自慢の先輩、可愛い後輩?(海常)


それはまだ残暑の厳しさが残る、何てことない日の中で起きた出来事だった。

さっさと友人達と教室で昼食を食べ終えた黄瀬は、残った昼休みの時間をどう過ごそうかと考えながら、自然と足は体育館に向かう。

「誰かいたら相手してもらおっかな…」

呟き、体育館への近道として中庭を横切ろうとしたその時、後ろからパタパタと人の駆ける足音が聞こえてきて、黄瀬はその持ち主に呼び止められた。

「あの、黄瀬くん」と躊躇いがちな女子の声に足を止めて背後を振り返った黄瀬は、女子生徒が両手で大事そうに握り締めている手紙のようなものに、気持ちは嬉しいっスけど…とこれまでに何度も使ってきた言葉が頭の中に浮かぶ。けれども黄瀬はそ知らぬ振りでにこりと笑いかけた。

「俺に何か用っスか?」

相手は上履きの色からして同学年。ただし顔に見覚えはないから、クラスメイトではない。

笑いかけた黄瀬に女子生徒は一瞬息を詰め、それでも震える両手で黄瀬へと手に持っていた手紙を差し出した。
ただし、女子生徒の口から出た言葉は黄瀬が思っていた台詞とは違った。

「これっ、笠松先輩に渡して欲しいの」

「え……?えっ…、笠松センパイっスか?」

戸惑う黄瀬を他所に女子生徒はほんのり頬を赤く染めてこくりと頷く。

「黄瀬くん、笠松先輩と仲良さそうだから…」

お願い、と頭を下げられて黄瀬はあーと困ったような声を出す。女子生徒の真剣さは伝わってくるが、これはどうしたものかと黄瀬は口を開く。

「でも、こういうのは君が直接笠松センパイに手渡した方が顔も覚えてもらえるんじゃないっスか?」

「それは…。そうかもしれないけど、一年の私が笠松先輩に話しかけるなんて……無理」

恐れ多くてと呟いた女子生徒に、黄瀬はそういうもんなのかなと自身ではまったく感じたことのない感覚に首を傾げた。確かに笠松は三年生だが黄瀬はだからと言って遠慮をした覚えはない。笠松だって遠慮なく黄瀬をシバいてくるし。普通に三年の教室に突撃をしたり、二年の早川達の所へも時には構ってもらいに行くこともある。確かに友人や他所の部活の人間にバスケ部は仲が良いよなぁとちらほら言われたことはある。まぁでもそれは男子特有のものであり、目の前の女子生徒には分からない感覚なのかも知れない。

「分かったっス。とりあえず渡すだけ、渡しておくっス」

言いながらはたと気付いたが、別の意味で笠松センパイはこの方が助かるのかなと、異性を苦手としているセンパイの姿がちょっとだけ脳裏を掠めて、苦笑が溢れそうになるのをグッと我慢して黄瀬は念押しするように言う。

「その後どうするかは笠松センパイと君次第っスからね」

黄瀬は自分に向けて差し出されていた手紙を受け取った。
ありがとう、お願いします、と丁寧に頭を下げて女子生徒は校舎内へとパタパタと駆け戻って行く。
その場に残された黄瀬は可愛らしい封筒の表面に書かれた【笠松先輩へ】という文字を目線で辿り、裏側に引っくり返す。裏にはきちんとクラスと名前が書かれていた。やはり、自分とは違うクラスの女子生徒らしい。

「黄瀬」

「っはい!?」

宛名をぼんやりと眺めていた黄瀬はいきなり見知った声に名前を呼ばれてびくりと肩を跳ねさせる。
別に何も悪いことはしていないが条件反射というものか。思わず肩を跳ねさせた黄瀬は、今度は声のした中庭の中へと視線を移した。

「こっちだ、黄瀬」

するとそこには植え込みの影に隠れてしまっていて分からなかったが、バスケ部の一つ上の先輩、中村と早川が揃ってベンチに座っていた。先に黄瀬を呼んだのは中村で、きょろりと探すように顔を動かした黄瀬に片手を振って誘導したのは早川だ。どうやら二人はそこで昼食を食べていたらしい。二人の間には弁当箱の包みとコンビニの袋、パックのジュースがそれぞれの手元に置かれていた。
黄瀬は手紙を手に持ったまま植え込みを迂回して二人が座るベンチに歩み寄る。

