現実は予測不能(CP混在)


部活がない日の放課後、若松 博隆は自分が尊敬する中学時代からの先輩の家へと消ゴムかけとトーン貼りの手伝いに来ていた。その場には当然家主の先輩、野崎がいて、これまた自然にベタ塗り担当の千代と小物や花・効果担当の御子柴が最近あった出来事を話しながら各自割り振られた作業を進めていた。
その話の中で出てきた名前に、トーンカッターを握った手を止めて若松が興奮した様に声を上げた。

「えっ!?先輩達、黄瀬さんに会ったんですか!?」

「え…?あぁ、まぁ…な」

漫画の原稿からがばりと勢いよく顔を上げ、話に食いついてきた若松に気圧されて御子柴は上擦った戸惑った声で頷き返す。
千代も若松のきらきらとした羨望の眼差しと、良いなぁと溢れ落ちた呟きを拾って作業する手を止めた。

「若松くんも黄瀬くんのこと知ってるの?」

「はいっ!もちろんです!」

黄瀬さんは凄いんですよ、と若松は憧れの人を語る様に口を開いた。

中学、高校とバスケをしていて知らない人はいないだろう。
帝光中学バスケットボール部キセキの世代。
PG赤司征十郎、PF青峰 大輝、SF黄瀬 涼太、SG緑間 真太郎、C紫原 敦。
特に若松はそのキセキの世代と同年代だから、余計に憧れがある。それは逆にあの理不尽ともいえる圧倒的な力の差を身をもって感じた事がないからこそ、憧れていられるのかも知れないが。

「俺、去年のインターハイとウインターカップ観に行ったんですよ」

「ウインターカップ?って、何だ?」

「あ、えっと、冬に開かれるバスケの大会のことです。夏のインターハイ、冬のウインターカップって言って高校バスケの中で二大大会の一つです」

首を傾げた御子柴と千代に若松は分かりやすく説明を付け足す。

「それで、そのインターハイで黄瀬さんのいる海常高校とキセキの世代エース青峰さんがいる桐皇高校との試合観て、俺、感動したんです」

試合は技の応酬でもちろん凄かったんですけど、海常が僅差で負けちゃって、でもその後の海常高校の姿がめちゃくちゃ格好良くて。海常が好きになりました!

「笠松さん、海常のキャプテンさんなんですけど、その人も凄くて。コートの上で立てなくなるほど頑張った黄瀬さんに手を差し出して引っ張り上げて、『借りは冬返せ』って。負けて俯く部員達にも、『皆全てを出しきった、全国ベストエイトだろう!胸張って帰るぞ!』って、毅然とした態度で皆を鼓舞して退場していったんですよ」

その凛とした背中がとっても格好良かったんです!
ウインターカップではまた黄瀬さんのプレイが凄くて、準々決勝と準決勝、観に行っちゃいました。
他にも秀徳の緑間さんとか陽泉の紫原さん、キセキの世代じゃないんですけど高尾さんとか氷室さん、火神さんに…。

生き生きとした表情でバスケについて語る若松の新しい一面に、御子柴は新鮮さと自分には持ち得ないスポーツ少年特有の青春さと爽やかさを感じとり相槌を打つ。

「で、海常高校はそのウインターカップ?優勝したのか?」

「いえ、海常高校はベスト4でした」

黄瀬さんの足の負傷、交代。残り五分の攻防と…。三位決定戦。
大まかな話を聞いた御子柴と千代はちょっと想像が付かないなと、先日初めて会ったモデルの黄瀬 涼太の姿を脳裏に思い浮かべた。
シャラシャラと輝いていた黄瀬は爽やかで、それこそ本物の王子様みたいな人だった。

「ん?そういやお前一人で観に行ったのか?それとも野崎とか…」

「いえ、従兄弟に誘われて」

「若松くん。従兄弟いるの?」

「はい。俺より一つ年上で、今は桐皇高校でバスケ部の主将してます。インターハイは従兄弟の応援に行ったんです」

そこで何故対戦校を褒めちぎったり、その後応援に行くのかとは…若松のどこかほわわんとしたのんびり気質と穏やかな性格がなせるわざだろう。若松は例え対戦校相手でも凄いと思ったことは素直に認め、称賛できる人間だ。

