06


「えぇっと、薬局、薬局は……」 

いつぞやの時のように堀を横抱きに持ち上げたり、おんぶしたりはせず、堀に合わせて僅かに身を屈めた鹿島の首裏に堀の片腕がかかる。鹿島にしては控えめに堀の背中に片手を添えて歩くのみだ。 

どきどきと速まった鼓動がいつまで経ってもおさまらない。 
自分を簡単に受け止めてしまった堀の広くて厚い胸や力強い腕、間近で囁かれた低めの声に、鹿島は改めて堀に男らしさを感じてしまい、普段より余計に堀を意識してしまっていた。 
自ら堀に突撃していく分には何の問題も無いのに、咄嗟の事とはいえ抱き留められてから鹿島は動揺してしまっていた。 
そして、その影響は分かりやすく行動に出ていた。 
歩く度に右手と右足が同時に出る。 

「あぁっ、もう−、なんで肝心な時に見つからないかな…!」 

ロボットみたいな動きに加え、きょろきょろと辺りを忙しなく見回しながら鹿島は恨めしそうに声を上げる。 
そしてその様子を間近で眺めていた堀は瞳を細め、緩く口許を綻ばせると、脇腹を押さえていた右手を離す。 

「鹿島。離せ。もう平気だ」 

一人で歩けると、鹿島の首にかけていた腕も引き上げる。 
堀に合わせて僅かに身を屈めていた鹿島は耳朶を擽った声にびくりと肩を跳ねさせ、堀の顔を見ずに薬局を探しながら反論の言葉を紡ぐ。 

「でも、癖になったり、後に響いたりしたら大変じゃないですか!」 

「そうだな」 

「だったら…!」 

「本当に怪我してたらな」 

「えっ?どういう、……まさか…!」 

仄かに赤く色が残る顔を堀に向ければ、視線を合わせた堀が鹿島の考えを肯定するようにふっと笑う。 

「俺の演技もまだまだイケるな」 

最近は裏方がメインとはいえ、元は役者。今でも役者をやるのは好きだし、大学でも練習は怠っていない。 

「っ、何でそんなこと。私、本気で心配したんですからね!」 

心配と安堵がごちゃ混ぜになって自然と堀を責めるような口調になる。 

「うぅっ…堀ちゃん先輩の馬鹿!」 

「馬鹿でも良いけど、そういう可愛い顔は俺といる時だけにしとけ」 

「へ…?」 

「そうじゃなけりゃ今だってお前を連れ出したりなんかしない」 

困ったように眉を下げた堀の手が鹿島の頬に伸びる。 
そろそろと熱を帯びていた頬に同じぐらい熱い熱を持った掌が触れ、そっと指先で優しく赤くなった目尻を撫でられる。 

「っ…私、そんな…変な顔してました?」 

自分では分からない。そんな堀先輩が心配するような、人目に晒せないような、不細工な顔をしていたのだろうか。 
触れてくる指先にじりじりと体温を上げながら、鹿島はしょげた様子で肩を落とす。 
だが、投げ掛けた疑問には緩く首を横に振られる。 

「お前のそのたまに斜め上にすっ飛んでる思考も嫌いじゃないけどな、今のは素直に受け取れ」 

常にお前の周りにいるのは御子柴達で、彼らは堀にとっては可愛いかは一先ず置いといて、親しい後輩達で、鹿島にすれば友達。 
演劇部の人間は異性とか関係無く一つのチームで、鹿島がナンパするのは同性の女子のみ。 
笠松と黄瀬は自分達と似たようなもので何ら問題はなかった。 
けれども、笠松の友人達と鹿島が楽しそうに話をしていたり、肩を叩かれたり、頭を撫でられたり、ハイタッチを交わしたりする姿を外側から見ていた時にふつりと胸の奥から唐突に込み上げてきた衝動。ちりちりと胸を焦がすソレが何なのかなんて考えるまでもなく、堀は自分が思っていた以上に目の前の後輩に対して強い想いを抱いていることを改めて自覚してしまった。 

咄嗟に抱き止めたとはいえ、堀の腕の中で顔を真っ赤に染め上げ、懸命に堀から顔を反らしながらも結局はこちらの心配をしてきた、どこまでも一途でバカで可愛い後輩。 
むしろ抱き止めた鹿島の身体は自分なんかとは比べるべくもなく女性的で柔らかく、華奢で。俺のことよりはまず自分のことを心配しろバカと言いたかった。 

