買ってきました!傷付いた心には甘いものですよ!」 

「お前、ひでーな。振られる前提で買ってきたのかよ。…とはいえ、俺も。中村は?」 

「あえてのブラックで。現実はそんなに甘くないんですよと、伝えたくて」 

「お前ら…」 

部員達の言い種と手の中にある包みに、笠松は先輩に対する態度を注意するでもなく、零れそうになった笑いを噛み殺す。 

「よく、分かってんじゃねぇか」 

森山のこと。 
親友として、先輩として、言い種がどうあれ、森山が後輩たちにちゃんと慕われている事実が嬉しかった。 
小堀も同感なのか口元を緩めている。 

「じゃ、ちょっと森山が来る前に黄瀬を迎えに行ってくる」 

「うん。ここは俺が見ておくから」 

確認を終えた笠松はその場を小堀に任せ、部室を後にした。 






源太に保護されているという黄瀬を職員室に迎えにいけば、黄瀬が飛びかかるようにして笠松に抱き付いてきた。 

「うぅっ……センパイっ!センパイ!」 

それを笠松は見事な体幹で受け止め、肩口に遠慮なくぐりぐりと額を押し付け唸る黄瀬に、落ち着くよう言いながら頭をポンポンと軽く叩いてやる。 

「おい、どうした?」 

「あー、笠松。そっとしといてやれ」 

「監督…」 

笠松は肩口になつく黄瀬をそのままに、椅子に座ったままこちらを見てきた武内に目を移す。 

「相当怖かったんだろう。女子の集団ほど怖いものはないな…」 

「はぁ……?」 

「コホン…。とにかく、お前が来て安心したんだろう。ここにいても気を張っていたようだからな」 

連れて行っていいぞと、むしろ連れて行けと武内はひらりと右手を振る。 
ついでに部活は四時で切り上げると、わざわざ笠松に伝えてきた上で、時間があるなら少し部活を覗いていけと勧められた。 

それは遠回しに黄瀬の身柄を笠松に任せたいということか。 
普段なら部活は六時、七時までで。 
このように部活を引退した身の笠松を、新体制作りに忙しい武内が誘うのも珍しかった。 
笠松はとりあえず「分かりました」と答え、黄瀬を連れて職員室を出る。 
その際、黄瀬は笠松に抱き付く格好から、笠松のブレザーの端を指先で掴む格好に変わっていた。 

「他の部員達から聞いたけど、朝、大変だったんだって?」 

「もう、ありえないっスよ!どっから沸いてくるんだか…」 

笠松のブレザーの裾をクッと引っ張り、黄瀬は今朝感じた身の危険を思い出して身体を震わせる。 

「沸いてくるって…お前、中学の時はどうしてたんだ?」 

黄瀬は中学一年の時からモデルの仕事をしている。ならば、慣れたものではないのかと笠松は聞く。 

「中学の時は俺一人じゃなかったっスから。赤司っちとか緑間っちとか、結構バラけてたし…。特にお菓子なら何でも受け取る紫原っちとか、赤司っちの人気が凄かったっス」 

「なるほど」 

それでと納得した笠松はちらりと隣を並んで歩く黄瀬を見る。 
右肩にエナメルのバックをかけた黄瀬の両手は空だ。 
その視線に気付いた黄瀬はあぁ、と笠松の疑問を察して口を開く。 

「受け取ってないっスよ、何にも」 

一つ受け取ってしまえば、自分も自分もと切りがない。また、そういう時の切り札が「気持ちだけ貰っておきます。ありがとう。どうしてもと言うなら、事務所の方にお願いします」だ。 

「それに、俺……」 

ちらと笠松の方を見た黄瀬と視線が重なる。 

「ん?」 

「何でもないっス。…それよりセンパイは誰かからチョコ貰ったんスか?」 

部室に鞄を置いてきた笠松は手ぶらで職員室に現れた。 
黄瀬は僅かに琥珀色の双眸を細めて、笠松の返事を待つ。 

「貰ってねぇよ。俺はお前みたいにモテねぇからな」 

「そっスか…」 

ふっと安堵の息を吐いた黄瀬の頭を笠松は「そっスかって何だ。生意気な奴め!」と、伸ばした左手でぐしゃぐしゃと掻きまぜる。 

「わっ、ちょっと!」 

心行くまで黄瀬の髪を掻きまぜ、柔らかいその感触を楽しんだ笠松は前方に見えてきた部室の扉に目を移し、黄瀬の頭から手を離す。 

「そういや黄瀬、持ってきたか?」 

形通りの文句を口にしながら、乱れた髪を手櫛で直していた黄瀬は投げられた問いかけに一瞬きょとんとした表情を浮かべ、それから「持ってきたっス!」と楽しげな笑みを閃かせた。 