「ウインターカップは途中から従兄弟と一緒に観ましたけど」

「その従兄弟さんも大会に出てたんじゃないの?」

従兄弟のインターハイの応援に行ったのなら、ウインターカップもだろうと千代は若松の言葉に引っ掛かりを覚えて聞き返す。すると若松は苦笑を浮かべて言った。

「残念ながら桐皇はウインターカップ初戦で負けちゃいまして」

その試合も接戦で凄かったですよ、と若松は続けて言った。

「はー…、何かお前がこんなとこで野崎の手伝いしてるのが不思議だわ」

「え?何でですか?」

「いや、だって、お前の話聞いてる限り普通にスポーツ少年なんだなぁって思って」

「確かにちょっとみこりんの言うことも分かるかも」

「えぇっ、佐倉先輩まで!?何でですか!」

そしてその三人の会話を、一人勉強机に座り、黙って聞いていた野崎は鰯雲の広がる窓の外を眺めてポツリと言葉を落とした。

「ふむ。スポーツの秋か…」

机上には書きかけの漫画の原稿とネタ帳が置かれていた。



***



すっかり陽も暮れ、一人暮らしをしている1LDKのアパートへと講義と部活でヘトヘトになった身体を引き摺って帰ってきた笠松は、玄関扉を開けるなり明かりのついているリビングに気付いて自然と頬を緩ませる。
心なし軽くなった心に、靴を脱ぎながら室内へと声をかけた。

「ただいまー」

「お帰りなさいっス」

すると思っていた通りの相手がひょっこりとリビングから顔を出し、にこりと笑って応えた。
その姿は見慣れた海常のジャージ姿で笠松はおや?と首を傾げる。

「お前そのまま来たのか?」

部活が終わって制服に着替えなかったのかと聞いた笠松に、黄瀬は荷物を部屋に置きに行った笠松の背中に向かって答える。

「今日は監督が急に用事が入ったとかで、ミーティングだけだったんス。だからジャージも汚れてないし、そのまんまでもいいかなって。それに着替える時間も惜しかったんでそのまま来ちゃったっス」

その声を聞きながら荷物を置いて、ラフな服装に着替えた笠松は一旦洗面所に寄って、手洗いうがいを済ませてから黄瀬のいるリビングに足を踏み入れた。
途端にふわりと香った匂いに食欲を刺激され、お腹がぐぅと小さく鳴る。
ちらりとソファを見れば、これまた見慣れた青と白のエナメルのカバンが置かれており、その中にきっと着替え一式が入っているのだろう。
その他細々とした黄瀬のお泊まり道具は当たり前の様に笠松の部屋に常備されている。
まぁ、それもこれも変なとこで遠慮する黄瀬に笠松が推奨したからでもあるのだが。

「ちょうどご飯が出来たとこなんでセンパイは座ってて下さいっス」

キッチンに引っ込んだ黄瀬がリビングに姿を見せた笠松ににこにこと上機嫌に笑って席を勧めてくる。

「おぅ、悪いな。お前も疲れてんのに」

そして、間を開けずにイスに座った笠松の前に黄瀬がご飯を運んでくる。

「今日は簡単にカレーっス。今、サラダも冷蔵庫から持ってくるんで、ドレッシングとマヨネーズどっちが良いっスか?」

「ドレッシング」

「じゃ、ちょっと待って下さいっス。あ、先に食べてて良いっスよ」

サラダとドレッシングを取りに行った黄瀬の背中を見送り、笠松はスプーンを手に取る。けれどもカレーには手を付けずに笠松は黄瀬が戻ってくるのを待った。

サラダとドレッシング、黄瀬の分のカレーとサラダ。
笠松の正面のイスを引いて黄瀬が座ってから笠松はようやくスプーンを動かす。

「いただきます」

「いただきます。…って、もう、センパイ。先に食べてて良いって言ったのに。冷めちゃうっスよ」

カレーをスプーンで掬った黄瀬が笠松を見て唇を尖らせる。だが、笠松は動じずにそんな仕草も可愛いなという感想を抱いてけろりと言い返す。

「ちょっと待つぐらい問題ねぇよ。それにせっかくお前がいるのに一人で食べてどうすんだ。一緒に食べたいだろ」

「…っそうっスか」

あー、おいしいとガツガツとカレーを食べる笠松に黄瀬はもくもくとカレーを食べることに専念する。
二人とも一緒に食事を食べる時はあまりテレビをつけないことにしていた。高校の時とは違い、一緒にいる時間が減ってしまった分会話する時間を二人ともが大切にしたいと思っていた。また、会話が無くてもその温かな沈黙は心地が良かった。

