相合傘の帰り道(笠黄)

【第36回】 笠黄創作企画
お題「相合傘の帰り道」


しとしとと降る雨の下、にやけそうになる口許をきゅっと引き結ぶ。今にも手が触れ合いそうな距離に感じる熱にどきどきと鼓動が速まる。
ちらと隣を見れば、すぐ真横に、短く切られた黒髪と形のいい耳、前を真っ直ぐ見据えた薄墨色の瞳。それから薄く開かれた唇。発せられる声。

「……せ…?…黄瀬?」

どうかしたのか?ボンヤリしてるみたいだけど大丈夫かと、笠松の横顔を盗み見していた黄瀬は声をかけられてハッと我に返る。

「な、何でもないっス。大丈夫っス」

ふるふると頭を左右に振って、流石に笠松の顔を盗み見していてぼぅっとしていたなどと恥ずかしくて本人に言えるはずもなく、黄瀬は曖昧に笑って流そうとした。けれども笠松は黄瀬の行動を別の意味で捉えたらしく、再び黄瀬と呼び掛けると傘を逆の手で持てと言ってきた。

「でも、それだとセンパイが濡れちゃうっスよ」

傘は黄瀬が学校に置き忘れていた青い傘の一本のみだった。昼間は晴れていたのに部活が終わる頃になって雨がしとしとと降りだしたのだ。これだから梅雨の空と天気予報は信用できない。
困ったという風に眉根を寄せて笠松を見返せば、笠松は溜め息を一つ吐いた。

「さっきからお前の方が濡れてんじゃねぇか」

バカ、といつもより甘く鼓膜を揺らす声で怒られて二人の間で持っていた傘を取られる。
あっと思っている間に傘を奪った笠松は左手から右手に傘を持ち変えると、中途半端に固まった黄瀬の手を掴んで二人の体の間に下ろした。

「っ、センパイ…」

それからするりと黄瀬の指に笠松の指が絡められる。俗にいう恋人繋ぎだ。
笠松の不意打ちにかぁっと頬に熱が昇り、触れそうで触れない距離にどきどきしていた鼓動がゼロになってきゅぅきゅぅと苦しくなる。

「雨降ってるし、傘も一本しかねぇから別にくっついてても不自然じゃねぇだろ」

黄瀬の身長に合わせて傘を持ち上げた笠松が、あわあわと動揺する黄瀬に瞳を細めてしれっと嘯く。
手ぇ繋いでても誰も気付かねぇよと、絡めた指先でそっと手の甲を撫でられる。

「それとも嫌か?」

「まさか!」

繋いだ手が離されないように自分からも笠松の手をきゅっと握り返す。

「…嬉しいっス」

こんな些細なことで心震わせてしまう自分はどれだけ笠松のことが好きなんだろうか。今までしてきたレンアイはきっと恋愛じゃなかった。だって、こんなにも相手の言動一つで一喜一憂したことなんてなかったし。

「あ…」

「ん?何だ?」

ほら、今だって。
傘を黄瀬から取り上げた笠松の右肩がしとしとと降る雨に濡れている。
俺にはバカって言って怒ったくせに。ズルい。……でも、嬉しい。

「えっと…明日は晴れるっスかね?」

「さぁ、どうだろな。晴れとか言っときながら今日みたいにいきなり雨降って来ることもあるし」

ロードワーク行く時には晴れて欲しいわと、続いた台詞に、それは自分もまったく同感だと頷いて。
声には出さずに心の中で呟く。

(でも、たまにはこんな日があっても悪くないっスよね)

「ま、たまにはこんな日があっても悪くねぇけどな」

ぴったりと重なった言葉に、一瞬、心の声が口に出たのかと思った。
びっくりしたまま隣の笠松を見れば、その表情は優しく凪いでいて、唇は緩やかに弧を描いている。
笠松も自分と同じ気持ちを抱いてくれていると知って、今度は我慢できずにふふっと笑った。

絡めた指先はそのままに。
一本の傘の下、身を寄せあって、しとしとと降る雨にちょっとだけ感謝した。



end


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