03


「野崎くん達も遊びに来たんスか?」

一通りの紹介を終えて、どちらとも共通の知り合いである黄瀬が代表して野崎に聞く。

「いや…俺は漫画のネタ集めに」

「漫画…?」

「えっ、何々?野崎さん、漫画描くの?どんなの?少年漫画?」

生真面目な顔で漫画のネタ集めと言われ、思ってもみなかった返事に黄瀬は驚く。その隣で、きらりと好奇心で瞳を光らせた高尾が人懐っこい笑顔で二人の会話に口を挟んだ。御子柴とは真逆で高尾は人見知りしないタチだ。

「堀、お前も…?」

こちらは皆バスケ部繋がりだが、笠松は堀達の繋がりがよく分からずに、今もマイペースにデジカメで写真を撮り続ける堀へと視線を投げた。

「俺は野崎に頼まれて写真を撮りに来ただけだ」

その横で野崎はまた淡々と高尾の質問に答えている。

「どんなって…少女漫画だ。今のところ月刊少女ロマンスで『恋しよっ!』 を連載している」

「っ!?まさか…!貴方は夢野咲子先生!」

野崎の言葉に今度は森山が声を上げ、野崎を凝視した後、尊敬するような眼差しで野崎を見た。

「センパイ、『恋しよっ!』って森山センパイが押し付けてきた雑誌の …」

「あぁ…漫画家だな」

「へぇー、すっげぇ、マジか!うちの妹ちゃんがコミック持ってるよ」

「くっ…、男とは思わなかったが……夢野先生にこんなところでお会いできるとは。これも何かの縁。是非、女の子にモテる為の秘訣を教えて下さい!」

「あのっ、野崎くんは確かに少女漫画家だけど…」

「こいつに妙な期待はしない方が良いぜ。漫画は漫画、本人は至って恋愛音痴だからな」

告白されてもスルーするような奴だと、千代に続き堀は付け加えて森山に言う。

「野崎の漫画って男子でも知ってるんだな」

森山の食い付き様に御子柴が若干引きながら言えば、話についていけてない宮地は何だそれ?と首を傾げる。そこへ珍しく野崎達の話に加わらなかった若松が恐る恐る宮地に声をかけてきた。

「あのー、秀徳の宮地さんですよね?」

「あ?もう卒業してんから秀徳じゃねぇけどな。何だ?」

「握手して貰っても良いですか?」

「は……?あぁ…まぁ、いいけどよ」

いきなり握手を求められて宮地は戸惑う。だが、若松があまりにも純粋なきらきらとした眼差しで見てくるので、それぐらいならと宮地は若松と握手を交わす。

「ありがとうございます!」

「お前もバスケ部だっけ?なら、俺より緑間とか黄瀬の奴の方が良いんじゃねぇの?」

妙に尻の座りが悪いような、奇妙な居心地の悪さに宮地は首裏に片手を回し、自分と同じ様に野崎達の会話についていけてない緑間へちらりと視線を送った。

「む…?何ですか宮地先輩」

「こいつがお前に…」

「いえ、俺から見たら宮地さんも十分凄いバスケットボールプレイヤーです!俺なんか瀬尾先輩…、女の先輩がいるんですけど今だ勝てなくて…」

最近じゃ勝つ自信も無くしそうでと、若松はトーンダウンしながら宮地から手を放す。

「は?女って、お前んとこ男女一緒にバスケしてんのか?」

「違います。主に瀬尾先輩が乱入してくるんです。しかも俺ばっかり狙われて…」

「はぁ?」

「乱入とはまた穏やかではないのだよ。その瀬尾先輩という人間にも問題はあるようだが。…それで勝てないとは言うが、お前は本当に人事を尽くしているのか?」

「ありゃ?なんか知らないうちに真ちゃんのこだわりスイッチが入っちゃった?」

人より広い視野を持っている高尾は隣の会話に苦笑を浮かべ、若松と緑間の会話を端に何故か実技でのバスケ講座が始まったのだった。





コートに立った緑間が若松に指導するという珍しい光景が目の前で繰り広げられている。それを側で高尾が面白そうに眺めてはちょっかいを出していた。

「高尾。暇ならこいつのディフェンスにつくのだよ。相手がいた方が練習にもなる」

「りょーかい。んじゃ、宜しく、若松くん」

「こちらこそ宜しくお願いします!」

礼儀正しく頭を下げた若松から少し離れたコートの上では、森山に誘われた千代と黄瀬に誘われた御子柴が、バスケというより、バスケ擬きを一緒にしている。

「へぇ、野崎くんもバスケ部だったんスねー。てか、御子柴さんも中々バスケ上手いじゃないっスか」

「そ、そうか?授業でしかやったことないけど。出来てるか…?」

「大丈夫っスよ。御子柴さん運動神経良いんスね」

黄瀬に褒められて御子柴は照れたように表情を崩し、黄瀬に奨められるがままにドリブルからシュートを放つ。
だが、ボールは惜しくもリングに弾かれた。

「あっ!」

「あー…、後ちょっと。惜しかったっスね」

弾かれたボールが千代の元に落ちてくる。二、三度地面で跳ねたボールを千代は慌てて両手で掴む。

「あ、千代ちゃん。ボール持ったまま三歩以上は歩いちゃ駄目だよ」

「えっ、あれ?私、今、三歩以上歩いてました?」

「うん。でも、千代ちゃん可愛いから許しちゃう」

「ありがとうございます…?」

千代は優しく森山に注意されるが、それでも試合擬きは続行されていく。

「ん…?悪い、鹿島から電話だ」

コートの外に残ってデジカメを弄っていた堀がポケットにしまっていた携帯電話の振動に気付き、同じくコートの外でコート内の様子を眺めていた二人に断りを入れ、少し離れてから携帯電話に出る。

