02


天気は秋晴れ。
あちらこちらから賑やかな声が聞こえる。ジョギングコースや散策エリア、家族連れで遊べる遊具、スポーツエリアも併設された一公園としては大きな規模を誇る公園に野崎達は来ていた。

「で、何で俺まで?」

野崎と千代、御子柴に若松。この三人は昨日、野崎がスポーツの秋だなとネタ帳を開きながら呟いたのを知っている。そして、この場に来た理由も漫画のネタの為だなとしっかりと理解していた。
意味が分からなかったのは急遽呼び出された堀だけだった。

自分達とはあまり縁のない、スポーツエリアに足を踏み入れ、千代と御子柴は辺りをきょろきょろと見回す。

「あ、みこりん。あそこでサッカーやってるよ」

「お、本当だ」

「フットサルですね」

自らも運動部に所属して身体を動かしている若松が二人の側で説明をしている。
その様子を眺めながら疑問を口にした堀に野崎はしれっとした顔で返した。

「堀先輩が背景を描く時に背景の資料が必要じゃないですか」

堀は未だに野崎の原稿の手伝いをしていた。本当は演劇部の台本を書いてもらうのとギブアンドテイクの関係で野崎の原稿を手伝っていたので、自身の卒業と同時に手伝いを辞めることも出来た。
しかしそれはあまりにも可哀想かと堀は思ったのだ。もちろん野崎が可哀想だという意味ではない。堀が指す可哀想なのは、野崎の漫画を読む読者のことである。なにせ野崎は背景がまったく描けない。
これで堀が辞めてしまえば、途端に野崎の漫画は異空間に放り込まれることになるのだ。そんな諸々の理由から堀は未だに野崎の原稿の手伝いをしていた。
因みに御子柴は堀が高校を卒業してから、やっと背景担当が堀だったということを知った。

「背景なぁ…。お前、今度は何を描く気だ?体育祭は五月あたりに描いただろ?」

「秋なので食欲、読書、スポーツの秋で、スポーツ大会とかどうかと思いまして」

「あー…ネタがつきたのか。そういうことか。いい、分かった。俺はそのスポーツ大会とやらに使いそうな設備とかチェックしておけば良いんだな?」

「はい。よろしくお願いします」

心なしか弾んだ野崎の声に堀はまぁいいかと思考を切り換え、上着のポケットからデジカメを取り出す。その辺り堀は無意識だった。

「あれ?先輩。デジカメ持ち歩いてるんですか?」

「最近な。舞台背景に使えそうな景色とか見つけてたまに撮ってるんだよ」

そう言ってデジカメを操作する堀の手元を見ていた野崎はおや?と首を傾げた。
確かに風景や建物の画像もちらほら写っている。だが、そこにはそれだけではなく…

「先輩。なんか、鹿島がちらほら写ってるように見えるんですが」

上からデジカメを覗き込み、指摘してきた野崎に堀はそれがどうしたと不思議そうに顔を上げた。

「そりゃ一緒に出掛けることが多いからな」

写ってても不思議じゃないだろと堀は返す。

「…それもそうですかね」

言われて野崎はちょっと考えてから頷いた。知り合いと出掛けた先でデジカメを持っていたら確かに自分も写真を撮るだろう。うん、普通のことだ。
鹿島と堀のツーショット写真も普通のことだ。

