05


ここ最近お馴染みになりつつあるメンバーで始めた2on2。 
黄瀬と笠松の対決は自分達とは桁違いのレベルだったが、二人共最後にはチームを組んでいる鹿島と堀にパスをしてくる。なので、点差はそれほど変わらずに接戦となっていた。 
その間他の面々はその試合を観戦していたり、残りの半面を使って同じくバスケをしていたり、飽きずかしましく騒いでいたりとそれぞれ好きに行動していた。 

「鹿島!」 

フェイクを織り混ぜて何とか黄瀬を抜いた笠松が鹿島の位置を確認して声を上げる。 
次いで投げられたボールを鹿島は危なげなくキャッチし、目の前に立ちはだかった頭一つ分低い位置にある堀の顔を見据え「堀ちゃん先輩、勝負!」と挑むような眼差しを向けた。 
しかし、返ってきたのは自分のように好戦的な答えではなく堀の感心したような声だった。 

「お前のバスケ姿、結構サマになってるな」 

「えっ、あ、そうですか?」 

いきなり褒められた鹿島は一瞬目を丸くしたものの、すぐに照れたように表情を崩す。 
堀に褒められるのは嬉しいと、何よりもその表情が雄弁に語っていた。 

「あぁ…。お前は割りと何でもそつなくこなせるから、」 

ボールをその場で弾ませながら、鹿島は ふんふんと耳を傾ける。言葉の続きを期待して待てば… 

「鹿島ァ!堀の言葉に耳傾けんな…!」 

「たまには俺に譲れ」 

あっという間も無く鹿島の手からボールが消える。笠松の忠告も間に合わず、ボールを奪った堀が鹿島の横をドリブルで抜いていく。 

「堀さんも策士っスねー」 

「ったく…」 

すぐ側にいた黄瀬の面白がるような声に笠松はため息と一緒に小さく肩を竦める。 
視線の先では堀に警戒を解かされてボールを奪われた鹿島が、今のは狡い!と文句を垂れながら堀に追い縋っていた。 
悲しいかなそこは足のリーチの差か。 
はたまた不慣れなドリブルに半ば意識をとられていたせいか。ゴール下で堀に追いついた鹿島の手がボールへと伸びる。 
だが、身長差のせいでドリブルの位置が低く、取りづらい。何より先に… 

「あ…っ!」 

堀より運動量の多かった鹿島の足が縺れた。 
鹿島は2on2を始める前に既に一試合をこなしている。演劇部で体力をつけてはいても、バリバリ運動部の男子達には敵わない。 

「鹿島さん!」 

「鹿島っ!」 

黄瀬と笠松の驚いた声が上がる。 
咄嗟に鹿島は目の前のボールではなく、背を向けて駆けていた堀のシャツを掴んでいた。倒れるのを回避しようとした身体が無意識に動いた結果だ。 

「…っ!?」 

くっと後ろに引かれる感覚に堀が鹿島を振り向き、堀が目を見開いた所で鹿島はやっちゃった…と、激しく後悔をした。転ぶなら一人で転べばいいものを、これは確実に堀まで巻き込んだと。 
襲い来るだろう痛みを覚悟して鹿島はぎゅっと目を瞑った。 

手放されたボールが行き先を失って、てんてんと弾む。 

「っ、…は……っ」 

そして、倒れ込んだ鹿島が感じたのは痛みではなく、誰かの低く掠れた吐息、熱い体温だった。 
それを確認する前にバタバタと二つの足音が駆け寄って来る。 

「大丈夫っスか!?二人とも!」 

「お前も無茶するな、堀…。身体、捻ってねぇか?」 

シャツを後ろから引っ張られた堀が咄嗟にボールを手放し、身体を反転させて、倒れ込んできた鹿島をそのまま抱き止めて地面に転がったのだ。 

「あー…、なんとか。鹿島、お前は大丈夫か?」 

耳の側で声を発せられ、のろのろと顔を上げれば間近に堀の顔。心配の色を滲ませた茶色の眼差しが至近距離で絡む。普段ワックスで上げられている前髪も乱れて額に落ちてきている。 

「っ!?」 

無意識に掴んだシャツは途中で指の間から抜けたのか、握り締めた手の中には何の感触もなく。ただ感じるのは、後頭部と背中に回されたしっかりと筋肉のついた逞しい腕と大きくて硬い掌。密着した身体からはどくどくと早い鼓動が響き、服越しに高めの体温が伝わってくる。 

「鹿島…?どっか怪我でもしたか?」 

直ぐに返事を返せなかった鹿島に堀が言葉を重ね、やや間があってから鹿島の顔がばふりと赤く染まった。 

「ちかっ、いえっ、えぇ、あ…の、だ、だだ、大丈夫です!私、頑丈なのが取り柄なんで!」 

どもったかと思えば、はきはきと、赤く染まった顔を不自然なほど堀から反らして、鹿島は明るく答える。 

「どこ見て話してんだお前」 

「あのー…、堀さん。鹿島さんもその態勢じゃちょっと話しづらいんじゃないっスか」 

鹿島の素直な反応に、自分もそれを不意打ちで笠松にやられたら同じような反応をするだろうなと苦笑を浮かべて黄瀬が助け船を出す。言われてハタと今の体勢を改めて自覚した堀は、耳まで赤く染めて顔を反らす鹿島の行動に一瞬考えるような仕種を見せた後、鹿島の頭と背中に回していた両手をゆっくりと離した。 