「はぁ…こんなこと言うの俺の柄じゃねぇんだけどな。お前は言わないと分からなそうだからな」 

独り言の後に、ついと向けられた真摯な眼差しが鹿島を捉える。 

「っ、…ほり…先輩…?」 

何をと、軽口や冗談で流せる雰囲気は霧散し、また激しく主張しだした鼓動に鹿島は小さく唇を震わせる。 

「鹿島」 

凛と紡がれるその一言で周囲の雑音が消え失せる。まるで何処かの舞台上にいるかのような感覚に囚われ、堀の作り出した空気に呑まれる。鹿島の目には堀しか映らない。 

「可愛い王子様はな、俺だけが知ってれば良いんだ。そこに観客は必要ない」 

言ってる意味が分かるか?と頬に触れていた手がするりと輪郭を撫でて離れていく。 

「…っわ、分かったような、分からないような…」 

可愛い王子様と言う呼称は堀が鹿島と二人きりでいる時に使う呼び名だ。それ以外の時は格好良い王子様と呼ぶけれど。 
その意味はまだ教えてもらっていない。 
それに、先輩の言葉を素直に受け取れば。…先輩が彼らにやきもちを妬いてくれたって…そうとっても、いいのだろうか?私のことを独り占めしたいと、思ってくれたのだろうか?でも… 

「もっとはっきり言ってくれないと、自分の都合の良いように誤解しちゃいますよ私」 

先輩はそれでいいの?本当に? 
それはただの後輩の面倒をみる内には入らない気持ちでしょう?いくらこれからも是非私の面倒を見て下さいと、約束を交わしていたからって。むしろ、だからこそ尚更。 
期待に脈打つ鼓動を抑え、赤い顔のまま伏し目がちに堀を見つめ返せば、絡んだ視線の先で力強い声が応えた。 

「して良い。むしろしとけ」 

「っ−−」 

「それでお前はもう少し危機感を持て。自分が女だってこと、もうちょっと自覚しとけバカ」 

心臓に悪いと、ぼやいた堀の視線が鹿島から離れる。 
ふいと切れた視線に、鹿島の頬はふにゃふにゃと力が抜けたように緩んでいき、自信無さげに伏せられていた瞼の下からきらきらと輝くような瞳が現れる。 
とくとくと鼓動を刻む音が心地好く身体に響いた。 

「それなら…先輩も自覚しといて下さいよ」 

「は?何を?」 

しおらしさを無くした鹿島は頬を紅潮させたまま、キリリとした表情を作り、訝しげに眉を寄せた堀に言い返す。 

「自分が人たらしだってことをです!この間大学に遊びに行ったら、先輩、色んな人から声掛けられてたじゃないですか!」 

「あれは演劇部の奴らと同じ学部の…」 

「ただでさえ高校の時と違ってあんまり一緒にいられないのに…。私の知らない所で、知らない人達と、あんまり仲良くなって欲しくないです…」 

言いながら尻すぼみになっていく声に、堀は苦笑を浮かべて、むっとむくれている鹿島の頭に右手を乗せる。 
その手でくしゃくしゃと鹿島の髪を掻き交ぜ、分かったと頷く。 

「今度、機会があったら紹介してやる」 

お前が俺の可愛い王子様だって。 

「約束ですよ…?」 

「約束な」 

差し出された細い小指に、堀は「今どき指切りとか恥ずかしい奴だな」と呟きながらも、節くれだった自分の小指をそっと絡めた。 





*** 





「鹿島くんと堀先輩、帰ったの?」 

緑間を弄る結月を高尾に任せ、手に負えなくなったとも言う、二人のことが気になった千代がベンチに座る野崎と御子柴の元に寄ってくる。 
千代はちょうど空いていた野崎の右隣に、野崎の左隣には御子柴が座っている、ドキドキしながらちょこんと腰掛ける。休憩するだけのことよ!と内心で言い訳をしながら、二人のことが気になったのも本音だ。派手に倒れ込んでいたから。 

