妄想と現実と(のざちよ+堀鹿+笠黄)

※両片想いの二組と片想いが一人
野崎くん:堀(大1)×鹿島(高3)、
野崎←千代、+御子柴(高3)
黒バス:笠松(大1)×黄瀬(高2)




その日、千代は野崎と共に漫画で使うトーンの買い出しに来ていた。

(野崎くんと二人きり!二人きり!でも残念ながらデートじゃないんだよね…。うん、分かってる。それでも私は負けないもんね!)

すでに買い物は済ませ、野崎と次の漫画の内容を話し合いながら駅方面に向かって歩いていた時、千代は駅前の待ち合わせスポットの銅像の前に人だかりが出来ていることに気付いた。そして、その人だかりの隙間からちらりと見えた人物にあれ?と声を上げた。

「あそこにいるのって鹿島くんじゃない?」

「あぁ…本当だな」

「誰かと待ち合わせかな?」

学園の外でも鹿島はいつも通りに女子達に囲まれていた。それでもいつもよりかきゃぁきゃぁと黄色い悲鳴が多いような気がして千代は首を傾げる。背の高さから囲いの中が余裕で見えていた野崎が千代の隣で目を見開き、ハッといきなり息を飲んだ。

「ど、どうしたの野崎くん?」

隣で何か衝撃を受けたような顔をして身体をふるふると震わせた野崎に、千代は困惑して野崎を見上げる。すると野崎は瞳を煌めかせ、言った。

「あれは鈴木…!」

「鈴木…?野崎くんの知り合いでもいたの?」

「違う!いや、この場合…違わなくはないが。とにかく佐倉、あそこにリアル鈴木がいる!」

リアル鈴木って何だろう?と更に首を傾げそうになって千代も途中でハッと表情を一変させる。

リアル鈴木と言ったら一つしかないじゃないか!私のばか!

現在野崎が少女漫画誌で大人気連載中の恋愛漫画、『恋しよっ!』のヒロイン、マミコのお相手。容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能の三拍子が揃ったヒーロー、その名も鈴木 三郎。

千代も野崎と一緒になって人だかりの中心を見ようとぴょんぴょんと野崎の隣で跳ねる。

「う〜ん、これじゃ見えないよ」

「なら、佐倉。俺が抱き上げてやろう」

「えっ?」

言うと同時に千代は後ろから野崎に脇の下を手で掬い上げられ、ふわりと身体が宙に浮く。

「うわわっ、ちょっ、ちょっと、野崎くん!」

恥ずかしいと、好きな人に持ち上げられて嬉しいと、二つの感情が千代の心の中で渦巻く。

「どうだ、見えそうか?」

しかし、一向に千代の気持ちが伝わっていない野崎はさらっと見晴らしの確認をとってくる。それにわたわたと慌てていた千代も次第に落ち着きを取り戻す。

(そうだよね、野崎くんだもんね。でもそんな所も好き)

「う〜ん、あっ、ちょっと見えた!ふわぁ…本当に鈴木くんだ」

千代の視線の先には王子様な鹿島と鹿島より背が高くイケメンで黄色い髪をしたまさしく恋しよっ!のヒーロー鈴木くんがそこには立っていた。
二人は待ち合わせをしていたのか、女子達の囲いをやんわりと抜けると千代達には気づかずに背を向けて歩き出す。

