赤点回避のご褒美は(笠黄)

【第41回】 笠黄創作企画
お題「赤点回避のご褒美は」


そっと目の前に差し出された答案用紙。
ちらほらと赤ペンで付けられた丸とバツが見える。けれども笠松はその用紙を受け取る前に結果が分かってしまった。

何故なら、
きらきらと注がれる眼差しに、薄く紅潮した頬。何か言いたげにもにょもにょと小さく動く唇。場違いにも可愛いなと緩んでしまいそうになる頬を引き締めて、笠松は黄瀬の手から期末試験の答案用紙を受け取った。
そして、丸の数の多い答案用紙に目を通しながら今度は素直に「頑張ったじゃねぇか」と頬を緩めて黄瀬を褒める。

「っス!俺、これ以上ないってぐらい頑張ったんス!だから、あの、その…」

約束…と、堰を切ったように口を開き始めたかと思えばその語尾は徐々に小さくなり、きらきらと真っ直ぐに笠松に注がれていた瞳は落ち着きを無くしうろうろと辺りをさ迷う。
笠松は椅子に座ったまま、手に持っていた黄瀬の答案用紙を部日誌の積まれた机の上に置くと、そわそわと落ち着きを無くした黄瀬を見上げ、胸の前で両腕を組んだ。

「男に二言はねぇ。で、お前は俺に何して欲しいんだ?」

試験前の勉強中に黄瀬のやる気を上げる為に、黄瀬が赤点を回避することが出来たら、笠松が何でも言うことを聞いてやると約束したのだ。そのおかげかは分からないが、黄瀬はこの通り結果を出した。ならば次は自分だと笠松は黄瀬の言葉を待つ。

「ほ、本当に何でも良いんスか…?」

「おぅ」

今更何を躊躇っているのか。こちらを窺ってくる黄瀬に笠松は心の内で首を傾げながら頷く。そこには入部当初の生意気で嘗めた態度をとっていた黄瀬の姿は見当たらず、ここ最近の黄瀬はやたらと可愛くなったよなと。笠松の姿を見つける度に「センパーイ!」と笑顔全開で駆け寄ってくる目の前の端整な男の顔をジッと見つめて思う。

「じゃ、じゃぁ…」

「うん?」

見つめる先の頬が赤く染まっていく。
ちらりと戻された琥珀色の瞳が煌めき、目の縁にもじんわりと赤く朱が走る。その様が綺麗で、小さくもにょもにょと動く唇が何とも可愛いらしい。
そしてその唇から発された要求も何だか可愛らしいもので、笠松はつい聞き返してしまった。

「そんなんでいいのか…?」

アイスを奢って欲しいとか、1on1して欲しいとか。その辺の要求が来るだろうと予想していたのだが。

「それが良いんス。…ぎゅってして、頑張ったなって頭を撫でて欲しいっス」

笠松と恋人同士であったなら、その後キスとかもして欲しいけど、それは黄瀬の頭の中だけの妄想だ。現実の笠松は黄瀬のセンパイというだけだ。
顔を真っ赤にしながら勇気を出して言った黄瀬はその後、慌てたように言葉を付け足す。

「あ、ほら、俺って見れば何でも出来ちゃうから、あんまり人から褒められたことないんス!だから、褒めて欲しくて!」

他に他意はないっス!とブンブンと無意味に両手を振って黄瀬は何かを否定する。
笠松は笠松で他意って、何だ?まぁ、いいかと聞き流して、黄瀬に向かって両手を広げた。

「来いよ」

ぎゅってして、頭を撫でるんだろ?安上がりな奴と笠松は笑って自ら懐に黄瀬を呼び込む。
呼ばれた黄瀬はふるりと唇を震わせると、膝を折っておずおずと椅子に座る笠松の胸に飛び込むように顔を突っ込んだ。
ちょうど顎の下に来た黄色い頭を笠松は持ち上げた右手で撫でる。
さらさらと指の間を滑り落ちる黄色い髪は手触り抜群で、仄かにシャンプーか何か甘い香りがした。

「よしよし、頑張ったな」

「……うん」

空いた左手で黄瀬の背中をポンポンと叩いて抱き締めれば、笠松の腰元に回された黄瀬の腕に力が籠る。

「センパイ…もっと」

「しょうがねぇな。ほら」

「………しょうがねぇんス」

「自分で言うな」



やがて…さらさらと手触りの良い髪を撫でていた右手は、こめかみに触れ、リングピアスを付けた耳朶をなぞり、熱を持った頬をするりと撫でて下へと下りてくる。

「っ…、せんぱい?」

笠松の胸の中でうっとりと瞳を閉じて、笠松の体温を感じていた黄瀬は思わぬ触れ方に肩を震わせ、パチリと目を開けて笠松の胸元から顔を上げる。

「お前、可愛いよな」

「へ…?」

頬を赤く染めたまま無防備に見つめ返して来る琥珀色に笠松は瞳を細め、吸い寄せられるように顔を近付ける。

「え…っ、せんぱ…?」

熟れた頬に添えていた指先が黄瀬の顎を持ち上げ、続くはずだった言葉は笠松の唇に遮られた。
射ぬくように鋭い青灰色の瞳。
触れて直ぐに離れていった唇に、一瞬何が起こったのか分からず黄瀬は呆然と笠松を見つめ返した。
その先で、笠松が己の唇を右手の親指でなぞるように撫でる。

「そうか…、だから…」

小さく溢された言葉は耳を通り抜け、黄瀬の体温は沸騰したように急上昇する。

「あ、あ、あのっ、…センパイ!俺…!もう十分っス!」

もう良いっス、と背中に回された笠松の左手から逃げるように身を捩る。
けれども何故か逆にガッチリと笠松に抱き締められた。

「落ち着け、黄瀬」

「お、落ち着けるわけないっスよ!…だって、好きな人にキスされたんスよっ!」

「あぁ…俺もお前が好きだわ」

「………えぇっ!?」

真ん丸に見開かれた瞳も、ぽかんと大きく開いた口も、赤く染まった頬も、やることなすこと何もかもが可愛く見えたのは恋しているからだ。
きっと黄瀬以外の人間から、「ぎゅってして、頑張ったなって頭を撫でて欲しい」と言われたなら自分は冗談で流すか、断るかのどちらかだ。また、そのどちらでもなく始めから黄瀬に応える一択だった辺りから自分は無意識でも黄瀬が好きだったのだ。もっと言えば、何でも聞いてやると約束した時には既に。

あの、えっと、と…いっぱいいっぱいになって、言葉も出ない様子の黄瀬を見つめ、可愛いなぁと笠松は何度思ったかしれない台詞を口にして瞳を細める。

「……俺も…っ、笠松センパイが好きっス!」

思いがけず与えられた特大のご褒美に、黄瀬は点数の付けようがないくらい眩しい笑みを溢した。





その後、空気と化していた部員達から「やっとくっついたか!」「リア充が!見せつけやがって!」と手荒い祝福を二人は受けた。



end


[ 38 ]

[*prev] [next#]
[top]



- ナノ -