夢で会えたら(笠黄)

【第53回】 笠黄創作企画
お題「夢で会えたら」



激闘のウインターカップが終わり、海常高校でも三年生が冬の大会を最後に引退していった。その上、三年生は自由登校へと切り替わり、大学推薦組を除き、大学一般受験組、就職組はこれから勉強の追い込みだ。

そしてその中には自分が想いを寄せている笠松も含まれており、日頃頻繁にしていたメールや電話を黄瀬は笠松が部を引退してから控えるようにしていた。
何でも笠松は複数の大学から推薦を貰ったが、自分の行きたい大学は別にあり、一般受験をするとのことだった。

「センパイらしいっちゃ、らしいけど…」

最後まで諦めない、その姿勢は自分が好きになった笠松らしい。

「でもなー…」

バスケ部は三年生が引退してから早くも新体制作りへと移行している。今日も部活でくたくたになって帰って来た黄瀬は風呂や食事を適当に済ませて、一人暮らしで広いベッドの上でプライベート用のスマホを右手に握りごろごろと転がっていた。

「センパイの勉強の邪魔はしたくないけど、こう何日も会えないと…辛いっス。声、聞きたいなー」

ちょっと前までは、それこそ毎日のように顔を合わせていたというのに。
朝は部活で、昼はご飯を一緒に、夜はまた部活で。

「はぁ……会いたいな。センパイ、次いつ、学校来るんだろ?」

右手に握った沈黙したままのスマホを見つめて、葛藤に揺れる琥珀色の瞳を細める。

「うーん…いつ学校に来るかぐらいは聞いてもいいかな。後輩としておかしくないっスよね?」

それぐらいと呟きながら、結局スマホに指が伸びない。ただ右手の中に握りしめたまま…。






「…せ、…黄瀬…?」

間近から名前を呼ばれてハッと顔を上げる。笠松が黄瀬の顔を覗き込むように身を屈めていた。
…すぐ近くにある青みがかった薄墨色の瞳が綺麗だ。

「っ…!」

じゃない…!あまりの近さにハッと息を呑む。それから直ぐに自分達のとっている体勢に気付き、さらに慌てた。
何がどうしてこうなってるんスか!?

「あ、あのっ、か、笠松センパイ…っ!?」

なんと自分は笠松に膝枕ならぬ、足枕されていた。
ソファーに寄り掛かってラグの上に座る笠松の太股の上に頭を乗せて自分は足を伸ばして寝転がっていた。
どうしてこうなったのかも、何もかもが分からない。
顔を赤くしたり青くしたり、あわあわしながら慌てて笠松の足の上から頭を持ち上げようとして、しかし、頭の上にぽんと置かれた掌によってその場に押し留められる。

「なに一人で百面相してんだよ。俺の膝枕は気にいらなかったか、ん?」

同時に落とされた、やたらと甘い笠松の眼差しと声音にじりじりと頬に熱が上がる。それを分かってやっているのか、頭に置かれた手とは逆の手が黄瀬の頬に触れてくる。

「お前、すぐ顔に出るよな。……可愛いやつ」

ふっと緩んだ眼差しに心臓がばくばくと加速する。
頭に置かれていた手がさらさらと黄色い髪をすいていく。

てか、…誰だ、これ!?
俺はこんな笠松センパイ知らない!
確かに普段から男前で格好良いけど。
ずるい、格好良すぎる!

「どうした?いつもなら『俺は格好良いんス!』って反論してくるだろ?」

くつくつと笑いながら落とされた言葉に僅かな引っ掛かり覚える。

「俺は…格好良いんスよ」

恥ずかしさを誤魔化そうと不貞腐れながら言えば、笠松はますます可笑しそうに笑った。
けれども今のやりとりで、このありえない体勢と状況に納得がいった。
…これは夢だ。多分、夢だ。
笠松は「いつも」と言ったが、俺はセンパイとこんな甘いやりとりをしたことがない。いずれ、したいとは思ってるけど。告白だってまだだし。最近は会えていない。声だって、聞けていない。

「悪い、悪い」

黄瀬がしょんぼりと顔を曇らせたのを、不貞腐れて黙り込んだと勘違いした笠松が黄瀬の頭をポンポンと叩きながら謝ってくる。

「機嫌直せよ。なぁ」

するりと頬を離れた手が仰向けに寝そべったままの黄瀬の前髪を散らす。黙ってその指先が額に触れるのを眺めていた黄瀬は次の瞬間目を見開いた。思わず小さな声が零れる。

「え…っ」

身を屈めた笠松の影が顔の上に落ちたと思ったら、柔らかな感触が額に触れてきた。
これは、間違いなく…。
ぶわりと一瞬で顔が赤く染まる。

「機嫌…直ったか?」

そっと離れて至近距離で視線を絡めてきた笠松から目が反らせない。
わー、ぎゃーと、内心で恥ずかしさにのたうち回りながら、夢の中の笠松にトキメキが止まらない。
どうしよう。センパイ、格好良い。どうしようと、若干パニックに陥りながらも勝手に唇は動いていた。