「あっ、大変!野崎くん!堀先輩に連絡しなきゃ!」

野崎に地面に下ろしてもらい、千代はパタパタと手を上下に動かして慌てて野崎に告げる。

「堀先輩?何でだ?」

「だって、鈴木くんだよ!いくら鹿島くんが王子様でも、本物の王子様には敵わないかもしれないじゃない!鹿島くんが鈴木くんにとられちゃう!」

「はっ!?なら、マミ…こしばも呼ぼう!何か次の話のネタが出来るかもしれない!」

「野崎くん、呼び方がなんか堀先輩みたいになってるよ。でも、みこりんは必須かも!」

野崎と千代はこちらに背を向け歩いて行く二人の後をこっそりつけながら、いそいそと野崎はスマホを取りだし堀と御子柴に連絡を入れた。




***




「今日は付き合ってくれてありがと、黄瀬くん。他の友達に聞こうにもそういう店知ってる人っていなくてさー」

それに私の友達にそんなこと聞くのもちょっと恥ずかしいし、友達は堀ちゃん先輩とも親しいから話が筒抜けになっちゃうんだよね。

苦笑して言った鹿島に黄瀬はにっこりと笑う。

「いいっスよ。その代わり今度、ご飯の美味しいお店とか見つけたら俺にも教えて欲しいっス」

笠松センパイと堀さんってどことなく似たようなとこがあるから、気が合うと思うんスよね。

互いに先輩を通じて知り合った鹿島と黄瀬は、二人で待ち合わせをして出掛けるぐらいにまで仲良くなっていた。

「あ、次の角を右っス」

「へぇ、そっちはあまり行かないからな」

「ちょっと道も細くなってるし、女の子が一人で行くにはビルの影に入っちゃって薄暗いっスからね。次に来る時は堀さんと一緒に来るといいっスよ」

黄瀬の先導で鹿島と黄瀬は駅前の通りから右へと曲がり、少し狭くなった道を進む。



その後を離れて追いかけていた野崎と千代は二人が入って行った店の前で足を止めた。
それは何処にでもある一軒の古着屋であった。

「…どういうことだ?」

「ただのお買い物?」

何かあると思い込み、わくわくしていた野崎と千代の気持ちが一気に萎んでいく。
まぁ、何も無いにこしたことは無いのだが。

「どうするの、野崎くん」

「あの二人に気付かれないように店内に入って、資料用に服を何着か見繕おう」

古着も華麗に着こなす鈴木も庶民的でいいかもしれない。

「いや、鈴木くんって王子様だけど普通の高校生だよね?どこぞの御曹司とかじゃなかったよね?」

さっそく店の表にハンガーに掛けられて並べられていた女子用のワンピースを手に取って野崎は千代の身体に合わせる。

「これなんかはどうだ?」

「…いいと思う。でも鈴木くんもマミコも普段は制服だよね」

散々野崎の言動に振り回されてきた千代は、ぬか喜びはしちゃいけないと、これはきっとマミコ用の服選びなんだと自分に言い聞かせた。その矢先、

「そうだが…、これは佐倉に似合いそうだと思って」

「〜〜っ!?」

不意打ちがきた。
ぼっと一瞬で千代の顔が真っ赤に染まる。どきどきと鼓動が乱れて、野崎の不意打ちに心臓が止まりそうになる。

「佐倉?顔、赤いけど大丈夫か?」

「大丈夫じゃない…」

心配そうに顔を覗きこんできた野崎の視線から逃げるように千代は俯き、両手で熱くなった頬を押さえた。




***



一時間程して古着屋から鹿島達が出てくる。その手には服でも買ったのか袋が提げられていた。

「あれ、鹿島じゃねぇか」

その頃には野崎に呼び出された御子柴が千代達と合流していた。
意味も分からず、ただ野崎に遊びに誘われて出てきた御子柴はこそこそと鹿島の後をつけている様子の野崎と千代に首を傾げる。

「どうしたんだよ、お前ら。鹿島に用があるなら声かければいいじゃねぇか」

言いながら千代達に倣って身を屈めた御子柴が小声で千代達に話しかける。
それに千代がふるふると首を横に振り、野崎がカフェに入っていく鹿島達の姿を見送った。
カフェの中へと姿を消した鹿島達に尾行を一旦止めて、野崎が御子柴に現状説明をする。

