04


「よぅ、若!近くでバスケしてるって聞いたから遊びに来たぜ!」 

「瀬尾先輩…」 

「ん?何だ?嬉しさのあまり言葉も出ないか?」 

お前、私のこと大好きだもんなーと、からからと笑い、結月は若松の腕を掴む。 

「よし、バスケすんぞ」 

「えっ、ちょっと瀬尾先輩!?待って下さい!」 

「千代、そのボールくれ」 

若松は掴まれた腕を引かれ、ずるずると結月の手でコートの中に入っていく。逆に、千代からバスケットボールを投げ渡された結月は上機嫌で片手でドリブルをしながらコートに向かって行った。 
それはまるで風が吹き抜けるような、あっという間の出来事だった。 

「なんつーか、強烈な奴だな」 

少し女性を苦手としている笠松でさえも結月の強引さには苦手意識を感じる暇もなく、結月の行動に驚いて目で追っていた。 

「俺は今…裏切られた。女の子はもっとおしとやかで、慎ましい感じのっ…!」 

「森山センパイ…。アンタはもっと他に言うことないんスか」 

「いや…、黄瀬。森山さんの言うことにも一理あるのだよ。女性とはもっと慎ましやかであるべきだろう。あれは流石に…」 

「ぶふっ…!真ちゃんまで!堅物真面目の真ちゃんにまでそんなこと言わせんなんてすげぇなあの人!」 

「人の横でうるせぇぞ、高尾!」 

何が可笑しいのかゲラゲラと笑いだして止まらなくなった高尾の頭に宮地の拳が落ちる。 

「いって!?もう…酷いっすよ宮地さん」 

「うるせー。お前のバカ笑いが耳にいてぇんだよ。笑うなら静かに笑え」 

「えぇっ、それどうやって!?無理っすよ!」 

個人差はどうあれ、結月の登場に笠松達は衝撃を受けていた。可愛らしい見た目を裏切る中身の豪快さに。 

「それで、堀ちゃん先輩。黄瀬くんと笠松さんは知ってますけど、この人達は?」 

結月の行動に慣れている面々は若松に心の中で合掌や謝罪をして、目を反らすように首を傾げた鹿島と堀との会話に意識を向ける。 

「笠松の友人の森山と宮地、他校の後輩の高尾と緑間。全員バスケ繋がりらしい。高尾と緑間は黄瀬と同じで、お前の一コ下」 

堀に簡単に紹介されて、コートの方から視線を外した笠松と黄瀬以外の宮地達の視線が鹿島に集まる。 

「で、こいつは俺の後輩で鹿島。野崎達と同じ三年だ」 

「鹿島 遊です。よろしくお願いします」 

堀に紹介されて鹿島はにっこりと笑って軽く頭を下げた。 
それから、よろしくーと笑顔を見せる高尾やおぅと頷く宮地、こちらこそと鹿島が年上だと考慮してか控えめに返事を返す緑間、イケメンの上に礼儀正しいだと!?と何だか敵を見るような目で呟いた森山をきょろりと見回した鹿島は堀へと視線を戻す。 

「バスケ部の人ってみんな背が高いんですね」 

「…何でそれを俺を見て言う?」 

確かにこの面子の中で堀を除いても一番背が低いと思われる高尾でさえも170センチ台はあるだろう。 
不機嫌そうに片眉を上げた堀に鹿島は自分の失言に気付く。 

「あ、別に先輩がちっちゃく見えるとか思ってるわけじゃないですよ!」 

「思ってるんじゃねぇか」 

「あっ、ちがっ!先輩は今のままでも十分可愛いから大丈夫ですよ!」 

ね、と笑ってフォローしたはずが火に油を注いでいた。 

「誰が可愛いだ!」 

しかも大丈夫って何がだ、と軽く足を蹴られる。 

「鹿島、お前ちょっとは学習しろよ」 

「堀先輩に身長の話はタブーだぞ」 

お馴染みのやりとりに御子柴と野崎が呆れたように、蹴られた足を擦る鹿島を眺めて言う。千代も口には出さずに野崎の隣で苦笑を浮かべていた。 

「なんか笠松と黄瀬を見てるみたいだな」 

二人の気安いやりとりに森山は一人そんな感想を抱いていた。 
そして知らない内に投影されていた本人達は若松と結月の1on1の酷さに片頬を引き吊らせていた。 

「うわっ、」 

「おいおい…、もうあれ、バスケじゃねぇだろ」 

思わず声を上げた黄瀬の視線の先で若松が崩れ落ちた。 
狙ってか、偶然かは分からないが結月がリングへ向かって投げたバスケットボールがそれを阻止しようとした若松の顔面を直撃し、衝撃でふわりとボールが上に浮き上がった。それを、あろうことか結月は体勢を崩した若松を踏み台にして浮いたボールを直接リングに叩き込みにいったのだ。 