ネタ帳を閉じた野崎の視線が右隣に座った千代へと向けられる。こうしてベンチに並んで座ると立っている時より目線が近くなって、仄かに千代の体温が上がった。 

「湿布を買って今日はそのまま帰るらしい」 

「えっ、それって大丈夫なの?どこか怪我したの?」 

「脇腹を捻ったらしいぜ。鹿島を庇った時に」 

野崎の向こう側からひょぃと顔を覗かせた御子柴が説明してくれる。 
そうなの、と心配気に顔を曇らせた千代につられて御子柴も表情を暗くした。 

「大丈夫だ。堀先輩だってそんなに柔じゃない」 

両隣でシュンとしている二人に向けて、野崎が何の根拠もなく言い切る。 

「野崎くん」 

「野崎…。そうだよな。堀先輩は鍛えてるし」 

「あぁ…それにしても良いネタが手に入った」 

野崎のフォローに「そうだよね」と御子柴ともども気分を上向かせた千代は、しかし続いた野崎の言葉に、うん?と小首を傾げた。 

「スポーツ大会で敵同士になってしまった鈴木とマミコ。想い合う二人はスポーツ大会で引き裂かれ、その戦いの中でマミコが足を縺れさせる。だがしかし、鈴木はマミコの敵。とは言え、目の前で転びそうになったマミコを鈴木は見過ごせずに…!」 

今すぐ頭の中で展開するその妄想を紙にしたためたいのか、ペンを持つ野崎の右手がふらふらと空中をさ迷う。 
そんな話を真面目に聞いていた千代は、こんな時も野崎くんは漫画脳なんだねと、呆れを通り越してもはや悟りを開いたような心持ちで穏やかな眼差しを野崎に向けた。 
同じく千代と似たような心境に辿り着いていた御子柴がポツリと呟く。 

「普通学校のスポーツ大会って、男女別でやるんじゃないのか」 

「そこはほら、野崎くんの漫画だから。野崎くんが好きなようにできるんじゃない?」 

「その手があったか!」 

「うん」 

目まぐるしく頭を回転させている野崎の耳には届かない。 
千代と御子柴は間にいる野崎を飛び越して、冷静な会話を交わしていた。 






「男女間の友情は成り立たないんじゃなかったのか?この通説は嘘だったのか!?」 

すぐ側で落とされた呟きに、その視線の向く先を追った若松は、目に映る見慣れた光景に不思議そうに首を傾げた。 
そして、教えたことを素直に飲み込む若松にドリブルで如何にして敵をかわし、リングの下へと切り込むかを教えていた宮地はバスケットボールをその場で弾ませたまま森山の発言に嫌そうに顔をしかめた。 

「単にお前の周りにそういう奴等がいないだけじゃねぇのか」 

「なっ、宮地!まさかお前女友達とかいるのか!?」 

裏切り者というような眼差しで森山に見られ、宮地はそれをウザそうに手で払う仕草をしてから、いねぇよと素っ気なく返す。 
すると森山はあからさまに良かったとホッとした表情を浮かべた。 

「お前、それはそれでムカつくな。轢くぞ」 

ドスの効いた宮地の脅しも何のその、森山は難しい表情を作る。 
黙っていればコイツも普通に格好良いのになと、宮地は一瞬笠松達が森山に対して常々思っていることを思った。 
だが、今日はそこへ邪気の無い声が入り込む。 

「先輩達はいつもあんな感じですよ?仲良いですよね」 

俺も嬉しいですと、にこにことまったく裏の無い笑顔が森山と宮地に向けられ、森山が芝居がかった調子で目の上へ右手で庇ひさしをつくる。 

「うっ…なに、この眩しい子」 

「お前が邪なだけだろ。普通だ普通」 

その様子に宮地は呆れたように息を吐き出し、森山のせいで止まっていた足を動かす。 

「若松。続きやるぞ」 

「はいっ…!」 

「おーい、若ァ!」 

しかし、今度は別の方向から掛けられた声で宮地の手が止まる。 
真っ先に反応した若松が身体ごとそちらを振り返れば、自転車に乗ったままハンドルに突っ伏す息も切れ切れな高尾と、リヤカーの側に立ち眉間に皺を寄せた緑間。声をかけてきた張本人はリヤカーの荷台に妙な形をした壺と並んで立っていた。 