「鹿島がリアル鈴木と一緒にいるんだ」

「………はぁ?野崎、頭大丈夫か?昨日徹夜だったのか?鈴木ってお前の漫画のキャラだろ?」

「違うの、みこりん。鹿島くんと一緒にいた人が鈴木くんなの!」

「佐倉までどうしたんだよ」

どうにも通じない話に野崎と千代がじれ、御子柴が更に首を傾げる。
カフェの前の植え込みあたりでしゃがみこみ、顔を付き合わせる三人の姿は異様に目立っていた。カフェの前の道を通る人々は三人から距離を置いて通り過ぎて行く。

「お前ら何やってんだよ」

その内の一人は通り過ぎずに、自ら駆け寄るとしゃがみこむ三人の頭上から声を落とした。その声に反応して三人は同時に顔を上げる。

「堀先輩」

「良かった、来てくれたんですね!鹿島くんが…!」

今だ事情がさっぱりな御子柴を置きざりに千代が安堵の表情を浮かべ、堀に向かって話し出す。

「ちょっと待て、佐倉。話は聞くからその前に一旦場所を変えようぜ」

野崎達は気付いていないようだが悪目立ちしていると、堀は野崎達を促して建物の横の道へと移動した。
それから堀が順序立てて野崎と千代から話を聞く。そこで御子柴もやっと野崎達のいうリアル鈴木の話の意味を理解した。

「はぁ〜…ったく、野崎が鹿島が誘拐されるなんてメール寄越すから焦ったじゃねぇか」

講義の終わりかけで野崎のメールに気付き、後は友人に代返を頼んで堀は大学を抜けてきたのだ。
普段ワックスで整えられている前髪がハラリとひと房額に落ちてくる。その髪を右手で掻き上げ、堀は溜め息を吐いた。

「すみません。俺も慌てていたもので」

そう言う割には全く慌てた素振りを見せない野崎に、千代は慌てているが、堀は御子柴へと話を向ける。

「お前は野崎から何て連絡もらったんだ?」

「俺は…野崎から今、外にいるから一緒に遊ばないかって誘われて」

「ほぉ…、野崎…」

どういうわけだと堀の鋭い眼差しが野崎に突き刺さる。だが、それを千代の言葉が遮った。

「堀先輩!そんなことより早くしないと鹿島くんがとられちゃいますよ!」

そんなの嫌だと言う千代の訴えに堀の眼差しが優しく緩む。

佐倉は本当鹿島のこと好きだなぁ、と。

ほわわんとその場が和んだ所で、空気を読まずに野崎が御子柴に出動を命じる。

「御子柴。ちょっと行って鹿島をここに呼んで来てくれないか?」

「えっ!?何で俺!堀先輩とか…」

「御子柴は鹿島の親友だろ?」

「いや、それを言うなら佐倉でも…」

「リアル鈴木に対抗できるのは御子柴しかいないんだ」

「でも…」

人見知りが激しい御子柴を何が何でも行かせようとする野崎の態度に堀はすぐにピンときた。

こいつ、リアル鈴木とやらとマミコ(御子柴)を引き合わせてどうにかするのを見たいんだろう。野崎の頭はどんな時でも漫画脳だ。

堀の悟ったような横顔に千代はほんの少し申し訳なく思う。それでも鹿島が大切なのは本当だ。そしてその鹿島が誰を想っているのかも千代には分かっていた。
堀には迷惑かもしれないがこれで鹿島と堀の仲が少しでも進展すれば良いなと、同じ恋する女の子同士願わずにはいられなかった。特にこの二人は千代から見ても両想いだ。



その後、結局野崎に丸め込まれた御子柴が鹿島を呼びに行くこととなった。




***



カフェで軽くお茶を飲みながら休憩し、鹿島はチーズケーキを美味しいと言って食べる。黄瀬もキャラメルマキアートが入ったカップに口を付け、それは良かったっスと表情を緩めて店内に目を移した。

「ここのカフェはデザートとドリンクだけじゃなくて、フードメニューも豊富だから結構男の人も多いんスよね」

言われて鹿島もチーズケーキを食べていた手を止め店内へ目を向ける。

「そうだね。大体カフェとか行くと女の子の方が多いよね。たまに男の人も見かけたりするけど」

大きく切り取られた明かり取りの窓に、柔らかな配色のテーブルとイス。甘すぎないシンプルなディスプレイに、落ち着いた雰囲気を持つ男性店主。煩すぎない程度のざわめきはあるが、それが逆に心地好く感じる。そんなに大きくはないこじんまりとしたカフェだ。

