喉を鳴らしてすり寄って(笠猫瀬)

【第8回】 笠黄創作企画
お題「喉を鳴らしてすり寄って」
※人外パロ、猫瀬



高校卒業を機に大学近くのアパートを借りて、一人暮らしを始めて二年。大学の講義にバスケ、学内でのアルバイトと大体のサイクルが出来上がり慣れてきた頃、更にその中へもう一つ新たなサイクルが加わった。

がさがさと右手に持った袋を揺らし、鉄製の階段をカンカンとなるべく音が響かないように静かに上がる。
アパート二階、一番奥の角部屋が現在の自分の住居だ。
ポケットから取り出した鍵で鍵を外し、静かに扉を開ける。

「ただいまー」

中へと声をかけながら後ろ手で扉を閉め、がちゃりと鍵をかけ直していれば、部屋の奥の方からダカダカと荒々しい足音がして、黄色い物体がすっ飛ぶように玄関へと飛び出してくる。

「にゃ、にゃー!」

一週間前、アパートの敷地の隅で拾った時の草臥れたような毛並みが嘘のように、珍しい黄色い毛並みはきらきらと艶やかに光ってみえる。琥珀色の双眸が笠松を見上げ、ゴロゴロと喉を鳴らして、靴を脱いで玄関に上がった笠松の足元にすり寄ってくる。なんという種類かは分からないが、笠松は一週間前からこの黄色い猫を飼っている。

「大人しくしてたか、りょーた?」

「にゃ、にゃん!」

「そうか、そうか」

この黄色い猫は時おり人間の言葉を理解しているような素振りをみせる。
自室へと向かう笠松の足元をちょろちょろとしながらりょーたは着いてくる。
ちなみに「りょーた」は笠松が何となく付けた名前だ。

「あっ、お前…またやったな!」

ベッドの下に落ちているボロボロのタオルを発見して、笠松は手にしていた袋をローテーブルの上に置き、足元でびくりと震えたりょーたを両手で捕獲する。

「ちゃんと爪研ぎも玩具も用意してやっただろ。何で毎回俺のタオルで遊ぶんだ」

「にゃ、にゃーん」

「こら!知らんぷりしたってお前しかいねぇんだよ」

まったくとため息を吐いて、ボロボロになったタオルはまたりょーたの寝床に使うかと算段をつける。でも、その前に。
笠松はぺしっとりょーたの額を軽く叩く。

「なぁーぅ」

「可愛い子ぶってもダメだ。今度やったら、シャンプーの刑にするからな」

「にゃぁ!!」

笠松が拾う前のりょーたが何処にいて、野良だったのか、もしくは誰に飼われていたのかも笠松は知らないが、りょーたは大のシャンプー嫌いだった。最初に拾った時、あまりにも汚れていたので風呂場に直行したのだ。その時に判明した事実はそれだけではなかったが。翌日は引っ掻き傷と噛み傷がお湯に染みて痛かったのを覚えている。

にゃぁにゃぁと抗議の声を上げるりょーたをラグの上に下ろし、後で遊んでやるからもうちょっとだけ大人しく待っててくれよと、りょーたの頭をなでなでと撫でる。

「にゃ、にゃにゃにゃにゃーん」

まるでしょうがないなぁと言われてる様な気がして、苦笑を溢す。

「生意気なりょーたはこうだぞ」

ラグの上にしゃがみこみ、頭を撫でる手とは逆の手でりょーたの喉元をちょいちょいと擽ってやった。
すると途端にふにゃふにゃと鳴いて、可愛くなる。

「よし。大人しく待ってろよ。お前のご飯も用意するから」

「にゃぁん…」

今度は大人しくボールの玩具で遊び始めたりょーたの様子を見ながら、夕飯作りにとりかかった。りょーたには今日買って来たばかりの猫缶をりょーた専用の黄色い皿の上に開けてやる。

