その恋、危険物につき(死神パロ/黄笠)



全身を覆う真っ黒のローブから黄色の髪が溢れる。右手に装備した鈍色の刃が太陽光を反射して冷たく光った。

「−−あの人は誰にも渡さねぇっスよ」

温度の無い琥珀色の眼差しが鋭く細められ、無防備に向けられた背中へ呟きが落とされる。…やがて躊躇いもなく鈍色の刃はその背中へ吸い込まれるように振り下ろされた。

ゆらゆらと燭台の上で揺れていた橙色の炎は一瞬で掻き消え、目の前にあった背中は糸の切れた人形のようにあっけなく崩れ落ちる。

「あっ−−、」

可愛らしい文字で宛名の書かれた封筒は宛名の持ち主に届くことはなく、するりと手の中から滑り落ちた。







バタバタと騒々しい足音が海常高校男子バスケットボール部の部室に近付いてくる。走ってきた勢いのまま盛大に音を立てて部室の扉は開かれた。

「ごめんなさい!センパイっ…俺、またやっちゃったっス!」

部室に飛び込むなり中にいた面々に向かって、蒼褪めた顔で黄瀬が告げた。

「黄瀬。お前さー、これで何度目よ?後処理が面倒だろうが」

中にいた面々…レギュラー陣は黄瀬の物騒過ぎる告白に驚く素振りもなく、笠松以外は呆れたような表情を浮かべる。

「今月ふたぃ目ですね」

「合わせて九人目か。そう言いながら刈った相手が可愛い子だったら森山先輩だって助けた後にちゃっかりナンパしてるじゃないですか」

「じゃぁ、今日は森山の代わりに俺が後処理しに行くよ。そういうわけだから笠松、後はよろしく」

「…おぉ。いつも黄瀬がすまん」

良いってと苦笑を溢して小堀は黄瀬からその人の倒れている場所を聞くと、「三年の下駄箱付近」と反復して、部室を足早に出て行った。

「うぅっ…スンマセンっス」

小堀が出て行った扉を閉めて黄瀬が悄気た様子でペコリと頭を下げる。
その黄色い頭を笠松が仕方ねぇなと緩んだ表情で見つめて、わしゃわしゃと掻き混ぜた。

「やっちまったもんは仕方ねぇだろ。それに…俺を想ってのことだろ?」

「もちろんっス!あ…、いや、でも、自分の為でもあるっスけど…」

「ん。なら、俺に謝る必要はねぇよ。次からは気をつけろよ」

「っス」

話をそこで完結させようとした笠松に、ちょっと待て!と、すかさず森山が突っ込みを入れる。

「お前らそのやり取りも何度目だよ!誰のせいでこんな初歩的な死神研修なんかしてると思ってるんだ!」

本来ならもう俺達、死神学校を卒業してる筈だったんだぞ。それをお前らのペアが私情を挟んでリストに載ってない魂まで刈っちまうから。なにが、「今の女の子、俺の笠松センパイに色目使ったっス!」「アイツ、俺の黄瀬に嘘吐いて近づきやがった!」だ。

基本、死神は現世で行動する時、仕事時以外では人間として過ごし、仕事の時のみ死神の真っ黒のローブを羽織って、姿を消し魂を刈る。
だが、稀に死期が近い人間や霊力の高い人間はローブで姿を消していても、死神の姿を視認することが出来る人間もいる。そしてその一部の人間に仕事をする姿を見られたからと言って、そう簡単に目撃者の魂を刈ってはいけない。
何故なら、まだ死ぬはずのなかった者が死んだ場合、予定調和だった運命に歪みが生まれてしまう。同時に生まれた歪みを元に戻そうとする力が働き、その修復上、帳尻合わせをする為に新たな死者を生むことがあるためだ。なので尚更、惚れた腫れたの私情事でひょいひょいと魂を刈っていいわけがない。

「なんで俺達まで…。連帯責任って何だ。今更、現世研修って…!」

「それは俺達が見ていながら止めなかったからじゃないですか?」

「でも、なかむぁ。黄瀬もキャプテンも止めぅ暇なかったぞ?さすがキャプテンは俊足っす!」

「いまっ、そんな正論は求めてない!早川も褒めてどうする!…笠松、黄瀬!お前ら何て言われて現世に送り出されたんだ!」

人間にもその人、その人の人生があるということを人間に触れて再度学んで来なさい。と、いうのが俺の聞き間違いじゃなければこの研修の課題だったはずだ。
なのにお前らのペアときたら!
全然学んでない!