「ちわっス。あー…、今の見てたんスか?」

「黄瀬の頭は見えたけど、相手の顔は見てない」

「声だけ聞こえてたぞ!」

「それは完璧見てたのと変わらないじゃないっスか」

中村の視線が黄瀬の手に握られている手紙へと向く。

「お前、さっき驚いてたみたいだけど笠松先輩宛のラブレターなら珍しくないぞ。今はお前がいるから少ないだけで」

「えっ…そうなんスか?」

驚きにパチパチと瞼を瞬かせた黄瀬に、中村の言葉を肯定するように早川も頷く。

「笠松先輩はもてぅぞ!」

バスケ部の中では背は低い方だが、日常生活の中では高身長の部類に入る。それに加えキャプテンシー溢れるバスケ部の主将で、責任感もあり、真面目で実直な男気のある男前だ。黄瀬をシバいたりしている姿を見るとちょっと怖いと思われることもあるが、浮わついた噂がないのも硬派で良いと…一部の女子からの人気が高い。

中村の説明になるほどと、黄瀬は確かに笠松にはモテ要素がいっぱいあるなと納得して頷く。笠松は男の自分から見ても男前だ。

「そえにお前がくぅまではもぃやま先輩も結構モテてたんだぞ」

ピシリと黄瀬に向かって人差し指を突き付けて、何故か早川が自分のことを自慢するように胸を張って言う。それに中村が深く頷き、早川の言葉を継ぐように話を続ける。

「あぁ…黄瀬が来る前は森山先輩とサッカー部の先輩がイケメンの座を争ってたな。女子達にキャーキャー騒がれて笠松先輩にシバかれてたのは主に森山先輩だった」

ただし森山先輩の場合は、森山先輩と一度でも会話を交わした女子生徒は次の日には離れていってしまう。森山先輩は黙っていれば和風然としたクールなイケメンに見えるが、それが一度口を開けば運命だとか残念なことばかり口走る。
そんな森山先輩の実態を知らない一部の女子から人気があるのだ。

「へぇ…そうだったんスか」

けれども黄瀬は森山が本当は仲間思いで気遣いの出来る男だと知っている。普段自分は森山にからかわれたり絡まれたりすることも多いが、こちらが本当に構って欲しくない時は絡んで来ないし、森山は人の機微に聡い。そして、それを何故女子相手に発揮できないのか。不思議でならない。

「だからこその森山先輩なんだ。残念なイケメンじゃなくなったら森山先輩じゃないだろ」

首を傾げた黄瀬の考えを読んだかのように中村が真面目腐った顔のまま森山の話を締め括る。

「まぁ…確かにそっスね」

残念じゃない森山は森山先輩じゃない。
女子達を気遣う森山の構図を頭の中でイメージして、黄瀬はすぐに頭を左右に振る。……うん、無いな。

「ってことは……この話の流れ的に、もしかして小堀先輩もモテるんスか?」

「おぅ、とーぜんだ。先輩達は凄いんだぞ!」

「何でまたお前が威張るんだ早川」

呆れたように息を吐きつつ、これまた中村が教えてくれる。

「先輩のことをこう言うのは失礼だけど。…笠松先輩や森山先輩と比べて小堀先輩は地味で普段あまり目立たないように見えるだろ」

「うーん…、まぁ…」

自分のことは棚に上げて、黄瀬は癖の有りすぎる目の前の先輩二人と三年の先輩方の顔を思い浮かべた。その中でも小堀は平凡というか、突出した所はなく、至って普通だ。それ故にレギュラー陣の中では中立国のような存在であり、何かあった時の駆け込み寺兼癒しとなっていた。

「でもそれは逆に言い換えれば、小堀先輩は落ち着いていて他の男子と比べると大人っぽく見えるんだ。当然背は高いし、小堀先輩は頭も良い。何より誰に対しても優しい」

たまに天然な所もあるけれど、基本的に小堀先輩は良い人だ。

それには早川も黄瀬も満場一致でうんうんと頷く。あの人の良さに、特にモデルの仕事等で人間関係に疲弊している時など、小堀の純粋で善意しか含まない言動に黄瀬も何回か助けられている。
けれど、と中村は続けた。