「いただきます」

「にゃにゃにゃにゃにゃーん」

テレビを付けて一緒に夕飯を食べた。

後片付けをする笠松の足元でりょーたはちょろちょろと彷徨き、たまに足にすり寄ってくる。

「おい、りょーたあぶねぇぞ。蹴っちまう」

そう言ってもりょーたが去る気配はなく、猫とはこんなに懐っこい生き物だったか?と笠松は首を傾げる。しかし、避けられていた初日を思うとまぁ良いかと思って完結してしまう。

「っし。風呂の準備するか。りょーた、一緒に…」

ぴゃっと足元から素早くりょーたが逃げ出す。

「………逃げ足はえぇな。…まぁいい。昨日洗ったばっかだし、今日は許してやるか」

がしがしと後頭部を掻いて、風呂に入る準備をする。お湯が溜まるまでりょーたの遊び相手になってやろう。
笠松が大学に行っている間はどうしてもりょーたはこの部屋で一人になってしまう。淋しい思いをさせている。外へ出れるようにしてやりたかったが、風呂場で発見したもう一つの事実がりょーたを室内に留めて置く理由になっていた。りょーたは右足を怪我していたのだ。今ではすっかり良くなってきたが、完治するまでは様子を見守るつもりだ。

「りょーた。出て来いよ」

こんもりと盛り上がった笠松のシャツに向かって座り込み、猫じゃらしをふりふりと振る。りょーたは拗ねたり逃げたりすると何かに頭を突っ込んだり、狭い隙間に入り込んだり、高い所に登ったりする癖がある。

「ほらほら、りょーたの好きな猫じゃらしだぞ」

ふりふりと猫じゃらしを振り続ける。
シャツの隙間から覗く黄色い耳がぴくぴくと反応している。笠松を気にしている証拠だ。

「そうか。りょーたくんは俺と遊びたくないのか。それなら残念だけど…」

「にゃーん!!」

笠松のシャツを頭に引っ掛けたままりょーたは笠松の胸元に飛び込んでくる。そして、胡座をかいて座り込んだ笠松の膝の上に着地して、にゃぅにゃうと鳴き始める。

「嘘だ、嘘だ。おら、何して遊びたい?」

猫じゃらしを身体の横に置き、りょーたを両手で目線の高さまで抱き上げる。

「それにしても、本当綺麗な毛並みだよな」

「なぁう?」

「お前、もしかして誰かのアニマルペットだったのか?」

アニマルペットはここ十数年で定着した、飼い主とペット双方の愛情が満たされると人形が取れるようになるペットの愛称だ。耳や尻尾が生えているだけで、他は人間と変わらない。稀に街中で見かけることもある。

「だったら飼い主に返さねぇといけねぇんだけどな…」

「にゃ!?にゃにゃにゃー!」

「わっ、いきなり暴れんな!落ちるだろ」

ふぅふぅと興奮しだしたりょーたの額に笠松は額を押しつけて、でも、と囁くように言葉を落とした。

「お前がここにいたいならずっといてもいいからな」

勝手言うと、ボロボロの姿でお前が逃げ出してきた所へなんか戻してやりたくねぇ。
お前には淋しい思いをさせちまってるけど、玄関を開けたら迎えてくれるりょーたとか、足元をうろちょろしたり、俺を困らせたり、一緒にご飯食べたり、一人暮らしの時には無かった温かさが俺は結構気に入ってるんだ。

ふっと笑ってりょーたの額に口付ける。

「にゃっ!?」

「ははっ、わりぃ。驚かしたか」

それじゃ、何して遊ぶか。
お風呂が沸くまでごろごろとラグの上でりょーたと遊び、お風呂から上がった頃にはりょーたは疲れたのか笠松のベッドの上で丸くなってくぅくぅと寝息を立てていた。

「おやすみ、りょーた」

ちゅっと額にキスを落として、ちらりと枕元に用意したりょーたの寝床に視線を向ける。けれども、たまには…と思い、りょーたをベッドの中に入れ、一緒に眠りについた。







「んにゃ、ぁ…れ…?」

翌朝、笠松の隣には黄色い猫耳とすらりと長い尻尾を生やした端正な顔付きの男が琥珀色の瞳をぱちぱちと瞬かせる姿があった。



end

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