「あ、そだ。黄瀬」

「はい?あっ、おかわりっスか?」

「それもあるけど、…この間お前が無くしたって言ってたヘアピン、うちの洗面所に落ちてたぞ。拾って洗面所のタオルのとこに置いてある」

「まじっスか。あざーっす。じゃぁ、この前泊まった時に落としたんスかね」

イスから立ち上がって笠松から皿を受け取り、黄瀬はおかわりを盛り付けにキッチンに入る。
その様子をサラダをつつきながら眺め、笠松はこの前の事を思い出して罰の悪そうな顔をした。

「うっかり目覚まし止めちまって慌ててたからなぁ。お前、あの日、朝練間に合ったのか?」

「何とかギリギリで。朝からあんなに走ったの初めてっスよ。もう心臓に悪いんで俺の目覚ましまで止めるのは止めて欲しいっス」

おかわりを盛ったカレー皿をコトリと笠松の前に置いて、黄瀬は自分も少しだけおかわりしようかなと皿を手に取る。

「あれは俺も反省してる。悪かった黄瀬」

多分俺も寝惚けてたんだ。
すやすやと気持ち良さそうに寝ている黄瀬の顔を見て、起こすのも可哀想かなと。黄瀬が泊まりに来ているから明日は休みだな、と寝惚けた頭が勝手に判断して鳴り出した目覚ましを止めていた。

大抵黄瀬が泊まりに来るのは土曜日で、日曜日は予定がなければ笠松と一緒にだらだら過ごす。そして夕飯を一緒に食べてから黄瀬は日曜の夜に家に帰っていく。ただあの日は、希にある二泊の日で月曜日の朝に黄瀬は笠松の所から海常高校に登校する予定だった。
それを笠松は月曜の朝を日曜の朝と勘違いして、危うく黄瀬を遅刻させるところだった。

自分の分のおかわりを盛って戻って来た黄瀬がイスに座り、サラダ皿を空にしておかわりのカレーを口に運び始めた笠松に向かって、もう気にしてないっスけどと苦笑しながら付け足した。

むしろ笠松が寝惚けていたのだとしても、自分と一緒に過ごすことが当たり前だと思っていてくれることが黄瀬には嬉しかった。
笠松から家に入り浸る許可を貰ってはいても、現実、笠松の大学生活にまでは高校生である黄瀬は入り込めない。だからそんな些細なことでも嬉しく感じる。

「あー、で、話変わるけど、明日何時だっけ?いつもの所でストバスすんだろ?」

おかわりもぺろりと平らげた笠松が切りよく次の話題を振ってくる。
黄瀬はおかわりしたカレーをスプーンで掬いながら一つ頷く。

「そっス。高尾くんが是非笠松センパイも連れて来て欲しいって言ってたっスよ。時間的には午後からだからお昼食べてから行けばちょうど良いんじゃないっスかね?」

「じゃぁ午前中は家でだらだらするか」

「っス。…そう言えば、センパイ。俺、センパイが探してたCD実家で見つけたんで今日持って来たんスよ」

「え、マジか?あったのか?」

「はい。仕事のついでに実家寄った時に探してきたっス。後で渡すっス」

「おー、さんきゅ」

ごちそうさまでした、と黄瀬が食べ終えたのを見計らって笠松が空になった皿を手にイスから立ち上がる。

「センパイ、片付けなら俺が…」

「いや、お前には作ってもらったし、片付けは俺がする。その間にお前は風呂入って来いよ。まだ入ってねぇんだろ?」

さっさと笠松に皿を運ばれてしまい、黄瀬はイスから腰を浮かした中途半端な体勢で笠松の背中を見送ることになった。

「追い焚きして、ゆっくり浸かって来いよ」

エプロンの紐を腰の後ろで結びながら振り向いた笠松に、黄瀬はじゃぁと遠慮がちに「お言葉に甘えてそうさせてもらうっス」とソファの上に置いていたカバンの中から着替えを取り出して、バスルームへと向かった。




ほかほかと温まった身体でリビングに顔を出せば、笠松はテーブルの上に授業で使っているのだろうノートやテキスト、電子辞書を広げて、ソファの下のラグに座っていた。

「お風呂、ありがとうございます。上がったっス」

「おぅ。んじゃ、ここ座って待ってろ」

黄瀬の声に振り返った笠松がぽんぽんとソファを叩いて黄瀬を呼ぶ。
それも黄瀬が泊まりに来るようになってからの習慣になりつつあるので、黄瀬は疑問も持たずに素直に指定された笠松が寄り掛かっていたソファに座る。
するとドライヤーで乾かしたばかりの頭を、立ち上がった笠松にくしゃりと優しく撫でられる。
ソファに座ったことで近くなった目線に、ゆるりと甘く細められた薄墨色の双眸、柔らかく崩された表情が離れていく。