「ねぇ、野崎くん。最初はどこ見に行くの?」

千代に呼ばれて野崎は堀から千代に顔を向ける。ネタ帳をぺらりと捲り、簡単に書き出してきた目当てのスポーツを口にした。

「そうだな、定番と言えばテニスか。その他にサッカーとバレー、バスケ。野球にソフト、卓球…」

「え?ちょっと待て野崎!お前、それ全部回るつもりか!?」

「ん?そうだが?何か問題でも?」

提案を遮られて野崎の視線がネタ帳から御子柴に向く。

「野崎先輩。俺もそれはちょっと」

「若松まで何だ」

「えっと、野崎くん。たぶん、そんなに回ってたら時間がなくなっちゃうと思うの。だからマミコと鈴木くんに合いそうなスポーツだけ見て回ればいいんじゃないかな?」

広大な敷地を歩き回るには時間がかかる。いくら野崎が全部を見て回りたいと言っても、ある程度取捨選択は必要だろう。

「その方が効率はいいな。なんなら二手に分かれても良いけど」

千代の言葉に同意を示した堀に野崎は何故かダメです!と強く切り返した。

「何がダメなんだ?」

四人の視線の先で野崎が訥々と理由を述べる。

「佐倉の言う通り種目は絞りましょう。けど、二手には分かれません。分かれたら片方だけ背景困るじゃないですか」

「お前は少しでも自分で描こうとは思わないのか?ったく、よくそれで漫画家になれたよな」

無意味に自信満々に告げる野崎に堀の口から呆れたような溜め息が落ちる。

「大丈夫ですよ、先輩。いざとなったら背景のいらない空中戦で…」

「何を戦わせる気だお前は。全然大丈夫じゃないだろそれ」

すっとぼけたことを言う野崎に思わず堀が突っ込みを入れ、千代達三人も堀と同じように思って呆れたような苦笑を浮かべて野崎と堀のやりとりを見ていた。









テニス、フットサル、野球にソフトボール、種目を絞って公園内を巡っていた野崎達は最後に3on3用のコートが三面設置されているバスケットボールエリアを訪れていた。

「うわ、何かここだけ人多くないか?」

「結構賑わってるみたいですね」

人見知りの気がある御子柴が人だかりに対して嫌そうな顔をしたのとは逆に、若松は自分の好きなバスケットボールが賑わっていることに対して嬉しそうな顔をして言った。

人だかりの間からはボールの弾む音と遊びにしては真剣な男の人の声がした。

「宮地先輩っ!」

遠目から見ても端正な顔立ちの茶髪の男-宮地-から、これまた顔の良い黒髪に緑色のカチューシャを頭に着けた男-高尾-に鋭いパスが通る。
それを意思の強そうな薄墨色の双眸を持つ黒髪の男-笠松-が、高尾の一瞬の隙を付いてボールを奪い返す。

「あっ!」

「黄瀬!」

「はいっス!」

すぐさまボールはもう一人に投げ渡され、きらきらとした鮮やかな金髪がコートに靡く。だが、その行く手を遮るように宮地が正面に立ちはだかった。

「させるかっ!」

シュートに持ち込めないと踏んだ金髪の男-黄瀬-はドリブルに持ち込むとフェイクを交えて宮地をかわし、外にパスを出す。

「っ、森山センパイ!」

そこには名前を呼ばれた、涼やかな面立ちに黒髪の男-森山-と、眼鏡をかけた緑色の髪の男-緑間-がいた。

「はい、はいっと…!」

「させないのだよ!」

森山は緑間のディフェンスに苦戦しながらも何とか自分の得意な体勢を作ると、ディフェンスしにくい独特のフォームでボールを宙に押し出しす。
するとボールはふらふらと妙な軌道を描きながらもざっとリングをくぐり抜けた。

「っし!」

「ナイッシュ、森山センパイ!」

「ナイス、森山!相変わらずきたねぇシュートだな」

やった!と三人はコートの中でハイタッチを交わす。

「ほんともったいねぇっスよ、森山センパイ。何で大学でバスケしないんスか」

「そう言ってくれるのは嬉しいけどな、バスケはもう笠松に任せてあるから。俺はフットサルで可愛い彼女を捕まえるんだ!」

「それはバスケだろうがフットサルだろうが、お前の場合変わらねぇ気がするけどな」

「何だと、笠松!?」

盛り上がる三人とは逆に、こちらはドンマイと声を掛け合う。

「くそっ、…すまん」

「いえ、宮地先輩のせいじゃないっすよ。ね、真ちゃん?」

「あぁ、もとはといえばお前が笠松さんにボールをとられたからだ」

「ちょっ、俺!?酷くね、真ちゃん!」

「酷くなどないのだよ。俺は事実を言ったまでだ」

「あぁ…そういやそうだったな。なに、元凶がけろりとしてやがる。轢いてもイイよな?」

「ちょ、宮地先輩まで!怖いっすよ!」

それから攻守が交代し、高尾から宮地、宮地から高尾に一度パスが戻されて、緑間へと回る。

「外すなよ、真ちゃん!」

「−−誰にものを言っている」

「くっ…」

ディフェンスで伸ばされた森山の指先にボールは触れることなく、緑間の手からボールが放たれる。森山の3Pシュートとは違い、弾道高く綺麗な弧を描いたボールはリングをくぐって地面に落ちた。