「あいつら、女子にあのボールは重いだろ」

片手を振って堀に了解の返事をした笠松が呟けば、隣で休憩に入っていた宮地が緑間達の方を見て何だか感慨深げな声を出した。

「あの緑間の野郎がなぁ…。少しは先輩らしくなったじゃねぇか」

「宮地。それ本人達に言ってやれば?喜ぶんじゃねぇの?特に高尾とか」

「ばっ、誰が!言うわけねぇだろ!調子に乗るのが目に見えてんだよ」

「そうか?黄瀬の話聞いてると案外素直に喜ぶと思うけどな」

「何聞いてんだか知らねぇけど、お前んとこの黄色いのと一緒にすんな」

言葉と態度が裏腹な宮地に、笠松は素直じゃねぇなぁと苦笑を浮かべてそれ以上のことは口にはしない。
宮地が秀徳高校を卒業しても、こうして続いている後輩達との交流が何よりの答えだろう。緑間と高尾は宮地を先輩としてちゃんと尊敬しているし、口は悪いが宮地もそんな後輩二人をちゃんと大事に思っている。まぁ、宮地自身は自分の柄じゃないと思って隠しているようだが、親しい友人達にはバレバレだった。

「おい、笠松。何笑ってやがんだ。轢くぞ」

「はい、はい。物騒な奴だな」

ぎろりと双眸を鋭くさせた宮地に睨まれても、笠松は堪えずに軽く流して、電話を終えて側に戻ってきた堀に目を向けた。
その堀はちらりとコートの方を見て、微かに可哀想なものを見るような表情を浮かべた。

「若松の奴、嬉しそうだな…」

「どうした、堀?鹿島からだったんだろ?」

「何かあったのか?」

到底表情とは一致しない言葉をため息と共に吐き出した堀を笠松と宮地が不思議そうに見る。
堀は深いため息をもう一つ吐くと、先程から一言も喋らずにベンチに座ったまま、ネタ帳にネタや脳内で良いように変換した会話をメモするのに勤しんでいる野崎へと声をかけた。

「野崎」

「はい?何ですか?今、忙しいんで急用じゃなければ後でもいいですか?」

「鹿島と瀬尾がこっちに来るってよ」

「…………はっ?……瀬尾が!?」

ピタッとペンを止め、野崎が音を立ててベンチから立ち上がる。そのあまりの動揺っぷりに宮地と笠松は顔を見合わせる。

「瀬尾って…さっき若松が言ってた女のことか?」

「俺、その話聞いてなかったわ。そんなにアレなのか?」

問題有りなのかと、首を傾げた笠松の言葉に被さるように野崎の切羽詰まったような声が上がった。

「先輩!すぐ移動しましょう!ネタはもう充分集まりましたし!なによりも若松の精神面が心配です…!」

「野崎先輩?俺がどうかしたんですか?」

「野崎くん?どうしたの?」

野崎の過剰な反応と声の大きさにバスケをしていた面々の手も止まる。

「何だ?」

「さぁ?」

手を止めた緑間と高尾、自身の名前が聞こえた若松はコートから引き上げる。

「こっちも休憩にするか」

「そうっスね」

「野崎くん、どうしたんだろ?」

「何か堀先輩に食って掛かってんな」

森山と黄瀬、千代と御子柴も一旦コートから出た。

「諦めろ野崎。確かに若松は可哀想だが、多分逃げ切れない」

「どうしてですか?」

「もう近くまで来てるらしい。鹿島に確認したらスイーツバイキングしてたホテルがこの近くだったらしい」

えっ、と声を漏らした野崎の耳に、驚きながらも嬉しそうな千代と御子柴の声が飛び込んでくる。

「あれ?結月と鹿島くんだ!」

「おー、鹿島!偶然だな!」

千代と御子柴の手を振る先を見れば、インテリ系の男子学生っぽい格好をした鹿島とパンクっぽいギャル系の服を着た結月が仲良く並んで歩いてきていた。

「せ、瀬尾先輩…」

結月の姿を認めた若松が無意識に片手をお腹にあてる。

「笠松、可愛い子が来るぞ!隣の男はいらないが」

「森山うるせぇ。人の肩をバシバシ叩くな!」

「女の子好きな森山センパイもそうなっちゃうんスね。さすが鹿島さんと言うか…」

何だか意味深な黄瀬の台詞に引っ掛かりを覚えた高尾は鹿島と呼ばれた男の方をじっと見て、やがて納得したような表情で頷き、頭の後ろで両手を組んだ。

「なるほどねー。そういうことか」

「何がなるほど何だ、高尾?」

「うんにゃ、別に対した問題じゃねーよ。それより何かここ顔面偏差値高くなってね?」

黄瀬と森山、御子柴に、高尾は隣の緑間と宮地を見上げ、視線がぶつかった宮地に何言ってんだお前と不可解なものを見る眼差しで見返された。





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