(…っ、センパイ、それは反則っス)

じわりと熱くなった頬とふにゃりと崩れた笑みは、背を向けた笠松には見えない。
それを良いことに、黄瀬は嬉しさを隠さずに笠松が撫でた頭に自分の手を重ね、ぽつりと溢した。

「こーゆうの普通にしちゃうセンパイはズルいっス…」

席を立った笠松は程なくして湯気のくゆるイエローとブルーの二つのマグカップを持ってソファに戻ってきた。
その内イエローのマグカップを渡され、中を覗けばホットミルクが入っていた。

「熱いから気を付けろよ」

そう言って笠松もブルーのマグカップを片手に黄瀬の隣に腰を下ろす。
ふぅふぅと息を吹き掛け、気を付けろと言った本人が横であちっと声を上げた。

「何やってんスか、センパイ。俺には気を付けろって言ったくせに」

「思ったより熱かったんだよ」

温めすぎたかとテーブルの上にマグカップを置いて、少し冷ますことにしたようだ。
そして、マグカップから離した手で笠松はテーブルの上に広げていたキャンパスノートやレポート用紙の下から何やら雑誌を引き出した。

きらきらとした可愛らしい少女と爽やかな少年が描かれた表紙の少女漫画雑誌。月刊少女ロマンス最新号。

「あ、それ…また森山センパイっスか?」

「そ。アイツ一度はまると暫く続くんだよなー」

やるよ、と再び雑誌を差し出されて黄瀬は苦笑しながらマグカップをテーブルの上に置くと雑誌を受け取った。
前回笠松が森山から押し付けられた雑誌は黄瀬が実家へと持って帰った。上の姉二人と少女漫画が好きな母親あたりが読んでどうにかするだろう、と。
受け取った雑誌をパラパラと捲り、そこに描かれた様々な恋愛模様に黄瀬はふっと瞳を細める。

「森山センパイはこの漫画読む前に相手の子を恋に落とさなきゃダメなんじゃないっスか?」

「ん?どういう意味だ?」

「こういう少女漫画は大抵幼馴染みとか、初恋の子、片想いから始まったりするんスよ。そこから話が動き出して、都合よく話が展開したりしなかったり。まれに運命的な出会いとかもあるっスけど」

へぇ…と首を傾げながら相槌を打つ笠松に黄瀬はだからと続けて、ページを捲っていた手を止める。

「スタート地点が違うんスよ。参考程度にはなるかも知れないっスけど。女の子がときめくポイントとか」

「例えば?」

「う〜ん、普通に使えるのは…お姫様抱っことか?ちょっと体調崩しちゃった子をお姫様抱っこで保健室に運んであげるとか」

帰り道はさりげなく道路側を歩いてあげるとか、荷物を持ってあげるとか。

「最近じゃ壁ドンとか良いらしいっスよ」

「ふぅん…お前は?そういうのやって欲しいとか思ったりするのか?」

「俺っスか?う〜ん、俺だったらそんな回りくどいことしないでストレートに想いを伝えて欲しいっスね。確かに好きな人の行動で一喜一憂するのも良いっスけど、両想いになってからの方がもっと嬉しいじゃないっスか。あ、でも、最近気付いたんスけど、俺、頭をぽんぽんとかされたり撫でられたりするのは結構好きっス!」

「そうか。…そういうもんか」

「そういうもんっス」

本当、少女漫画みたいに現実も都合よく片想いの相手も自分が好きだった、なんて展開が待ち受けているなら、自分はとっくに笠松に告白をしている。

「まぁでも、漫画と現実は違うんスよー」

雑誌を閉じてテーブルの上に戻しながら黄瀬は自分が爆弾発言したことに気付かない。気付かずにため息を落として話を畳んだ。

誰が190cm近くある男の頭を気軽にぽんぽんと叩いたり、撫でたりするというのか。
イエローのマグカップを手に取り、飲みごろになったホットミルクに口を付ける黄瀬を笠松は何事か考えるように見つめ、やがてふっと柔らかい笑みを溢した。
その視線に気付いた黄瀬が笠松を見て首を傾げる。