「なんスか、あれ…。一人アリウープにしても大惨事っスよ」 

「生きてるか、若松」 

笠松達が心配気に眺める先で若松は右手で顔を押さえながら、よろよろと立ち上がる。その後ろで気持ち良くボールをリングに叩き込み、華麗に着地を決めた結月が若松を振り返ってニッと笑う。 

「まだまだ甘いな、若」 

「くっ…、次こそは…!先輩、もう一回!」 

せっかく緑間くん達に教えて貰ったのにと、悔しそうに顔を歪めて意気込む若松には悪いが、あれはどう見てもバスケではないし、バスケという名を借りた格闘技だろう。本人達はまるで気付いてないようだが。 

「いいぜ。次もまた私が勝つだろうけどな」 

「そんなことやってみなきゃ分かりませんよ…!」 

「お前のそーゆう根性あるところ、結構好きだぜ。…ほら」 

てんてんと転がっていたバスケットボールを結月が拾い上げ、若松へと投げ渡す。再び、若松と結月の1on1が始まった。 

「ぶっ…何度も言うけど色んな意味ですげーな、あの人!」 

自己紹介も終えて、自然と視線を集めた1on1に高尾がけらけらと笑いながら結月をそう評すれば、緑間は逆にあり得ないのだよと真面目腐った顔をしかめて呟く。 

「結月はあれでも真面目にやってるつもりなんだけどね」 

「あれで真面目…」 

フォローに入った千代の言葉を聞きながら、森山も宮地も遠い目をしてコートの中で一人無双を続ける結月を眺めた。 

「おい、あれ、止めなくていいのか?」 

唯一御子柴が心配そうにコートの中と野崎達との間で視線をふらふらとさ迷わせる。心なしか野崎の顔色もあまり思わしくはなかった。 

「鹿島…」 

若松を助けてやりたいが、自分はあまり関わりたくないと野崎は鹿島へと話を振る。答えたのは鹿島ではなく、デジカメを弄っていた堀だったが。 

「行ってやれ、鹿島。さすがに若松が可哀想だ」 

「はーい」 

堀の指示に鹿島は素直に頷き、コートに向かって駆け出した。 








「こうして見ると鹿島も女に見えますね」 

そしてそれは何とはなしに溢された言葉だった。 

バスケ部で鍛えられたがっしりとした身体と、平均より高い身長。いくら御子柴や野崎が長身とは言え、若松も運動部とは言え、レギュラー争いの激しい強豪校の運動部に所属する彼等とは体格が違う。一見細身に見える、モデルである黄瀬でさえも筋肉の付き方が違う。大学生である三人は言わずもがなだが。 
その中に入ると、いくら男に間違えられることが多い鹿島といえども華奢に見えた。 

「………」 

ネタ帳を片手にそう溢した野崎の横で、デジカメのシャッターを切っていた堀の指先が止まる。 
画面の中で駆け回るのは鹿島と結月、宮地に高尾、緑間。若松に千代、御子柴に黄瀬、森山だ。バスケ初心者に加え、何でもありの結月がチームに入っているせいか面白おかしくバスケ擬きをしている。また、女子が混ざっているので男達は手加減しつつと…いつもとは違うゆっくりとした流れで試合は行われていた。 
然り気無く千代と結月から距離を取った笠松が審判をしている。 

笠松の異性に対する苦手意識は相変わらずらしい。 
堀はぼんやりとそんなことを思いながら細く息を吐き出し、手に持っていたデジカメをそっと下ろした。 
先程のは独り言だったのか、ちらりと流し見た野崎はまた熱心にネタ帳にペンを走らせている。 