「知っての通り笠松センパイは女の人が苦手だし、俺もプライベートじゃあんまり女の人には騒がれたくないし。そういう時にこういうお店があると助かるっス」

普段はファミレスやマジバを使うけど、ちょっと特別な気分の時や特別な日、特別な相手とはお洒落なカフェやレストランでご飯を食べたくなる時がある。

「そっか、黄瀬くんモデルだっけ。女の子がいっぱいいるカフェなんて行ったら大変そうだ」

「自分だけならいいんスけどね。センパイには迷惑かけたくないっスから」

「もしかしてそれでこのお店見つけたの?」

女の人は黄瀬がいても騒がないし、男の人も気にせずにご飯を食べている。それだけこの店が気に入って足を運んでいるのか、お店の落ち着いた雰囲気がそうさせているのか。

鹿島に視線を戻した黄瀬はふっと唇を緩めた。

「まぁ…そうなるっスかね。でもほとんどは自分の為っスよ。ご飯ぐらい静かに食べたいじゃないっスか」

誰ととは先の言葉を聞いていた鹿島には聞き返さずとも容易く想像が出来た。
黄瀬くんは笠松さんが何よりも大切なのだろう。自分が堀先輩を大切に思うのと同じように。

「ここなら鹿島さんも気を遣わずに堀さんと一緒に来られるでしょ?俺達男からしたら女の人ばっかりのカフェって本当は入りずらいんスよ。デザートと飲み物だけじゃお腹は膨れないっスしね」

「そう言われると何だかもっともな気がしてきた。女の子はお洒落なカフェでカフェデートとか憧れるけど、男の子からしたらそうなのかな?」

残り少なくなったチーズケーキをフォークで切って口に運ぶ。知らなかった男の子側の事情を初めて知って鹿島は堀のことを思う。

堀ちゃん先輩もそうなのかな。
でもたまには堀ちゃん先輩とご飯行くのにお洒落なカフェも良いよなー。
その為に今日は黄瀬くんに男の人でも入りやすいカフェを教えてもらったんだけど…。おまけに古着屋も教えてもらえて、演劇用の衣装も良いのが買えたし。今度何かお礼をしなきゃ。

空になった皿にフォークを置き、鹿島はご馳走さまと紅茶の注がれたカップを持ち上げる。
その間黄瀬は店の出入り口をジッと見ていて、何事か考えるように真剣な顔をしていた。

「ん?どうかした?」

「んーと…俺、仕事柄わりと人の気配には敏感なんスよ」

「うん」

「それで、なんかさっきから誰かに後付けられてるみたいで」

「それってストーカーじゃないか!警察に電話…!」

「それはちょっと待って下さいっス!悪意はないみたいなんで。ただ俺達を見てるだけっていうか…」

「でも、」

「一瞬ちらっと見たら髪が赤かったんで俺の知り合いかと思ったんスけど、赤司っちじゃないし。もしかしたら鹿島さんの知り合いかなって…」

黄瀬は困ったように言って鞄からスマホを取り出そうとした鹿島を止めた。
赤い髪と聞いて鹿島は一人の人物を脳裏に思い描く。

「もしかして…」

「心当たりあるんスか?」

「う…ん。私を見かけたから声をかけようとして、でも見知らぬ人が一緒にいたから中々声をかけられずにうっかりそのままついて来ちゃった、っていう感じのことをしそうな友達なら一人いるかな」

