海常が好きだ!(笠黄/海常)

【第47回】 笠黄創作企画
お題「海常が好きだ!」
※未来捏造



「チーム名…、海常ってどうっスか?」

木陰の下で水分補給や吹き出す汗を持参したタオルで拭き取ったりしながら円陣を組んでいた面々は、短く切った黄色い髪を汗で湿らせ額にぺたりと張り付けたままおずおずと発言した主へと視線を向けた。

「海常って…」

「おぉ、いいんじゃないか!おぇは賛成だぞ!」

汗を拭き終えて眼鏡をかけ直した中村が面映ゆそうに口許を緩め、その隣では早川が降り注ぐ夏の陽射しに負けないぐらいにかっとした溌剌な笑みを浮かべ頷く。

「お前、相変わらず…好きなー」

呆れたような顔をしたのはシトラスミントの制汗剤を振り撒いていた森山だ。

「当たり前っス!海常は俺にとって一番大事なものなんスから」

黄瀬は森山の言葉に力強く頷き返すと、自分にとって海常というものがいかに大切であるかを訥々と語りだす。

「森山センパイ風に言うと海常は俺の人生の中で運命の場所だったんス。センパイ達と出会わせてくれて、俺を人間的にも成長させてくれて。それに今もセンパイ達といるとやっぱり海常っていいなって思う時もあるし…」

「おぇも分かぅぞ、黄瀬!」

「っスよね、早川センパイ!もちろん早川センパイと中村センパイの代の海常も好きっスけど、一年の時の海常は別格っていうか…!」

「何となく俺も分かるから、俺達のことは別に気にしなくてもいいぞ」

「あざっす、中村センパイ。んで、森山センパイ。だから、海常は俺にとって…」

「あー、分かった、分かった。もう分かったから」

長くなりそうな黄瀬の語りを森山が何かこそばゆいと遮り、右手に持っていた制汗剤を無駄にシャカシャカと振る。黄瀬の語る運命の中に自分が入っていることに、早川や中村まで何を言い出すのかと、照れたのを誤魔化すように森山は茶化して続ける。

「お前の運命の相手は笠松だけでいいから」

「それはそうっスけど、そういうことじゃなくて…!」

「黄瀬。分かってるから。森山も多分、分かってるけど改めて面と言われると恥ずかしいんだよ」

早川と森山の間に座って話を聞いていた小堀がスポーツドリンクから口を離し、黄瀬と森山の仲を取り成すようにやんわりと口を挟む。

「小堀、俺は決して照れてなんかないぞ…!」

「はいはい。分かってるから」

森山は小堀にポンポンと落ち着くようにと背中を叩かれる。

「えっと…」

小堀に勢いを削がれた黄瀬はその後ぱくりと口を閉じ、分かってはもらえたのかな?と首を傾げた。その右肩をポンと叩かれる。

「涼太。−−その名前を使うからには負けられねぇぞ」

「ゆき…センパイ」

ニヤリと笑った笠松が好戦的な眼差しで黄瀬を見上げてくる。それは幾度となく一緒に走り回ったバスケットコートの中で見た、海常高校三年男子バスケットボール部主将、笠松 幸男の顔だった。
だから黄瀬も久し振りに海常のエースとしての表情を閃かせ、口端を吊り上げ答えた。

「当然っス!勝ち続けて、優勝するのはうちっスよ!」

それから笠松の眼差しは好き好きに口を開いている面子をぐるりと見回し、最後に隣で琥珀色の瞳を挑戦的に輝かせている黄瀬を見て、凛とした声で告げる。

「よし!海常で登録するぞ」

笠松の下した決定にタオルを握りしめたまま早川が立ち上がり、吠える。

「おっしゃー!おぇ、やぃますよ!やぃますよ!」

「早川、落ち着こうな」

それを森山を宥めていた小堀が注意し、中村は静かに頬を緩めて小さく拳を握る。

「十年振りですかね。この面子で海常って」

「まぁ…黄瀬が言い出したあたりからこうなることは分かってたけど。笠松の奴、年々黄瀬に甘くなってないか?俺の気のせいか?」

制汗剤を青と白のエナメルの使い古された感満載のカバン群の中へ放り込み、森山は独り呟く。
その後ろでは喜びを全身で露にする黄瀬が隣の笠松に抱き付き、笠松はそれを余裕の表情で抱き止めていた。