「センパイ…?」

きょとりと瞼を瞬かせた黄瀬に笠松は右手を伸ばし、黄瀬自らが結構好きだと言った、頭へポンと右手を乗せる。そして優しくくしゃくしゃと黄色い頭を撫でながら笠松は穏やかな声音で言った。

「俺も、好きだぜ」

見つめた先で驚いたように琥珀色の瞳が見開かれる。

「え…?えっ…と、それって、どーいう…あっ、え、俺の頭を撫でるのが…っス、よ…ね?」

じわりと薄く赤く染まっていく頬に、おろおろと視線をさ迷わせた黄瀬に笠松は笑みを深める。するりと黄瀬の頭を撫でていた手を黄瀬の首裏まで落とすと黄瀬を自分の方へと引き寄せた。
そして赤く染まった耳の中へ吐息を吹き込むように笠松は秘めていた想いを告げた。

「それもだけど…それも含めて、お前のことが好きだ」

ひっそりと内緒話をするように耳元で吹き込まれた言葉に一瞬で頭の中が真っ白になる。

「へっ?えっ、え…!?そ、それって、……」

告白なんて女子から頻繁にされて慣れているはずなのに、黄瀬は動揺して声を上擦らせた。

そんな、まさか…。

期待にどくどくと鼓動は速まり、急に呼吸が苦しくなる。笠松の右手が触れているうなじが熱を持ったように熱くて、顔は絶対に真っ赤になっている。
ゆらりと危なく揺れたマグカップを笠松に取り上げられてテーブルの上に戻される。

「もちろん、お前と付き合いたいの好きだ」

「−−っ」

今度は真っ直ぐに視線を合わせられて告げられる。

ほんのちょっと前まで、そんな漫画みたいな都合の良い展開は有り得ないと思っていたのに。これは何だ?
向けられた眼差しの熱さに心が震える。

うれしい。嬉しい。

お前は?と真剣な瞳で促され、黄瀬は溢れてくる感情のままに唇を開いた。

「俺も…好きっス。笠松センパイが好きです。ずっと…好きだったんス。……夢じゃないっスよね、これ…?」

「夢じゃねぇよ」

夢なんかにさせねぇよと、力強く言い返され笠松の双眸が甘く緩む。
ポンポンと後頭部を緩く叩かれ、黄瀬は赤い顔を隠すように笠松に抱きついた。
笠松の肩口に顔を埋め、黄瀬はじゃれる様に頭をぐりぐりと押し付ける。

「こら、黄瀬。擽ってぇよ」

文句を口にしながらも頭を撫でる手は優しく、空いた逆の手が背中に回される。

「だって、センパイが」

「俺が?」

「俺のこと好きだって」

嬉しくてと緩んだ笑みを浮かべ、笠松が許す限り黄瀬はぎゅうぎゅうと抱きついて甘えた。

「ばーか。今からこんなんでどうすんだ。これから先何度だって言うぞ」

「うっ、嬉しいっすけど俺の心臓が持ちそうにないっス」

「お前、顔真っ赤だもんな」

「意地悪…っ。何でセンパイは平然としてられるんスか」

「そう見えるだけで俺だっていっぱいいっぱいだぞ」

ほらと背中に回されていた腕が緩み 、肩口になついていた顔を上げさせられる。

「ちょっと力緩めろ」

言われて黄瀬も笠松の背中に回していた腕の力を抜く。すると笠松の胸元に抱き込まれる様に抱き締め直され、胸に押し当てた耳からとくとくと…早めのリズムを刻む鼓動が伝わってきた。

「あ…」

「な?一緒だろ」

笠松の胸元から顔を上げれば、笠松は照れたようにちょっとだけ顔を赤くして黄瀬に笑いかけてくる。

それは初めて見る笠松の表情。
とくり…とまた一つ胸が疼いた。

「慣れてねぇんだ、こういうの。俺はお前が初めてだからな」

笠松の恋人になるということは、こういう笠松の特別な顔を見れるのも自分だけということだ。それは何て甘美なことだろう。
黄瀬、と酷く優しい声音で名前を呼ばれて、ゆるゆると薄墨色の眼差しが甘く細められる。

「俺だって…初めてっスよ。好きな人と付き合うの」

本当に嬉しいと、じわじわと沸いてきた実感に黄瀬はふにゃりと笑み崩れた。








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