「ナイッシュー、真ちゃん!」

「ふん…」

「少しは喜んだらどうなんだ?」

「いえいえ、宮地さん。これでも真ちゃんは喜んでるんすよ」

「なっ、高尾!適当なことを言うな!」

リングの近くにいた黄瀬が弾むボールを拾い、笠松と森山の側に戻ってくる。

「ドンマイ、森山」

「おー。すまん」

「緑間っちと高尾くんのコンビも磨きがかかってるっスねー。今のノールックパスだったっスよ」

「なら、こっちもやり返してやれば?」

森山にそう言われて笠松と黄瀬は互いに顔を見合わせる。

「そうだな。…そうするか、黄瀬?」

にやりと笑った笠松に呼応するように黄瀬もにやりと笑い返した。





バスケをしている人達の容姿が整っているのももちろんあるのだろうが、素人目に見てもその攻防があまりにも凄くて得点が入るごとにギャラリーから歓声が上がっていた。
それをまた全く気にせずバスケをしている姿も格好良かった。が…、野崎は周りがうるさくないんだろうか?とふと疑問に思って一人首を傾げた。

「え!?あれって、海常と秀徳の人達じゃないですか!うわー!」

すると同じ方向を見ていた若松が急に瞳を輝かせて、興奮したように声を上げた。

「え、お前…あの人らのこと知ってるのか?」

「一方的にですけど、昨日話してたバスケの…」

きらきらと視界の先で靡く金髪の持ち主のことは御子柴も知っているが、他の面子は知らなかった。千代に至っては人だかりのせいで、コートの中が見えないでいる。
ぴょんぴょんと跳び跳ねる千代の後ろ姿に野崎はここにウサギがいると、ドット柄の赤いリボンで括られた髪がぴょこぴょこと一緒に跳ねるのを微笑ましく眺めてから、いつぞやの日と同じ行動に出た。

「佐倉、ちょっと大人しくしててくれ」

「え?なに?野崎く…ん?」

振り向こうとした千代の両脇に両手を差し込み、野崎は千代の身体をふわりと持ち上げる。

「うわわっ!?ちょっ、野崎くん!?」

「どうだ?見えるか?」

マイペースな野崎に千代は顔を赤くして慌て、若松は御子柴にコート上にいる六人が高校バスケ界での有名人だと説明している。堀はとりあえず、その様子をデジカメに納めておく。
ピピッと鳴った電子音にデジカメの画面を確認し、堀は四人を置いて、目的を達成する為に人だかりを縫ってコートの近くまで進み出た。

「あっ、ずりぃぞ黄瀬!今の笠松さんのターンアラウンドだろ!」

「へへっ、良いっしょ。俺、今なら何でも出来る気がするっス!」

「森山さんはあれで何でシュートが入るのか不思議でならないのだよ」

「こら、それはどういう意味だ緑間。俺のこと貶してんのか?」

「っし!これでうちの勝ちだな、宮地。ジュース奢れよ、三人分」

「ちっ、しょうがねぇ。負けは負けだ。奢ってやるから何がいいか言え」

烏龍茶にアクエリ、ミネラルウォーターと…三人分のリクエストを聞き、宮地が高尾と緑間を連れてコートから出て行く。残った三人もコートから外に出て、休憩に入る。
途端にギャラリーの一部から黄瀬に声がかかった。発信源は主にきゃーきゃーと甲高い女の子達の声だった。
キセリョと愛称で呼ばれ、振り返った黄瀬はにこりと笑ってひらひらと手を振る。完璧な営業用の笑顔で、決して自らファンに近付くことはない。

「くっ…デルモめ」

それを恨めしそうにするのが森山のいつものパターンだ。笠松は高校を卒業してからも変わらない二人の行動に苦笑を浮かべ、散り始めたギャラリーに目を向ける。そしてその中に友人がいることに気が付いた。

「あれ?堀じゃねぇか?」

デジカメ片手にコートやリングを写真に納めていた堀は笠松の声にそちらを向き、ひらりと左手を振る。

「おー、笠松。久しぶりでもないな」

学部は違うが同じ大学で、自分になついている後輩達が仲良くなったせいか、なんだかんだ笠松と堀は顔を合わせる機会が多かった。その内の後輩の一人、ファンサービスを終えた黄瀬が笠松と会話をする堀に気付いて話に加わる。