「女の子じゃなくて男っスよ?」

「うん、男の子。御子柴って言うんだけど、ちょっとシャイなところがあるんだよ」

ストーカー紛いの行動をシャイの一言で片付けた鹿島の豪胆さに黄瀬は感嘆のため息を吐く。

「鹿島さんの友達って結構癖がありそうっスね…」

「そうかな?私は普通だと思うけど。みんな良い人だし」

自分の事を棚に上げて黄瀬は多分普通じゃないっスと返した。
それから二人は鹿島の友達に会う為にイスから腰を上げ、カフェの支払いは鹿島の要望で各自で支払い、カフェの扉を押して外に出た。

「あっ…!」

するとどこか落ち着かなさげな赤髪の男がカフェの前の歩道に立っていた。
カフェから出てきた鹿島を見るなり声を上げ近付いてくる。

「ぐ、偶然だなぁ鹿島!ちょっと話があるからこっち来てくれないか!」

ぎこちなく不自然すぎる言葉に、尾行に気付いていた黄瀬と鹿島は御子柴には悪いが、ほんの少しだけ笑いそうになった。けれど、これで後をつけていたのが鹿島の友達で鹿島に用事があったんだと判明した。

鹿島は黄瀬に顔を向ける。

「悪いんだけど黄瀬くん、ちょっと待っててもらえるかな?」

「良いっスよ。でもここだと目立つんで隣の雑貨屋に入ってるっス」

「うん、ごめん。ありがとう」

黄瀬の視線が御子柴から鹿島に向けられたのを感じ、御子柴はそろりと顔を持ち上げ、自分より背の高いリアル鈴木だという人物の横顔を間近で見る。

「えっ−− うそ…っ 」

そうして見覚えのある端正な顔と片耳リングピアス、髪色に遅蒔きながら目を見開いた。

「モデルのキセリョ!」

御子柴が好んで見ているファッション雑誌とは少し系統は違うが、ファッション雑誌の表紙や誌面で何度かその整った顔を見ていた御子柴は一方的に黄瀬を見知っていた。
突然声を上げた御子柴に黄瀬は肯定するように苦笑を浮かべ、鹿島は知ってるの?と御子柴に聞き返す。

「知ってるもなにもキセリョが載ってる雑誌はいつも売り切れて大変なんだって!」

「はは…そんなことないっスよ。最近は仕事控えてるから、その分載った時に売れてるだけっスよ」

「へぇ、そう言えば私まだ黄瀬くんのモデルしてる姿見たことないな」

「あ、俺ん家に雑誌あるかも」

「わざわざ見なくて良いっスよ。改めて見られると恥ずかしいっス」

「えー、いいじゃん。ねぇ御子柴、今度その雑誌学校に持って来てよ」

「おぅ、良いぜ」

「ちょ、良くないっスよ!やめて!」

最初の御子柴のぎこちなさもキセリョの衝撃でどこかへ吹き飛んだのか、三人はそのまま和気あいあいと立ち話をし始めてしまう。
その様子をしっかりと目に焼き付けていた野崎は自分が思い描いていた展開と若干違うことにがっかりしつつも、人見知りの激しい御子柴(マミコ)を早々に懐柔したリアル鈴木の手腕に「さすが鈴木だ」と呟きを落とした。
また、御子柴が加わったことでキラキラが増したイケメン空間に千代はあの場だけ空気が違うと思った。

「って、そうじゃない!堀先輩…!」

キラキラ空間を眺めていた千代はハッと我に返って、堀を呼び出した本当の目的を遂行する為に、背後にいる堀を振り返る。
すると何故か堀はふるふると肩を震わせて、笑いを堪えるように口許を掌で覆っていた。

