ウチのエースになるんだろ!(笠黄)

【第3回】 笠黄創作企画
お題「ウチのエースになるんだろ!」



全中三連覇を成し遂げたキセキの世代。
その功績は輝かしくも色褪せることなく、今も鮮やかにバスケットボール界に咲き誇る。

そう、本人の気持ちなど他所にバスケットボールに携わる者はみんな俺のことを【キセキの世代】の黄瀬 涼太として見てくる。
その度、俺は【キセキの世代】という括りに自分が入っていることが可笑しく思えて心の中では冷笑を浮かべていた。だって俺は赤司っち達と違って、いきなり能力が開花したわけでも、青峰っちみたいな根っからのバスケの天才と言うわけでもない。
俺のコピー能力はガキの時からの積み重ねで、それこそ中学時代は青峰っち達に勝ちたくて、負けたくなくて、置いていかれたくなくて、努力して、その末に伸びた力だ。練習しなくても一人で無双出来ちゃう他のキセキとは違う。俺の能力はコピーする相手がいて、相手の技をコピーする為の観察眼だって必要で、努力なしでは成り立たない。

【キセキの世代】とは天才達に冠する呼び名なんだろ?だったら俺は違うじゃないか。

もしくは【モデルのキセリョ】。
きゃぁきゃぁと騒がれるのは嫌いじゃないが、気に入られようと媚を売ってくる人達は嫌いだ。愛想笑いと本当の笑顔との区別もつかないのか。それだけ俺の愛想笑いが完璧だということだろうが、嬉しくはない。

本当の黄瀬 涼太はどこにいってしまったんだろう?俺は何処に行けばいい?

そんな人間関係に辟易していた俺の前にその人は颯爽と現れ、【キセキの世代】と【モデルのキセリョ】の黄瀬 涼太は思い切りよく蹴り飛ばされた。
俺は周りの皆と同じ、ただの海常高校一年 黄瀬 涼太だって。何か文句あるのかって言われたけど、あるわけもない。
でもちょっと混乱してて態度を改める余裕はなかった。

その後、一人暮らしの家に帰って、落ち着いて考えてみたら、そもそも俺は【キセキの世代】の黄瀬 涼太として期待され、海常のバスケ部にスカウトされたのではなかったか。あの人も口では何と言おうと本心は分からない。ぬか喜びはしたくない。ガッカリしたくない。

だから【キセキの世代】として、俺は誠凛高校との練習試合に臨んだ。【キセキの世代】は一人でも勝てなくちゃいけない。負けは許されない。絶対に。
しかし、結果は僅差とはいえ海常高校は誠凛高校に負けてしまった。

負けた悔しさに加え、見捨てられる恐怖に背筋が震えた。【キセキの世代】もたいしたことないなと、あの人の口から言われるのが怖かった。けれども、あの人はそんなこと一言も言わなかった。そんな素振りも見せなかった。
また背中を蹴り飛ばされて、ただリベンジって言葉を教えられた。
そこでやっと俺はこの人は【キセキの世代】の俺じゃなくても見てくれるんだなとほっとして、何だか泣きたくなったのを今でも鮮明に覚えている。






…それから早三年。
俺は高校最後の冬に念願の優勝旗を手に入れることが出来た。貴方に優勝旗を捧げることが出来た。
今度は自ら望んでなった【海常の黄瀬】として。小さくはない代償と引き換えに。

「ねぇ、センパイ。俺は別に後悔はしてないんス」

束の間感傷に浸っていた意識を切り替え、人気も少ない静かな図書館で右手に持っていたシャーペンを机の上に転がす。そっと机の下に手を下ろし、サポーターを着けた右足に触れる。
目の前の席できゅっきゅっと赤ペンを走らせる笠松を眺めながら黄瀬は淡々と言葉を紡ぐ。

「だって、俺はただ…自分が欲しかったものを手に入れる為に頑張っただけっスから」

そう、あの時と違って俺は望んで【海常の黄瀬】になった。その瞬間から俺の居場所は貴方の隣になった。貴方がいれば、俺は本当の黄瀬 涼太でいられる。貴方が俺をただの黄瀬 涼太にしてくれる。
だからこうして俺は貴方を追って同じ大学に進学することに決めた。

「なのに…今回は諦めるって言うのか?」

いつだって黄瀬自身を真っ直ぐに見ていてくれる眼差しが鋭さを帯びて、黄瀬を射抜くように見つめ返してくる。

「やだなぁ、そんな恐い顔しないで下さいっス」

ぐっと眉間に寄った皺に、思わず茶化すような言葉が口をついて出てしまう。
その瞬間さらに深くなった眉間の皺に黄瀬は反射で身構えていた。

「ウチのエースになるんだろ!」

「っ、そうっスけど…!もう正直に言って欲しいっス!」

ぺらりと採点が終わった答案用紙が目の前に突き返される。

「いいか?正直言って今のお前は、俺のC判定の時よりヤバイ」

「えっ…」

「ウチのエースの前に、お前がウチの大学に入れるかどうか怪しい」

「そんなっ!どうしてセンパイの大学にはスポーツ推薦がないんスか!」

あったとしても右足に爆弾を抱えた自分ではスカウトは来ないかもしれないが。

「ばか!図書館で騒ぐな!」

勢いで席を立ち、机越しに詰め寄れば、びしりと額にデコピンをされる。

「う〜っ…」

地味に痛くて、唸って両手で額を押さえれば、少しは悪かったと思ったのか伸びてきた手が頭をなでなでと撫でてきた。

「ほら、喚く暇があったら今の問題やり直せ」

「うっ、…はーい」

「つきっきりで俺が教えてやるんだから、絶対合格しろよ」

「…っス」

返された答案用紙に視線を落として、再びシャーペンを握る。

本当は俺、気付いてるんスよ。貴方が今俺に隠した本音。
例え俺が貴方のいる大学に合格したとしても、爆弾を抱えたこの足でバスケ部のエースになれるとは限らない。
それでも貴方が俺のことを信じて、俺をエースと呼んでくれるなら俺はまだ頑張れる。

「ねぇ、センパイ」

「ん?分からねぇ所でもあったか?」

「そうじゃなくて。もし…俺が落ちたら、センパイ責任とってくれるっスか」

大学に落ちても、エースになれなくても。貴方は俺の隣にいてくれますか?
それとも貴方はバスケの出来ない黄瀬 涼太は要らない?

唐突な質問にきょとんとした顔を見せた笠松は、その後黄瀬の背中を蹴り飛ばした時と同じように強い眼差しで黄瀬の心を浚っていく。

「俺の知る限り、お前は負けず嫌いで、困難な状況でも立ち向かってく強さを持ってる。俺はお前とまた同じコートに立ってる姿しか思い浮かばねぇよ」

でも、それでも万が一の時は。

「俺が責任とってやる 」

黄瀬 涼太という何も持たない人間でも丸ごと受け入れてやると、笠松はきっぱりと答えた。

「っ、…約束っスよ!絶対!」

「あぁ、良いぜ。でもお前はきっと、こんなところで躓いたりはしねぇよ」







果たして…笠松の言葉通り、努力を重ねた黄瀬は、日射しが強さを増し始めた頃にはまた笠松と同じコートに立って、エースとして活躍していた。



end

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