「お前も乗って見ろよ!滅多にない経験だし、案外乗り心地も悪くないぞー!」 

言いながらぶんぶんと楽しげな様子で片手を振ってくる結月に、若松はそこでハッと弾かれた様に「ちょっと失礼します」と宮地と森山に頭を下げ、手を振る結月がいる場所へと足早に駆け出した。 

「何してるんですか先輩!?お二人に迷惑かけてるんじゃ…!」 

「かけてねぇよ。ちゃんと乗りたいって言ったら、緑間の奴が良いって言ったんだ」 

「先輩の場合、言わせたの間違いじゃないんですか?」 

はぁ…と、自分が目を離していた隙にと、疲れた様子の高尾と緑間の姿を目に入れて若松が申し訳なさそうに溜め息を吐く。 

「瀬尾先輩がご迷惑をかけたようですみません」 

完璧に先輩と後輩の立場が入れ替わっている。そんな若松の謝罪に対し高尾はハンドルに凭れていた上体を起こすと、顔の横で右手をひらりと振った。 

「いやー、俺も瀬尾さんのチャリアカーへの食いつきっぷりにテンション上がっちゃって、ちょっとハシャギ過ぎただけだから。キミが謝ることじゃないよ」 

「そうですか…?」 

「そうそう。普通、チャリアカー見ると皆変な顔してそれから興味を無くすパターンなのに瀬尾さんは違ったから。ね、真ちゃん」 

笑って軽く流す高尾に、若松はほっと表情を和らげながらもう一人の当事者である緑間の話を聞く。 

「む…、まぁ…。確かにお前が謝ることじゃないのだよ」 

むしろ迷惑かけて謝るべきは本人だと含みを持たせて瀬尾へと目を向けた緑間だったが、残念なことに瀬尾には空気を読む力はなく。リアカーに一緒に乗っていた壺をペチペチと手で叩いていた。 

「この変な壺、緑間の今日のラッキーアイテムなんだと」 

「ラッキーアイテムですか?」 

若松も壺のことは気になっていたのか瀬尾の話に乗り、その流れで自然と緑間の不幸体質の話、おは朝の占いの話へと話題は転がっていく。 

「今日の蟹座のラッキーアイテムがその壺なのだよ」 

「いやぁ、毎回真ちゃんのラッキーアイテム入手するの大変なのよ。これも馴染みになった骨董品店で朝イチで買ってきた物だし。でも、無いと無いで更に大変で。本当、コイツ運はどこに落としてきたかってほど地味に不幸な目に合うからさ」 

「それは…大変ですね」 

「ははっ、おもしれぇよな」 

壺を肘掛けがわりに使い、バシバシと手で叩く瀬尾の手を若松は無言で掴んで止めさせる。すると瀬尾は瞼を瞬かせたものの抵抗することなく若松にその手をそのまま預けた。 
むしろ、「なんだ?手でも繋ぎたくなったか?」と、軽く若松の手を握り返してやる。 
ラッキーアイテムの重要性を聞いていたにも関わらず検討違いのことをする瀬尾の手を壺の上から遠ざけつつ、若松はそういえばと思い出したことを何気なく口にした。 

「瀬尾先輩も蟹座でしたよね?」 

「ん?あぁ、そういやそうだなー」 

「「えっ!?」」 

「って若、お前良く知ってるな。私のこと好きすぎか」 

「いや、プレゼント揺すったの誰ですか?」 

「そうだったっけか?」 

「そうですよ」 

会話の合間に声を揃えて驚いた様子の緑間と高尾に瀬尾と若松の不思議そうな眼差しが向けられる。 
けれども二人はその眼差しには答えず、何とも形容しがたい表情を浮かべて、共に同じ気持ちを味わっているだろう緑間を高尾は眉を下げて見る。 

「あのさ、真ちゃん。一つ聞いても良いかな」 

「−−何だ?」 

「真ちゃんのラッキーアイテムってさ、真ちゃんと同じ星座の人に効くことってあるの?」 

「…知らん。初めてだ」 

つまり、緑間と瀬尾さんの星座が同じだから緑間が持ち込んでいたラッキーアイテムの効果が瀬尾さんにも効いていたと。しかも瀬尾さんは緑間と違って元から運を補正する必要がなく、その分の運が瀬尾さんには上乗せされている可能性があった。 