「小堀先輩は人が良すぎて誰に対しても優し過ぎて、自分だけを見て欲しい女子はそんな小堀先輩を知ると優しくされたのは自分だけじゃなかったと知って離れていくんだ。それでも良いって思ってる一部の女子達からモテてるんだ」

「へぇー…、知らなかったっス。てか、何で中村センパイはそんなに詳しいんスか?」

話を終えて紙パックのストローに口をつけた中村を黄瀬は首を傾げて見返す。
いくらセンパイ達のこととはいえ、女子達の内情に詳し過ぎる。
ずるずるとストローを鳴らして喉を潤す中村の代わりに、今度は早川が答えた。

「なかむぁが詳しいのはな、そういうことの窓口だかぁだ」

「は?…窓口?」

「おう。なかむぁが先輩達と一番近かったかぁだ」

「それじゃ分からないだろ、早川」

空になった紙パックを開いて、折り畳みながら中村が突っ込みを入れる。

「黄瀬が入学して来る前から、俺達はバスケ部のレギュラーとして笠松先輩達と一緒に練習してきた。それを部活に見学に来てた女子達が見てて、直接先輩達に声をかけれなかった女子達が俺や早川に声をかけてくるようになったんだ。俺達を介して先輩達に近づこうとしたんだろうな」

けれどもこの通り、早川は早口で何を言ってるのか分からない時があり、自然と女子達から先輩方への伝言が中村に集中するようになっていった。詳しいのはそのせいだ。
紙パックのゴミを突っ込んだ袋の口をキツく縛り、中村が溜め息を吐く。

「た、大変そうっスね」

自身のファンの女の子達で、女子という生き物の面倒臭さと大変さを知っている黄瀬は同情的な眼差しで中村を見やる。
しかし、ただでは起きないのが海常バスケ部の部員足るもの。中村は黄瀬から向けられた同情的な眼差しを跳ね返すように、うっすらと口端を吊り上げた。

「最近はそうでもない。先輩達には悪いけど、ここ最近の女子達からの頼みは『バスケに集中したいから』と先輩達が言っていたで、勝手に断ってる」

「いいんスか?それで」

森山先輩とか、女子からモテてると知れば特に喜ぶんじゃないだろうか。そうすればナンパや合コンなどとひょいひょいと言い出さなくなるのでは?
黄瀬の指摘に中村は眼鏡のブリッジを人指し指で押し上げながら、真顔で返す。

「良いも悪いもその時点で引き下がるようじゃダメだろ。バスケに勝てない時点で、先輩達が付き合うとは思えないな」

「はぁ…そっスかね?」

「それとも何か。お前は先輩達が女子に現を抜かして、バスケが疎かになってもいいのか?」

「っそんなん絶対嫌っス!そんなの俺のセンパイじゃない!」

黄瀬の手の中にある手紙がくしゃりと音を立てる。

「そうだろ。それにお前だって今、『バスケと自分どっちが大事なの?』って女子に言われて女子をとるか?」

「はっ、ありえねぇっス!センパイ達とやるバスケが一番大事っス!」

「うんうん、黄瀬も可愛いこと言うようになったなぁ!」

嬉しそうに笑った早川が黄瀬の背中をバシバシと叩き、「ちょっ、いてぇっス!」と黄瀬が慌てて早川から距離をとる。すると中村がしみじみとした様子でポツリと呟く。

「本当、入部当初とは偉い違いだな」

あの笠松先輩に向かって、一、二年早く生まれたぐらいで云々かんぬん…とか言ってた奴とはとても同一人物には見えない。

「ぎゃぁっ、止めて欲しいっス!中村センパイ!俺の黒歴史を掘り返さないで!」

自分でもあれはないなと、恥ずかしく思ってるんスから!
それに今はちっともそんなこと思ってないし、センパイ達の事はほんっとーに尊敬してるんスからね!