あれから…、結月の無双を鹿島が止めてから「せっかく人数揃ったし、ランダムでチーム決めて試合しないっすか?もちろん戦力は平等に振り分けてっすけど」と言う軽い高尾の提案に皆が乗り、思惑は人それぞれ違うが、唯のバスケ好きや資料集めの為、女子とお近づきに等々…。ただ、野崎は手を痛めたくないからと辞退を申し出て、堀もまた外側から写真を撮りたいからと遠慮させて貰った。 

下ろしたデジカメを操作しながらこの場に来てから撮り溜めていた写真を一枚一枚確認する。 
バスケットコート、リング、ボール、コート上の攻防、ダンク、3Pシュート、ドリブル、パスと、背景にはあまり関係の無い写真も、素直に凄いなと思ってシャッターを切ったものが数多くある。その画面の中には生き生きとした表情でボールを追っている鹿島も写っていて。時に肩を叩かれ、ハイタッチを交わし、楽しそうに会話を交わしている姿もある。 

鹿島が女じゃない時があったかと、堀は画面を眺めながら瞳を細める。 
演劇をしている時はそんな風に意識をしたことはないが、日常生活の中で堀の隣にいる鹿島は常に女だ。例え鹿島本人が男っぽい服装や言動をしてようとも、本物の男とは差異がある。 
女にしては背は高めだが、男と比べればその線は細いし、華奢である。繋いだ指先は男の節くれだった硬い手とは違い、細くて滑らかで柔らかい。力も堀よりは弱い。 
鹿島が高校入学当初は鹿島の顔と演技力ばかりに気がいって、女だと気付くのが遅れたが、今では何故あの時に気が付かなかったのかと自分でも不思議でしょうがない。 

「心が狭いな…」 

笑いながら高尾や宮地と並んで画面に収まる鹿島に堀は密やかに眉根を寄せて、小さく口の端を歪める。 
気にしていないわけではない。画面の中に収まる釣り合いの取れた男女の姿に少しだけ、もやもやとした気持ちが生まれる。けれどもそんなものは些細なことだと、元気で明るい声が呼ぶ。 

「堀ちゃん先輩ー!先輩も一緒にやりましょうよ!楽しいですよ!」 

決着が着いたのか、コートの中でぶんぶんと右手を振って鹿島が堀を呼ぶ。 
その顔は写真に収めたどの表情とも違う。真っ直ぐに堀を見つめる眼差しはきらきらと眩しく、浮かべられた笑みはふんわりと柔らかい。 
堀は無言で手の内にあったデジカメの照準を鹿島に合わせると、何も言わずにシャッターを切った。 

「え?…先輩?」 

ピピッとなった電子音の後に鹿島の間抜けな顔が見える。 
その様子にクツリと笑って、堀はデジカメを野崎の座るベンチの上に置いた。 

「預かっといてくれ、野崎」 

野崎が頷くのを確認して堀は身を翻す。 
戸惑ったような顔をする鹿島の元に歩み寄り、その肩を軽く叩いた。 

「なに間抜けな顔してんだ。やるんだろ、バスケ。っつても俺も授業でしかやったことねぇからな」 

「…はい!」 

堀ちゃん先輩、高尾くんのパスがね。緑間くんのシュートがね、と次から次へと喋る鹿島に堀は外から見てたから知ってるわと呆れたような顔で応えながら、結月に「なのだよってなんだよ?超やべー!!」と爆笑して絡まれてる緑間に、普段若松に向けている哀れみの眼差しを向ける。そして、更にそこへ高尾が「俺も真ちゃんと初対面の時はそう思ったっす!」と火に油を注ぐものだから誰にも止められやしない。 
黄瀬と千代が「まぁまぁ、その辺にしといてあげて」、「個性的でいいじゃない。ね?」とゆらりと不機嫌オーラを漂わせ始めた緑間との間を取り成しているが。 

「若松。あの瀬尾って言ったか?あいつのはバスケじゃねぇから、お前が勝てなくても何も恥じることはねぇぞ」 

「そうですか…?」 

その横ではバスケと言っていいのか疑問だが、結月のバスケを目の当たりにした宮地が若松に声をかけている。 
人見知りの気がある御子柴も試合をしていくうちに他の人達に慣れたのか、森山から何か話しかけられていた。 