「今、何か凄い転けかたしなかったか?」 

「おーい、大丈夫かー?」 

「鹿島先輩!堀先輩!大丈夫ですかー!?」 

笠松達以外にも2on2を眺めながら別のことをしていた外野が心配気に声をかけてくるが、それには笠松が軽く手を振り返し「大丈夫だ」と返す。 
そのやりとりを頭の隅で聞きながら、顔を背けたまま自分の上から退いた鹿島に、堀はおもむろに顔をしかめて右手で自分の左の脇腹を押さえた。 

「う…っ、イテテ…」 

「堀先輩!?」 

顔を背けていた鹿島が堀の苦痛を伴った声にあっさりと堀を振り向く。 
脇腹を押さえながら硬いコンクリの上で上体を起こした堀の直ぐ側に戻り、コンクリに膝をついて赤みの引かぬ顔を晒したままオロオロと鹿島は堀の様子を窺う。 

「もしかして怪我したんですか!?私のせいで…。っどこですか?どこがどんな風に痛みますか…!?」 

「馬鹿。落ち着け」 

混乱もしているのか、鹿島は遠慮なく堀の着ているシャツを捲り上げようとシャツに手をかけ、堀に頭をパシリと叩かれる。 

「うぅ…っ、でも!」 

しゅんと落ち込んだ鹿島を傍らに、堀は笠松へと目配せする。 

「やっぱ何かちょっと捻ってたみたいだわ」 

「………立てるか?」 

「っ先輩!私のせいだし、私の肩に掴まって下さい!」 

笠松の言葉を遮るように鹿島が身を乗り出し、堀の腕をがしりと掴む。 

「あ、そうだ!その前に私湿布買って来ます!」 

ダッシュで行ってすぐ戻って来るんでと、素早く立ち上がりかけた鹿島の頭を堀が一度叩いた手で上から押さえ付けて阻止する。 

「行くなら俺も行く。肩貸せ鹿島」 

「はい!」 

さっ、どうぞと頭を押さえ付けられた不満などまったく感じていない様子で堀に指示されるがままに堀を支えて鹿島は立ち上がる。 
大丈夫かなと二人に手を貸そうとした黄瀬は笠松に止められ、何故か首を横に振られた。 

「悪いけど、そのまま帰るかもしれないからアイツ等にはそう言っといてくれ」 

野崎には一応言っとくけど、とチャリアカーに乗ってはしゃいでいる面々と若松にバスケ教室を開いている面子を視線で指し、鹿島に支えられながら堀は野崎と御子柴の座るベンチの方へとゆっくりと歩いて行く。 

「先輩、大丈夫ですか?」 

「怪我でもしたんじゃ…」 

ベンチから鹿島が足を縺れさせて転ぶのを、そしてそれを間一髪で堀が抱き止め、倒れ込むという一部始終を見ていた二人はベンチに歩み寄ってきた堀と鹿島に心配そうに声をかけた。 

「それがちょっと堀先輩が怪我しちゃったみたいで…」 

「えっ、大丈夫なのかよ!?」 

御子柴と野崎の視線が堀に集まる。 

「それほど酷くはないけど、念の為に湿布買って今日はそのまま帰るわ」 

資料写真も撮り終えてるから問題ないと堀はベンチに置いていたデジカメを回収して、それなら良いですと、安堵と心配を織り混ぜた表情を浮かべる野崎の顔を見る。 

「そういうわけで、ごめんね御子柴。また今度遊ぼう」 

「お、おぉ…それは別にいいけど。俺もついて行こうか?」 

「ううん。大丈夫。私が怪我させちゃったんだし、御子柴は皆と遊んでなよ」 

「そうか?」 

「うん」 

その場を後にする際、ちらりとこちらを見た千代に鹿島はひらりと手を振って、堀と共にその場を後にした。 





「大丈夫っスかね、堀さん」 

「平気だろ」 

あまりにも素っ気ない返しに、黄瀬は転がっていたボールを拾いに行った笠松の背中をぱちぱちと瞬きをして見る。 
いやにあっさりしているというか、笠松にしてはドライ過ぎる態度だ。 
黄瀬は首を傾げ、あっ!と声を上げた。 

「いきなり何だ。どうした?」 

ボールを拾って振り返った笠松に黄瀬は慌てた様に喋りだし、笠松の制止の声を聞く前に背中を向けて走り出した。 

堀さんに笠松センパイの写った写真下さいって、頼むの忘れてたっスー! 


[ 25 ]

[*prev] [next#]
[top]



- ナノ -