「はいはい。分かってる」

「ほんとっスか!?その割りに返事が雑すぎっス!」

黄瀬が中村に詰め寄って嘆く側で、早川がどさくさ紛れに、からりと笑って物騒な告白をする。

「おぇもあの時はお前を殴(り)たくなったな!笠松先輩が飛び蹴(り)してなかったぁ、やってたかもしんない」

「うえぇ…っ、早川センパイまで!…でも今はちゃんとセンパイ達の言う事を聞く、良い子っスよ!」

「自分で良い子とか言う辺り嘘臭い。七点」

「十点満点中…?」

「いや、五十点満点中」

「ひどいっ!中村センパイが苛めるっス!」

「んー、じゃぁ、おぇは…11点だ!」

「追加の四点はどこから来てるんだ早川」

「さっきの授業で返さぇた小テストの点数」

「え…っ。早川センパイ…、ちなみにそれ、何点満点中のなんスか?」

黄瀬と中村の視線が自然と早川に向く。けれど早川は気にした様子もなく明朗快活に答えた。

「三十点満点中だ」

「早川…お前…」

「それはヤバいっスよ!確実にシバかれるコースっス!」

中村は頭が痛いとこめかみを押さえ、黄瀬はまるで自分の事のように顔色を悪くしてふるりと身体を震わせる。その中で早川だけが常と変わらぬ態度で瞼を瞬かせた。







「なーにやってんだ、あいつら」

きゃぁきゃぁと女子達がさざめき中庭を見下ろす行動に、森山も倣って校舎三階の窓から中庭を見下ろした。
すると中庭には見慣れた後輩三人の姿があった。
遠いので何を喋っているのかは分からないが、黄瀬の大袈裟なリアクションと早川の身振り手振りで、ぎゃぁぎゃぁと喧しそうな感じは伝わってくる。

「相変わらず目立つな」

「三人で一緒にお昼でも食べてたのかな」

森山の隣に並び、笠松と小堀も窓の下を見下ろす。

「はっ!黄瀬の奴、右手に手紙らしきものを握ってるぞ!」

「は?あぁ…本当だ。お前、目敏いな」

開け放たれていた窓の窓枠に手をついて身を乗り出しそうな勢いで声を上げた森山に、笠松は若干引きながら呆れたような眼差しを森山に向けた。笠松の隣では小堀がまたかと苦笑を浮かべる。
しかし当の森山はそんな二人を気にすることもなく、笠松の言葉を右から左へ聞き流し、ふるふると体を震わせた。

「あれはラブレターに違いない。なんで、黄瀬ばっかりモテるんだ!」

憤る森山にまた始まったかと笠松と小堀はやれやれと息を吐く。
これさえなければ実は森山もモテるんだけどなぁと、二人は心の中で呟き、声には出さない。言ったら言ったで面倒臭いことになるのは目に見えてるからだ。

「おら、くだらねぇこと言ってねぇで行くぞ森山」

「いてっ!?」

眼下を見下ろす森山の足に軽く蹴りを入れて、窓辺から森山を引き剥がしにかかる。
すると、恨みがましそうな目が笠松に向けられた。

「お前は彼女とか欲しくないのか!…あ、でもその前にお前は女性恐怖症を直さないと、ってー!?」

「シバくぞ、てめぇ。だれが女性恐怖症だ。ちょっと苦手なだけだ」

言うと同時に出た足が運悪く森山の脛を直撃し、森山が悲鳴を上げてしゃがみこむ。

「ちょ、笠松!落ち着いて。森山も何で余計なこと言うかな」

そこへ小堀がどうどうと仲裁に入るも二人は口を揃えて、不満そうな顔をした。

「俺は落ち着いてる。ただ、こいつが…」

「だって、笠松が…」

小堀は眼下に見える後輩達の姿を視界の端で認め、目の前の二人にため息を吐く。

「森山の言いたいことも分かるけどさ…」

「小堀!」

「分かるのか小堀!?」

瞳を輝かせ「同志よ!」と立ち上がった森山と、驚愕に目を見開いた笠松から視線を眼下に移し、小堀はその柔らかな眼差しをそっと引き締めた。

「今はそれどころじゃないだろ」

窓の下を見る小堀に、言い合いをしていた笠松と森山も口をつぐみ、同じように眼下に広がる光景を眺めて先に笠松が口を開く。

「…分かってる。ウィンターカップまではあっという間だ。絶対、優勝すんぞ」

そうだ、今は。他のことにかまけてる暇なんてないだろ。あいつ等と一緒に一秒でも長くコートの上に立ち、この手で栄冠を手に入れる。
今度こそ、…自分達も、後輩達も、泣くなら嬉し泣きの方が良い。