「だから真ちゃん今日瀬尾さんに押されっぱなしなのか」 

「なっ、それは違うのだよ!今日、蟹座と相性が悪いのは双子座なのだよ!」 

「双子座……黄瀬くんか。それで今日あんまり黄瀬くんに近付かなかったの?」 

ちらりと、コートの中に立つ笠松の元に足早に向かう黄瀬の姿を視界の端で捉える。緑間から返ってきた返事は肯定だった。 

果てさてこの場合、緑間が避けるべき相手は運気が上乗せされた瀬尾か、相性最悪の黄瀬か。 
高尾は黄瀬から、若松と片手を繋いでぶんぶんと振り回している瀬尾に目を移し、今までにない展開にほんの少し心を踊らせつつ、どうするかなと困った顔を作った。 

「高尾。余計なことはするなよ」 

「ひでーな。俺は真ちゃんのことを思って、対策を考えようとしてるのに」 

「その顔が信用ならんのだよ」 






堀を追って駆け出した黄瀬はほどなくして笠松の元へ戻って来た。 

「あー、やっぱりか…」 

そしてその頬は走ったせいばかりではなく、仄かに赤く染まっていた。 
一人シュート練をしていた笠松は手を止めると、心持ち大股で歩いてきた黄瀬を迎える。 

「もう!何なんスかあの二人!」 

黄瀬は笠松の目の前で足を止め、笠松と目が合うなり勢いよく喋り始めた。 

「あんな観衆の目がある中で…、役者ってのはみんな鋼の心臓でも持ってるんスか!?それとも羞恥心が無いんスか!?」 

「なんだ、とうとう堀が鹿島に告白でもしてたか?」 

「してないっス!むしろ、告白よりも恥ずかしかったっス!」 

言葉よりも眼差しが。二人を取り巻く空気が。何よりもお互いが好きだと告げていた。 
うっかり一部始終を見てきてしまった黄瀬は興奮したまま、見てきた全てを笠松に話し、最後に堪えきれず叫ぶ。 

「何であれでまだあの二人付き合ってないんスか!?」 

「俺に言われてもな。タイミングの問題とかじゃねぇか?俺達みたいに性別の問題はないし…」 

「えっ、センパイ。鹿島さんのこと気付いてたんスか?」 

笠松の口から出た鹿島に対する認識に、黄瀬は驚いた様子で目を丸くする。別に鹿島が女だという事を隠していたわけでもないが、笠松は今まで鹿島のことを男だと認識していたはずだ。それがいつ変わったのか。 
目を丸くした黄瀬に、笠松はボールをその場で弾ませて「気付いたのはついさっきだ」と言葉を続けた。 

「いくら堀でも自分よりでかい奴をそう簡単には抱き止められねぇだろ」 

堀の咄嗟の対応に、鹿島の反応。堀に抱き止められた鹿島はよくよく見ると男にしては線が細く華奢だ。男っぽい装いとさっぱりとした性格、それらに今まで目眩ましをされていたようだ。 
お前は始めから気付いてたのか?と言葉を投げられ、黄瀬はこくりと頷き返す。 

「モデルとかしてると色んな人に会う機会があるっスから…何となく」 

「なるほどな。まぁ、あの二人は放っておいた方が上手くいくだろ」 

「っスね…」 

「−−黄瀬」 

話している内に平常心を取り戻した様子の黄瀬に笠松はバスケットボールを投げ渡す。同時に笠松は挑発的な眼差しを黄瀬に向け、にやりと笑って誘う。 

「1on1しようぜ。今日はまだやってなかったろ?」 

「っス!」 

笠松からの誘いに琥珀色の瞳を輝かせた黄瀬は一も二もなく頷くと、触発されてか好戦的な表情を覗かせた。 
頭の中を占めていた雑念は完全に意識の外へと追い出された。 




そして各々好きにやっていた面々だったが、その内にまた最初の面子と若松と結月を加えてのバスケ対決に戻っており、千代と御子柴は野崎が座るベンチに腰掛けて、コートの中を生き生きとした表情で駆け回る皆の姿を楽しそうに観戦していた。 



End


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