「笠松!お前、先週、自分が仕出かしたことを忘れたわけじゃないよな!」

うっと笠松が息を詰まらせる。
話が見えない後輩三人組は首を傾げて、笠松と森山を交互に見た。

「森山センパイ。先週ってなんスか?」

後輩を代表して口を開いた黄瀬に森山は笠松と黄瀬両名を視界に納めて、ふっと遠い眼差しをする。

「笠松も先週やらかしたんだよ。お前と同じことをな」

「えっ、笠松センパイもやっちゃったんスか!?」

チッと笠松が一つ舌打ちをもらす。それは肯定と同義だった。
黄瀬の琥珀色の瞳がますます輝く。

「じゃぁ、センパイも嫉妬してくれたんスね!相手は俺のファンか何かっスか?」

「黄瀬のストーカーになりかけてた女子生徒。俺らが止める前にカマ引っ付かんで背後からバッサリ」

俺の黄瀬には指一本触れさせねぇ、とか言って。

「ばっ、んなこと言ってねぇよ!勝手に脚色してんじゃねぇ!」

「それでも、笠松先輩のことだからそれに近いことは言ったんじゃないですか」

「うっ…」

中村の鋭い突っ込みに笠松は口ごもる。
それにきらきらと瞳を輝かせた黄瀬が笠松に飛び付いた。

「センパイ!俺はセンパイのものっスよ!センパイがいれば他はいらねぇっス!」

飛び付かれてよろけた笠松の腰にするりと腕を回して、黄瀬は笠松の額におでこを合わせる。ジッと大きな青灰色の瞳を覗き込み、ふにゃふにゃに溶けた表情で笑った。
さっと笠松の頬に朱が走る。

「…お、おぅ。それは…俺もだ」

照れながらも唇を綻ばせ、笠松も同じ気持ちを黄瀬へと返す。

「センパイ…」

「黄瀬…」

「だぁーっ!だから、お前ら、それがいけないんだよ!二人の世界に入るな!」

あ、そういえばここ部室だった。と、二人揃ってほんの少し残念そうな顔をする。

「まったく…誰のせいで小堀が蝋燭を直しに行ったと思ってるんだ。反省して爆発しろ」

お前らのせいでここ半年で、海常高校周辺では死人返り事件なんていう物騒な名前の怪事件が噂されるようになってるんだぞ。当然死神のローブを着ている黄瀬や笠松の姿なんて人には見えないから、いきなり人が倒れたよう見え、しかも息をしていない状態でだ。だがそこから不思議なことに皆すぐさま息を吹き返し、その後はピンピンしているものだから怪事件として警察も扱いに困っているというじゃないか。

「一番厄介なのはこの所業が天使どもに見つかったら…、お前ら本気で訴えられるぞ」

殺人未遂で。不平等な天空裁判所に。
天使どもは穢れた魂を嫌い、地獄へと身を落とした罪人を嫌う。魂が変質し悪魔となってしまった者や前世の罪を償う責を背負わされた死神達を穢れた者として特に厭っている。
例え死神が普通に死した魂の案内役という正当な側面を持っていたとしても。

なにも魂を刈ることだけが死神の仕事ではないのだ。命の灯火の管理、死者の名簿の作成、さ迷える魂の案内、その他諸々雑事まで。偉そうにふんぞり返る潔癖症の天使達より死神達は勤勉に働いているというのに。

「あ、その辺なら大丈夫っスよ」

怒りから一転、深刻そうな顔をした森山とは対照的に黄瀬がからりと笑う。

「赤司っちと友達になったっスから」

「は?赤司?赤司…って、あの天使長の息子の?」

笠松は知っていたのか話は黄瀬に任せきりで、然り気無く黄瀬が繋いできた指先に頬を薄く赤く染めていた。絡められた指をきゅっと握り返すバカっぷるの行動をスルーして、笠松を除く三人はどういうことだと、へらりとだらしなく表情を崩した黄瀬に説明を求めた。

「別に対したことはしてないっスよ。赤司っちと初めて現世で会った時、赤司っち俺のこと天使と勘違いしたんスよね」

この容姿だし、然り気無く自慢か?、事実っスよ。森山の突っ込みを流して、黄瀬は話を続ける。

「んで、何かいきなり俺のこと気に入ったとか言われて。でも俺、死神っスよ?って一応言ったんス」

けど、それでも構わないから友達になって欲しいって言われて。後々気付いたんスけど、赤司っちって結構な面食いだったんスよね。赤司っちの周りって、性格と所属は二の次にして緑間っちとか紫原っち、青峰っち、虹村さん。皆、口を開かなきゃ顔の造形は整ってるからタイプに違いはあれどイケメンなんスよね。

「じゃぁ、お前もその赤司のコレクションの中の一人になったのか?」

「嫌なこと言わないで欲しいっス!笠松センパイのコレクションになるならまだしも。むしろ俺が笠松センパイをコレクションしたい。あ、話が反れたっス。…コホン。俺はただ、赤司っちとは仲良くしといた方が何かあった時は便利かなって思って、にっこり笑って宜しくっスって普通のお友達になっただけっス!」

「普通の友達は何かあった時は便利かな、とか思わないだろ」

黄瀬の台詞に中村が口許を引き吊らせ、ポツリと溢す。

「まぁ赤司も腐っても天使だったんだな。黄瀬の邪な思惑に気付かずまんまと罠に嵌まったわけだ。あー、かわいそ」

どうせお前のことだから、笠松を落とした時みたいにあざとくなついたように見せて赤司の甘さに突け込んだんだろ。
これだからイケメンはっ!

