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「それから皆でプリクラ撮って、他にもクレーンゲームとかガンシューティングとか…色々遊んで、ファミレスに行ったんス。そしたら野崎くんが…あ、野崎さんじゃなくて野崎くんって呼んでくれって言われたんス。で、その野崎くんが…」

ソファには座らず、ソファの下に敷いてあるラグに腰を落ち着けソファを背凭れにして昨日の出来事を報告するようにぺらぺらと喋っていた黄瀬へとレモンイエローのマグカップが、ほらと差し出される。

「あーぁ、センパイも一緒に遊べれば良かったのに…」

お礼を言いながら受け取り、ちょっぴり不満そうに黄瀬が溢せば、青いマグカップを片手に持ってソファに座った笠松が苦笑を浮かべた。

「しょうがねぇだろ。昨日は遠征試合だったんだ」

「それだって、もっと早く教えてくれれば見に行ったのに…」

「ばか、お前が来たら騒ぎになるだろ。それに鹿島との約束の方が先だろ」

「そうっスけど」

笠松は未だに鹿島の性別を勘違いしている。だが黄瀬はあえてその事には触れないでいた。
鹿島と堀、黄瀬と笠松、この四人で顔を合わせる機会は中々無いように見えて結構あるし、偶然って凄い。この四人でいる時の空気は気楽で心地好いし、鹿島と黄瀬は現在『先輩達を魔の手(女子)から守ろう!』という後輩同盟を組んでいる同志だ。

マグカップに口を付けて黙りこんでしまった黄瀬の頭にぽんと軽く笠松の手が乗せられる。そして、ゆっくり髪を掻き混ぜるようにくしゃくしゃと頭を撫でられる。

「で、楽しかったんだろ?」

「っス」

「なら、良かったじゃねぇか」

笠松がいないことに拗ねた顔を見せる幼い黄瀬の横顔に笠松は小さく口許を緩め、それでも楽しかったと表情を崩した黄瀬に笠松は瞳を細める。
青いマグカップを傾け、喉を潤すと笠松は黄瀬の頭をポンポンと叩いてその手を離した。
離れていく手を名残惜しそうに追って、笠松を振り仰いだ黄瀬と笠松の視線が自然と絡まる。

「お前ってあれだよな」

「…?なんスか?」

口から離したマグカップを両手で包むように持ち、きょとんと表情豊かに琥珀色の瞳が瞬く。

「年上に気に入られるよな」

「そうっス…か?あ、でも、言われてみると…そうかも知れないっスね」

海常では笠松を筆頭に親しくさせてもらっていたのは二つ上の森山、小堀。そして今でも一つ上の早川と中村には大変お世話になっている。
堀は笠松と同級生だから二つ上だし、鹿島も黄瀬より一つ上だ。昨日初めて会った野崎、御子柴、千代も鹿島と同級生だと言っていたから一つ上だ。
でも、それでも黄瀬が一番気に入られたいと思う相手は…卒業してからもこうして自分を懐に入れてくれて、甘やかしてくれる目の前の笠松にだ。
そっと手に持っていたマグカップをテーブルの上に置いて、黄瀬は直ぐ横にある笠松の膝になつくように頭を乗せる。

「ね、センパイ」

「ん?」

「今日、泊まってっても良いっスか?」

さらさらと膝の上に零れ落ちる黄色い髪に、その見ため通り手触りの良い髪に笠松は空いている手を伸ばし指先を絡める。

「いつも良いって言ってんだろ?ただし朝練には遅刻すんなよ」

「はいっス」

笠松が一人暮らしをしているこのアパートから海常高校までは少し時間がかかる。途中で電車を乗り換えなければならないし、朝は五時半位に起きればいいだろう。
頭の中で予定を立てて入れば、また頭をゆっくりと撫でられる感触がして黄瀬は嬉しそうにゆるりと瞳を細めた。
猫のように笠松の足に頬を擦り寄せ、この部屋を訪れてから気になっていた物へちらりと黄瀬は視線と話題を移す。

「センパイ、あの漫画どうしたんスか?センパイのじゃないっスよね」

部屋の中に置かれたバスケ雑誌の上に笠松の持ち物としては異色な物が乗せられている。きらきらとした可愛らしい少女が表紙の、一見して少女漫画だと分かる雑誌。
黄瀬の視線の先を一瞥した笠松は呆れ混じりにそれに答える。

「それな、森山が押し付けてきた。何でも女子の間で人気の漫画雑誌何だと」

これを読めば、女子との会話も弾むし、どうすればモテるのかも研究が出来る!まさに一石二鳥だ!と、森山はまた残念な方向へと通常運転中だ。

「自分は読み終わったから俺に読んでみろって押し付けてきやがった」

「森山センパイも相変わらずっスね」

「ちなみに森山のお薦めは夢野咲子の学園恋愛漫画『恋しよっ!』だと」

「読んだんスか?」

「まさか…。小堀にでも回そうかと思ってるとこだ」

笠松の膝に頭を乗せたまま黄瀬が笠松を見上げる。森山と笠松は同じ大学に進学したが、小堀は二人とは別の大学へと進学していた。高校を卒業してからも笠松達の縁は切れることはなく、今も変わらず仲が良い。

「それって小堀センパイに押し付けるっていうんじゃ…」

「人聞き悪いこと言うな」

「いてっ…」

見上げて露になった額をぺしりと軽く手で叩かれる。

「お前が欲しいならやるぞ」

「そうじゃなくて…あの漫画、うちのクラスでも見かけたんスよ。流行ってるんスかね?」

「さぁな。気になるならもってけ」

笠松はまったく興味がないのか雑誌が片付くならそれでいいのかどうでも良さそうな様子だ。
黄瀬は後でぱらぱらっと中身を見てみようかとぼんやり思って、テーブルに置いたマグカップに手を伸ばす。
黄瀬は上に姉が二人いるので、特に抵抗もなく少女漫画は読む方だった。

こくこくと喉を上下させ飲み物を飲む黄瀬に笠松はテレビの側に置かれていた置時計に目をやると、空になったマグカップをテーブルの上に置きながら口を開く。

「少ししたら、夕飯の買い出し行くか。お前も手伝えよ」

例え行き先が近所のスーパーでも、笠松となら喜んで行くに決まっている。
黄瀬は「了解っス」と微笑んで頷いた。





***



それから数日後…
鹿島から黄瀬に『堀先輩とカフェデートしちゃった!』と絵文字付きで嬉しそうなメールが届き、『映画の割引券が二枚あるからあげるよ。笠松さんと行って来なよー』と、手渡したいからいつ暇かと尋ねる文面が並んでいた。
そして追伸には『映画館デートも結構良いと思うよ!』と黄瀬を応援するような言葉も並んでいたが、デート云々の前に鹿島も黄瀬もまだ意中の先輩とは付き合ってはいないのだった。







***



「あのですね、夢野先生」

「ダメですか剣さん?せっかく名前も考えて来たのに…。黒崎 真冬っていって、好物は肉じゃがなんです!」

夢野先生こと野崎からテーブルの上に置かれた新キャラのラフ画に視線を落とし、剣さんこと野崎の担当編集、宮前 剣はため息を落とした。

「今どき番長はないでしょう。それに夢野先生の漫画は恋愛漫画ですよ?不良女子高生のバトル漫画にでもする気ですか?」

「………」







End.


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