「なおってないっス」

目許を赤く染めて、琥珀色の瞳に喜色を滲ませて。
笠松は黄瀬の機嫌が直っているのを承知の上で、我儘みたいなことも聞いてくれる。

「そうか。ならどうして欲しい?」

これが自分の作り出した夢だからか。
自分にとって都合が良すぎる。良い夢だ。
それなら我儘を言っても良いだろうか。
夢の中なら笠松に迷惑をかけることもないだろうし。
そう思った先から、ぼろぼろと言葉が零れ落ちる。

「また一緒にバスケがしたいっス」

「おぅ」

「…部活も見に来て欲しいっス」

「うん」

「……会いたいっス」

「ん」

「………声が聞きたいっス」

「………」

「俺、センパイが−−」







そこで、ちゃらちゃらと手の中で鳴った軽快な電子音で目が覚めた。
ハッと目を開けて、持ち上げた頭で周囲を見回せば、そこは自分の部屋だった。

「やっぱり、夢か…」

はぁ…と溜め息を吐き、改めて耳に入ってきた電子音に夢の内容も吹き飛ぶ。慌ててスマホの画面をタップした。

「もしもしっ、笠松センパイ!」

珍しい笠松からの着信だった。
勢い余って電話に出た黄瀬に笠松が電話の向こうで驚いたような呆れたような声を出す。

『お前相変わらずだな。ちょっと声のトーン落とせ。耳にいてぇ』

「あ、すいません。つい…」

思わずベッドの上で正座をする。心持ち背中もピンと張る。

「でも、どうしたんスか?何かあったんスか?センパイが電話してくるなんて…」

むしろ何もなくても笠松からの電話なら、俺はいつでも大歓迎っスけど。
久し振りの笠松の声をよく聞こうと目を閉じて通話口に耳を傾ける。

『あー…、ちょっと、夢見てな…』

「ゆめ?」

『あっ、いや、こっちの話だ。…それよりお前こそどうしたんだ?』

「何がっスか?」

目の前に笠松がいるわけでもないが、スマホを片耳にあてたまま癖で首を傾げる。すると今度ははっきりとした口調で笠松が答えた。

『何がじゃねぇよ。お前最近、メールも電話もして来ねぇだろ』

「えっ…?」

『だから何かあったのかと思ってな』

「…………」

『黄瀬?おい、聞いてるか?』

「…聞いてるっス。でも、メールとか電話とかしても良いんスか?」

受験勉強の邪魔にと言い指して、途中で笠松に遮られる。

『むしろパッタリ来なくなったから心配しちまっただろうが』

心配してくれたんだ。
なにより俺からのメールや電話を待ってくれていたと言うような口振りにだらしなく頬が緩む。

『それと明日学校行く予定だから、少しだけ部活覗いてく。お前がちゃんとやってるか見てやるからな』

「…!…っス!待ってるっス!絶対っスよ!」








黄瀬との通話を切って、スマホを机の上に置く。机の上には問題集が開きっぱなしになっていた。

「あー…、やっぱ好きだわ、コイツ」

少し前にうたた寝をしてしまって、固くなった体を解す様に肩を回す。

日頃メールや電話をしてきていた黄瀬からの連絡が途絶え、直ぐに受験生のこちらに気を使ってるんだろうなというのは分かった。黄瀬はあれでいて結構気遣いの出来る男だ。
とは言え、あれだけ頻繁に顔を合わせていた相手に、しかも想い人に会えないのは中々に辛いものだった。
それならば声だけでもと思ったが、声を聞いたら余計に会いたくなるのは分かっていた。

そんなことを思っていたからだろうか、うたた寝で黄瀬の夢を見てしまった。
夢の中の黄瀬は俺に膝枕されていた。
きっと夢の中の黄瀬が口にしたお願いは俺の願望だ。
現実の黄瀬と俺は恋人でも何でもない。夢の中の様に黄瀬を甘やかして可愛がりたいとは思うが、まだ告白もしていない。ただの先輩と後輩だ。

「はー…、勉強すっか」

告白は受験が終わるまではするつもりはなかった。
代わりにまた夢で会えたら、うんと甘やかして、可愛がろう。



end


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