「ちわっス、堀さん。今日は鹿島さんは一緒じゃないんスか?」

「鹿島は友達とスイーツバイキング。今日はコイツらと…」

堀が背後を振り返り、散って行くギャラリーとは逆に近付いてきた四人を顎で示す。

「あ、野崎くん!それに御子柴さんに千代ちゃん!ん…と、彼は初めましてっスよね?」

黄瀬はつい最近見知った顔に笑顔を浮かべ、唯一初対面の若松に首を傾げた。

「あー、野崎くんってお前が言ってた奴らか。背たけぇな」

黄瀬の口から出た名前に笠松は相手の顔と名前を一致させる。

「あのっ、初めまして!俺、若松 博隆って言います。海常の笠松さんと黄瀬さん、森山さんですよね?今年のインハイは見に行けなかったんですけど、去年のインハイとウインターカップ観ました!」

「お、おぉ…さんきゅ」

「若松さんもバスケするんスか?」

きらきらと瞳を輝かせて憧れの人を見るような眼差しと勢いに笠松は一瞬虚を突かれ、黄瀬は笠松のみならず森山のことも【海常の】と言った若松にバスケ好きなのかな?と思ってそう聞き返せば、若松は体育会系よろしくはきはきとした声で答えた。

「はい!一応バスケ部です」

そのすぐ横では目敏く女子を見つけた森山がその子に声をかけている。

「可愛い子がいるじゃないか!ねぇ、君この後暇?俺とお茶でも…」

「えっ、えっと…」

きりりと整った顔で森山に声をかけられた千代は、普段男の人から可愛いと言われ慣れていないせいで顔を赤く染めてわたわたと慌てた。
こういう場合どうすれば、と断りの文句を考えていれば千代の背後からネタ帳を片手に広げ持ち、ペンを手にした野崎が二人の間に割って入った。

「それはナンパですか?」

「野崎くん」

その声にほっとしたように表情を崩した千代と野崎を交互に見て、森山は逆に落ち込んだように肩を落とした。

「なんだ、彼氏付きか…」

俺の運命の相手はどこにいるんだと嘆く森山をよそに千代は野崎を指して彼氏と言われたことに別の意味で慌てた。

「の、の、野崎くんが彼氏って!?きゃー、そんな、そうなれれば嬉しいけどっ!違うの…まだ…!」

「あれ?ナンパは?」

しないんですか?と野崎は若干がっかりした様子でペンを下ろした。

「なんだ、これ…」

一連の様子を、人見知りの気がある御子柴は心持ち離れた場から眺めて呟く。
完全に離れてしまわないのは御子柴が御子柴たる所以だ。一人、仲間外れは寂しい。けれども、自ら突っ込んでいくにはちょっとだけ勇気が足りない。
尻込みする御子柴を知ってか知らずかその中から御子柴を呼ぶ声が聞こえた。

「御子柴さん?どうかしたっスか?」

「みこりん?」

黄瀬と千代が話に加わってこない御子柴を心配そうに見る。必然的に皆の視線が御子柴に集まった。

「あー、黄瀬の言ってた…。確かに、イケメンだな。俺の黄瀬の方が格好良いけど」

「俺のって…〜っ、間違ってないっスけど…センパイ、いきなりはやめて!心臓に悪いっス…!」

「そうだぞ、笠松。どさくさに紛れて何言ってんだ。イケメン滅びろ、リア充爆発しろ」

「まっ、うちの鹿島には負けるけどな」

「堀先輩、相変わらず鹿島の顔好きですね」

「野崎くん、堀先輩は鹿島くんの顔″も″好きなんだよ」

「御子柴先輩は格好良いですよね!」

「………」

なんだか益々近寄りがたくなった。
御子柴の心情を察してくれる者はいなかった。けれどもそんな妙な場の空気を壊してくれる人はいた。

「あ?なんか人数増えてんじゃねぇか」

「しかも何かきらきらしてて目がいてぇ奴もいるっすねー」

「黄瀬並みなのだよ」

ほいっと買い物から戻ってきた高尾から黄瀬はミネラルウォーターを受け取り、森山は緑間から烏龍茶、笠松は宮地からスポーツドリンクを受け取った。

「で、何だコイツら?」

「コイツらって…俺のダチの堀と黄瀬の知り合い」

笠松から目線を受けて、黄瀬が一人一人紹介する。その後続けて黄瀬は笠松達を野崎達に紹介した。





***








[ 22 ]

[*prev] [next#]
[top]



- ナノ -