「ゆきセンパイ、俺……。このチームで絶対優勝して、センパイ達に優勝カップを持たせるっスから!」

「おぅ。けど、そんなに気負わなくてもいいんだぜ」

「ううん、俺がそうしたいんス」

「……そうか。なら、期待してるぞ。俺のエース」

抱き付く黄瀬の頭を優しく撫で、引き寄せた黄瀬の耳元で甘く強い言葉を流し込めば、目尻を赤く染めながら黄瀬は嬉しそうにふにゃりと笑った。

「っス!任せて下さい!」

それを横目に早川がタオルを置き、代わりにバスケットボールを抱えて木陰から走り出て行く。

「ィバンのぇんしゅうすぅぞ、なかむぁ!」

「現役体育教師のお前と違って、俺はただのサラリーマンなんだ。もうちょっと休ませてくれ」

「中村はプログラマーだっけ?」

「そうです。森山先輩は美容師でしたっけ?確か女性にモテるからって…」

「ちょっと中村、先輩に対して何その冷たい目!俺は真面目に働いてるから!黄瀬の髪切ったの、俺!」

「冗談ですよ。森山先輩の腕が本物なのは知ってます」

「俺も髪伸びてきたからそろそろ森山の所に切りに行こうかと思ってるんだけど。…早川の相手、俺、行こうか?」

「いい、小堀。俺が行く」

そして、ストバスコートの中に立ち、早く早くと中村を呼ぶ早川の声に腰を浮かした小堀を制して笠松が立ち上がる。

「しょうがねぇから俺が行ってくる。 小堀だって保育士とは言え、体力は落ちてんだろ。あんま無理させんのもあれだし、お前らは休んでろよ」

「じゃぁ俺も行くっス!」

「ん」

差し出された笠松の右手を握り、黄瀬が立ち上がる。にこにこと嬉しそうに笑みを溢した黄瀬は笠松にすり寄る様な仕草を見せた後、暑い中、笠松にくっついて木陰を出て行く。
それを三人は木陰の中から見送った。

「さすが現役バスケ選手は違いますね」

「そういや、小堀。そのストバス大会ってプロが出ても良いものなのか?」

「うーん。特には書いてなかったから、大丈夫だと思うけど」

小堀は困ったように眉を寄せ、コートの中を走り出した笠松と黄瀬の後ろ姿に瞳を細める。
黄瀬の言う海常がこの面子を指すように、自分にとっての海常のイメージは青色を纏った笠松と黄瀬が並んで立っているイメージだった。

きっと…、黄瀬以外も、はっきりと口にはしなかったがこの場にいる人間にとって母校である海常は何年経っても色褪せることのない、大切で大好きな思い出の詰まった青春の場所である。その証拠に、今でも時間が合えばその当時の仲間と集まってはばか騒ぎをしたり、夢中でバスケットボールを追っていたりする。
海の見える小高い丘の上の公園で。

「あいつらはまたこんな所で何をやっとるんだ」

公園を囲むように植えられた木々の隙間から見えた光景に、海常高校の有名人がと、十年も前のレギュラー陣の姿を脳裏に思い出しながら、鮮やかな青いジャージの集団を引き連れた監督が、ぼやくように呟きながら公園の横を通り過ぎて行く。

「武内監督?何か言いましたか?」

「いや、何でもない」

…さて、笠松率いるストバスチーム海常の当面の目標は来週行われる予定のストバス大会優勝だ。


end


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