手に手にクラッカーを持ち、森山が部室に入ってくるのを待つ。 
森山は今、校舎内を元サッカー部の奴らと散策してくると行って出歩いている。何でも数日前からの約束だとかで、元サッカー部の奴らは森山並みにチョコが欲しいとバレンタインデーが近付くにつれ嘆いていたらしい。 
元サッカー部の奴らとは知らない仲ではないので笠松も誘われたがそこは丁重にお断りした。 
ただ、森山とは散策という名のチョコを求めての徘徊の後に、久し振りに小堀と三人バスケ部を覗こうと部室で待ち合わせを取り付けてある。 

森山も勘が悪い方ではないので、何故部室なのかは薄々気付いているだろうが、それはそれで構わなかった。 

扉の前で耳を澄ませて待機していた一年生部員が、ぱっと室内を振り返る。 

「笠松先輩。来たみたいです」 

小声で告げられた訪れに笠松は一つ頷く。 

「盛大に祝ってやるか」 

笠松の言葉を合図に各々手にしていたクラッカーの紐に指をかける。 
シンと静まり返った部室の外から足音が徐々に近づいて来て、部室の前で止まった。扉のノブが回され、扉が開く。 

パンッ、パン、パパンッ!! 

一斉に紐を引かれたクラッカーから色とりどりの紙が飛び出し、ひらひらと宙を舞う。 
その隙間から目を見開いた森山の顔が見えた。 

「「森山先輩、誕生日おめでとうございます!!」」 

部員達が声を合わせて森山を祝福する。 
その声にハッと表情を動かした森山は、ありがとうと返しながら、照れ隠しにか「どうせなら女の子に祝われたい」と余計な一言を呟く。 
部員達はいつものことと声には出さずに笑い合う。 

「その調子だと校内散策は失敗に終わったみたいだな」 

「誕生日おめでと、森山」 

「笠松、小堀」 

部員達の間から前へと進み出てきた笠松は森山が通学用鞄一つしか携えていないことを然り気無く確認し、小堀はにこにこと穏やかな笑みで森山にお祝いの言葉を贈る。 

「別に失敗したわけじゃないぞ。ただ単に俺の運命の人がいなかっただけだ!」 

「うん。分かってるよ」 

「チョコじゃないけど、飴とかクッキーとか缶ジュースとか貰ったし」 

「缶ジュース?」 

「保健室の香西先生が俺達に奢ってくれたんだ」 

小堀が森山の相手をしている横で、笠松が部員達に目配せをする。 

「もぃやま先輩!」 

「ん?早川…?」 

何だと、早川の方に身体を向けた森山に向かって早川は手に持っていた物を勢いよく突き出した。 

「誕生日プェゼントっす!」 

「あ…あぁ、ありがとう」 

突き出された物に視線を落とし、戸惑いながらも森山は突き出された物を受け取る。 

「明治のミルクチョコレート…」 

森山が貰った物の商品名を読み上げる姿を笠松と小堀は眺めつつ、こそこそと話し合う。 

「まんま、チョコだよな。確かにチョコを用意しろとは言ったけど」 

「早川が一生懸命考えたって言ってたけど、考えすぎて原点に戻ってきちゃったんじゃない?」 

微妙な表情を浮かべる森山に、二年生部員が続いて誕生日プレゼントを差し出す。 

「森山先輩!俺はたけのこの里、持ってきました!どうぞ、受け取って下さい!」 

「ばっか、お前!そこはきのこの山だろ!…森山先輩、誕生日おめでとうございます」 

たけのこの里の横にきのこの山が並んで突き付けられた。 

「あー、そういやあったな。たけのこ派か、きのこ派か」 

「あったあった。森山ってどっち派だっけ?」 

たけのこときのこ両方を口許を引き吊らせながら森山が受け取る。 
それからもアーモンド、マカダミア、ホワイトチョコレート、ハイミルクと続き、中村がブラックチョコレートを差し出してくる。 
中村と視線を合わせた森山は冷静さを取り戻し、言おう言おうと思っていたことを思い切り吐き出す。 