「はぁ〜、結局俺の貴重な三年間は全部野郎と一緒かよ。せめて可愛いマネージャーがいてくれたらなぁ」

「はっ、残念だったな森山」

にやりと悪どい顔で笑った笠松が森山を慰めるようにその肩を叩き、小堀がフォローに回る。

「でも、ほら。早川も中村も黄瀬も、皆可愛い後輩だろ?たまには後輩の為に頑張ってやれば…」

「あ?可愛いか?中村はともかく、早川は今だ何言ってんのか分かんねぇし、うるせぇし。黄瀬はやたらシャラシャラしてて、生意気だし」

「性別が男じゃ、可愛くない!」

首を傾げる笠松の隣で森山が清々しい程に断言する。

だがしかし、

「あっ、笠松センパイだ!センパーイ!」

「もぃやま先輩とこぼぃ先輩もいぅぞ!」

「あ、ほんとだ」

不意に中庭から名前を呼ばれて、ぶんぶんと上を見上げて手を振ってくる後輩達に応えてやる位には二人とも後輩達を可愛いがっていた。
口では何と言おうと慕われて嬉しくないわけがない。

「馬鹿、お前ら恥ずかしいから止めろ!」

「黄瀬は放課後、校舎裏なー!」

「えぇっ、いきなり何でっスか!?」

「もぃやま先輩、おぇはー?」

またバスケ部が何かやってるよ、仲が良いよねと、がやがやとざわめくギャラリーの注目を集める中で中村と小堀は困ったような表情を浮かべた。

自慢の先輩を見せびらかしたい半面、自分達だけが知っていればいいと思う。
可愛い後輩を見せびらかしたい半面、自分達だけが知っていればいいと思う。
全てを見せるのは何となくもったいない気がした。
だから小堀は自分の柄じゃないなと思いながらも副主将の顔で窓から中庭に向けて声を上げた。

「中村ー!」

「小堀先輩…?」

こちらを見た中村に小堀は「撤収!」と一言告げる。
それに中村は一拍間を置いて頷き返し、早川と黄瀬に話しかける。何やらテキパキと指示を出している。

「あー…こうして見ると黄瀬も中村の言うこと聞くようになったよな。これも笠松のシバき効果か?」

「アホか。普通だろ」

「うーん、それは俺も森山と同意見かな」

お昼のゴミだろうコンビニの袋や弁当箱の包みを手に持った早川と中村がこちらを見上げて軽くペコリと頭を下げる。

「センパイ、また放課後にー!あ、校舎裏には行かないっスからね!」

黄瀬はまたぶんぶんと片手を振って背を向けると、早川達と仲良く中庭から渡り廊下の方へと姿を消す。
それに合わせて集まっていたギャラリーも散って行く。

「さ、俺達も行くか。森山は何の授業だって?次」

「数学。小テストあるんだよなぁ」

「それ、うちのクラスも午前中にやったよ」

窓から離れて、午後の授業の話をしながら三人は廊下をだらだらと教室に向かって歩いて行った。







渡り廊下を上がった中村は、背を向けた黄瀬の背中に向かって一つ言い忘れたことがあった、と黄瀬を引き留める。

「何スか?」

素直に振り向いた黄瀬に中村はさっきの続きになるけど、と前置きをして告げた。

「実はお前宛の伝言とかも結構あるんだけど、どうして欲しい?」

「あー…、スンマセン。俺宛のもセンパイ達と同じように断っといて下さい」

「ん、分かった」

迷惑かけてすんませんっス、と眉を下げた黄瀬にお前のせいじゃないだろと中村は苦笑した。

「それじゃ…センパイ方もまた放課後に」

「おぅ!遅刻すぅなよ!」

「あぁ」

中村と早川と渡り廊下で別れた黄瀬は、残りの時間的にも体育館に向かうのを諦めた。そして、なによりも大事な用事が出来てしまった。

右手に握っていた手紙を裏返し、クラスと名前を再度確認した黄瀬は一年の教室へと戻って行った。



end


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