「意義ありっス!笠松センパイにはマジっスからね、俺」

前半は森山に、後半の言葉は笠松に向け、黄瀬は笠松の方を見る。緩んでいた表情を一瞬で引き締め笠松を一心に見つめた。
笠松の唇が綻ぶ。

「知ってる」

「っせんぱい!」

「だからンな不安そうな顔すんな。お前の一番は俺なんだろ?」

「もちろんス!センパイだけが特別っス!」

「ん。…なら、いい」

言いながらふぃと顔が反らされる。
黒髪の隙間から覗く耳と首筋が赤く染まっていた。
自分で言っていて恥ずかしくなってしまったのだろう。そんな姿も可愛いと甘く崩れた顔で笠松を抱き締めようと腕を伸ばしかけ、

「小堀に言うぞ」

ぼそりと落とされた森山の静かな声に黄瀬は動きを止めた。顔を赤くしていた笠松の顔色もサッと青くなる。

「小堀に訴えてやる。黄瀬と笠松がいつまでも反省もせずにいちゃついてて、俺達のライフをゴリゴリ削ってくるって」

「確かに度々これでは仕事の前に疲れてしまって、仕事に支障がでるかも知れませんね」

「えっと…キャプテンと黄瀬と合わせて被害者はちょうど十人だから、十回は余計な仕事してぅっすね!」

「森山…、俺が悪かった。反省してる。だから小堀には…」

「すんませんっス!今後、気を付けるっスから小堀センパイには…!勘弁して下さい!」

黄瀬と笠松と並んで森山達に頭を下げる。それだけ小堀は怒らせると怖いのだ。むしろ怒らせてはいけない。死神のくせに良心って何だ。死神は大なり小なり負った前世の罪を償う為の存在だ。

ちょうど森山の溜め息に重なるように部室の扉が開けられる。

「あれ?笠松達まだいたの?あと五分で部活始まるよ」

頭を下げた黄瀬と笠松。その正面に森山と中村、早川。珍しくはない光景だなと、今日でちょうど十回目かとデシャブを感じながら小堀が注意を促す。
小堀…、小堀センパイ…、と頭を上げた二人からの視線ににこりと笑い返し、小堀は口を開く。

「もういいだろ森山。二人も反省してるみたいだし、本当に部活に遅れちゃうよ」

「小堀がそう言うなら…」

中村と早川も異論はないと森山に続いて頷き、バッシュを履いて扉に手をかける。
助かったと息を吐いた黄瀬と笠松も、森山達の後を追い体育館に行こうとして、まだ着替えの済んでいない小堀に背を向けた。その時、

「あぁ…でもそうだな。十回は確かに多いかな。十一回目があったら、笠松には女の子と喋ってもらって、それを黄瀬に見守ってもらうのが一番平和的でいい罰ゲームかな」

小さく溢された独り言に笠松の背筋が凍った。女子は笠松がもっとも苦手とする生き物で、女子と笠松の組み合わせは黄瀬が一番見たくないものだ。的確に急所を突いてくる台詞に黄瀬は思わず背後を振り返り、恐る恐る小堀に声をかける。

「こ、小堀センパイ…?」

「ん?どうした黄瀬?」

しかし、小堀はいつもと変わらぬ穏やかな顔で黄瀬を見返してきただけだった。

「あ…、やっぱ、何でもないっス」

これは駄目なやつだ。マジなヤツだ。

「そう?早く行かないと遅れるよ。笠松も」

「お、おぅ」

動きの硬くなった笠松の背中に手を添え、黄瀬は愛想笑いを残して部室を足早に出た。
体育館に向かう道すがら黄瀬と笠松は自然な動作で手を繋ぎながら「次はマジで気を付けような」と僅かに青ざめた真剣な顔で誓い合った。






だがしかし、だがしかしである。
これで守れていれば十回も同じことを繰り返してはいない。






「ごめんなさい、センパイっ!俺、またやっちゃったっス! 」

「けど、それも俺を想ってのことだろ?」



end

[ 32 ]

[*prev] [next#]
[top]



- ナノ -