「せめて誰か溶かしてこいよ!チョコは嬉しいけど、板チョコってまんまじゃないか!」 

「森山先輩。俺達にそんな期待しないで下さい。無理ですから」 

「しかも何なのお前ら?全部明治って、お前ら明治の手先か!」 

森山に誕生日プレゼントを渡し終えた部員に紙袋を用意するように笠松は手配する。まぁまぁと森山を宥める役に小堀を向かわせ、プレゼント攻撃を再開させる。 

キョロちゃん、ダース、小枝、ベイク…。今度は森永攻勢だった。 
森山はもう何も言わずにチョコレートと言うより、お菓子を受け取っている。 
最後は種類も多く、安いアルフォートに変化していった。 

それはそうだろう。部活をやっている男子高校生の小遣いはたかが知れている。 
そして小遣いは部活帰りの買い食いやバスケ用品に消えていく。森山が所望する綺麗な包装紙に包まれたチョコレートはこの場では夢のまた夢である。 

「森山センパイ。誕生日おめでとうございますっス!」 

当然、黄瀬から贈られたものもコンビニで売られている大量生産品の一つだった。 

「ありがと、黄瀬」 

森山は一年生部員の手により紙袋に詰められていくお菓子を横目に、結局ものは何であれ、誕生日を祝われるのは嬉しいなと自然と頬を緩めていた。 

「森山。誕生日おめでと。俺からはこれ」 

プレゼントでもいいからチョコが欲しいって言ってただろと、笠松が悪戯染みた笑みを浮かべて森山の手の上にキットカットを落とす。 

「これ…絶対、大袋の中に入ってたうちの一つだろ」 

森山は知っている。つい先日、笠松が帰り道で小腹が空いたと言って鞄の中からキットカットを取り出して食べていたのを。 

「はい、森山。俺からはこれで」 

チロルチョコが三つ、キットカットの上に落とされる。 

「小堀。俺はこれも見覚えがあるんだけど」 

これは小堀の鞄の中から出てくるのを目撃している。勉強で疲れた時は甘いものが良いんだと、小堀が口に入れていた。 

笠松と小堀は顔を見合わせ、揃って「気のせいだろ」「気のせいだよ」と笑って森山を見返す。 
そして、森山が口を開こうとした時、被さるように早川が叫んだ。 

「あっー!部活!部活の時間だ!」 

「あ、もう十分前じゃないか!?」 

「早川センパイっ!ヤバイっスよ!早く行かなきゃ!」 

早川を筆頭に後輩たちが慌て始め、笠松達に会釈してから部員達は部室を飛び出して行く。 
笠松は目の前を横切っていく黄色い頭に目を止め、その背中に向かって声をかけておく。 

「黄瀬!今日は一人で帰るなよ!」 

「っス!」 

即座に返ってきた返事に笠松は眼差しを和らげる。 
嵐が去った後のように静けさを取り戻した部室には三人が残された。 

「これ全部お前の仕業だろ笠松」 

一番に口を開いたのは森山だ。 
紙袋一杯になったチョコレート菓子に触りながら森山が可笑しそうに笑う。 
それを受けて笠松も顔に笑みをのぼらせた。 

「バレンタイン三年間分はあるだろ?」 

「全部、お菓子だけどね」 

小堀も笑いながら話に加わる。 

「三年間分。これで心置き無く高校生活最後のバレンタインデーを迎えられるって……そんなわけないだろ!俺は女子から手渡しされたい!」 

「しょうがねぇな。じゃぁその菓子は没収だな」 

「そうだね。森山…」 

「だが、断る!これは俺の誕生日プレゼントだ!俺が責任を持って全部食べる!」 

紙袋を胸の前で抱き締めた森山も、笠松も小堀もその表情は楽しげに緩んでいた。 








「おかえり、由孝。モテモテだな」 

家に帰ると大学生の兄ちゃんが先に帰宅しており、森山が腕に抱えている紙袋を見るなりにやにやと笑った。 
それに森山は口端を吊り上げ、 

「あぁ…全部、野郎からだけどな!」 

と、誇らしげに胸を張り、笑った。 



end



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