「ピアス付けるとモテるのか?」 

「えっ…はぁ…?どうですかね」 

審判をやっていた笠松は身体を動かし足りないのか、ボールをその場で弾ませ、 
コートに入ってきた堀と喋り続ける鹿島の方を見た。 

「お前もやるか?」 

「おぅ、少し混ざらせてくれ」 

「なら俺が相手してやろうか?」 

「そうだな…」 

「先輩、私も!」 

「じゃぁ、もう一人…」 

きょろりと周りを見回して、もう一人を捕まえようとした笠松に堀は言葉を重ねる。 

「黄瀬で良い」 

黄瀬なら鹿島と並んで立ってももやっとした気持ちにはならないし。黄瀬で良いというよりは黄瀬が良い。それは多少なりとも黄瀬を知っているからか。はたまた自分達と笠松と黄瀬の間に流れる空気が似ているからか。 
笠松は堀の指名に不思議そうに一度瞼を瞬かせ、お前がそれでいいならと、賑やかしい高尾達の方に視線を移した。 

「黄瀬!」 

「はい!なんスかセンパイ?」 

すると黄瀬はすぐに反応して、一緒にいた千代にちょっとごめんねと断りを入れてから笠松達の元に駆け寄ってくる。 
センパイ!と笠松を呼ぶ声にどことなく甘さが混じっているような気がした。 

「2on2したいからお前も入れよ」 

「良いっスけど、チーム分けは?」 

どうするんスかと首を傾げた黄瀬に笠松は堀と鹿島に視線を流して、黄瀬に答える。 

「俺と鹿島、堀とお前でどうだ?」 

実力と高さと、平等に割り振っての組み合わせだ。マッチアップは必然的に笠松が黄瀬、鹿島が堀になるだろう。 

「いいぜ。それでやろう」 

鹿島も堀に倣って頷き、コートの半面を開けてもらう。 

「っと、その前に…」 

「センパイ?」 

不意に笠松からボールをパスされた黄瀬は笠松の向かう先を見て、あぁ…と苦笑を溢した。 

「森山ァ!お前は他所の後輩にまで迷惑かけてんじゃねぇぞ!」 

「いって!?」 

戸惑う御子柴相手にいつものどうしたら女子にモテるのか、今度一緒にナンパに行かないか?などと持ち掛けていた森山の膝裏に笠松の蹴りが入る。その際、御子柴は若干身を引いていた。 

「いきなりなにするんだ、笠松!」 

「悪いな、御子柴。こいつの悪い癖で」 

「あ、いえ…ダイジョウブです…」 

ふるふると赤い髪を左右に振り、御子柴は答える。 

「ったく、お前は初対面の相手に何やってんだ。少しは宮地を見習え、宮地を」 

ほらと窺ったコートの外では珍しく機嫌の良い様子の宮地が若松の相手をしている。 

「俺はこういう素直で可愛い後輩が欲しかったんだ」 

「えっと…」 

若松は何と返事を返せばいいのか、困ったように視線をさ迷わせる。 
森山とは違う意味で他所の後輩に迷惑をかけている…ようにも見えなくはなかった。けれども、あっちよりはマシだろうと森山が目だけで笠松に訴える。 

「チャリアカー?変な壺持ち歩いてるだけじゃなくて、妙な乗り物にも乗ってるんだな」 

「変な壺ではない。今日のラッキーアイテムなのだよ!」 

「それはもう分かったから良い。なぁなぁ、乗ってもいい?」 

「俺は構わないっすけど、真ちゃん、いい?」 

「うぐ…」 

「何だよ、嫌なのかよ。男の癖に器がちっちぇなー」 

「結月、緑間くんが困ってるから」 

緑間と高尾が移動に使うのにお馴染みの、自転車とリアカーを組み合わせた乗り物、通称チャリアカーに結月は興味津々だ。二人は今日もチャリアカーでストバス場へと乗り入れていた。だが、それが運の尽きか。それとも緑間のラッキーアイテムの効果を上回る程の運が結月に付いているのか。最終的に緑間は結月の我儘に「どうしてもと言うなら、乗せてやらんこともないのだよ」と通常年上相手には礼儀正しい緑間が不遜な態度で返した。もちろん、チャリアカーを漕ぐのは高尾だが。 

巻き込まれたら相当面倒臭そうな一角を見なかったことにして笠松はコートの中に戻る。森山から解放された御子柴も野崎の元へと行き、森山は不満げに笠松に蹴られた足を擦りながら宮地と合流した。 


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