「ほ、堀先輩…?」

「ふ…っは、…まさか、アイツが…お前らの言ってた…リアル鈴木か?…これ、笠松が知ったらどんな顔するだろな」

堀のおかしな様子に流石の野崎も心配になったのか観察を一旦止めて、千代と一緒に困惑の眼差しで堀を見る。

「そうですけど…」

「…そりゃ、ねぇよ。確かにアイツはイケメンで鈴木に似てなくもねぇけど」

「アイツって、堀先輩あの人のこと知ってるんですか?」

あー、笑ったと笑いを納めた堀に野崎が興味津々の顔で聞いてくる。その手にはいつの間にかメモ帳とペンが握られていた。

「俺が知ってるというより、俺の友達の後輩がアイツで、俺も何度か面識はある。なんか最近鹿島と仲良くなったらしいな」

「えっ、それじゃぁ…鹿島くんのこと心配じゃないんですか?」

何となく千代の言いたいことを察した堀は緩く口許を綻ばせると安心させるように言った。

「いや、アイツにはちゃんと相手がいるし」

「鈴木に相手が!?ど、どんな人なんですか!?」

ほっと安堵した様子の千代とは別に野崎がペンを握り締めて堀の話に食い付いてくる。
十中八九、野崎は漫画のネタにするつもりだろう。

勝手にあれこれと想像するのは構わないが、リアル鈴木の正体を知っていて尚且つそれが自分の友人が大切にしている人間であるとなれば、想像上とはいえ何となく気が咎める。堀は少しだけ情報を開示することで現実を教えてやろうとした。
顎に指を添え、中空を見つめながら口を開く。

「そうだなぁ…懐が深くて、度量がある。後輩とかに結構慕われてて、頼りになるな。性格は一言でいうなら男前か」

懐が深くて、度量があって、男前で後輩達に慕われる…。それはまさに姐さん、姉貴、−−姉御!

「女番長的な!」

「あ…?女番長?何言ってんだ野崎?」

きっと、こんな感じに…と堀の話を無視して野崎の頭の中で、王子様鈴木と女番長のやりとりが繰り広げられる。

−−−−−−
−−−−
−−


校舎を染める茜色の光。
その時たまたま一人で歩いていた鈴木。

「おい、鈴木。ちょっと顔貸せよ」

鈴木のせいで彼女に振られたと憤るモブ男と、その友人達に校舎の影まで引っ張り込まれ、モブ男達に囲まれる鈴木。

「お前、顔が良いからって調子に乗ってんなよ!」

「そうだ!お前のせいでコイツは…!」

その時ふっと何処からともなく現れる女番長。モブ男と鈴木の間に割り込み、一喝する。

「男の嫉妬は醜いわね。そもそもアンタが彼女に振られたのは単にアンタの努力不足で、鈴木に八つ当たりするのは違うだろ。その前に自分を磨く努力でもしてきな」

「ぐっ…うるさ…っ!」

「本当に好きな女ならね、一度振られたぐらいで諦めるんじゃないわよ」

「−−っ」

「それを、ぞろぞろとお友達を連れて。鈴木に手を出したなんて彼女が知ったらどう思うか。…この先は言わなくても分かるわよね?」

複数の男を相手に怯むこともなく、毅然とした態度で女番長はモブ男達を追い払う。
凛と立つその背中に鈴木の胸がきゅんと鳴る。
モブ男達が去った後で女番長が振り向く。

「アンタも男ならあんなもの言い返してやりなさいよ。…これだからナヨナヨした男は」

「あ、ありがとう」

「別にアンタを助けたわけじゃないわ。見ていていい気がしなかったからよ」

お礼の言葉も受け取らずに女番長は鈴木の前からさっさと立ち去る。

「あっ、名前…聞きそびれちゃったな…」


−−
−−−−
−−−−−−

「〜〜っダメだ、鈴木!お前にはマミコがいるだろ!」

でもマミコの新しいライバルとして使えるかもしれない。一応メモしておこうと野崎はメモ帳にいそいそとペンを走らせる。
その様子を半眼になって見ていた堀は、野崎の逞し過ぎる想像力に呆れて心の中で先に笠松に謝っておく。

俺、余計なこと言ったかもしれない。
笠松、お前もしかしたら少女漫画に出てくる女番長のモデルになるかもしれない。すまん。

「で、堀先輩。差し支えなければ女番長の簡単な容姿を教えてもらえませんか。もちろん描く時は少し変えますが」

「……黒髪短髪で童顔。ちょっと目が大きい」

「ふむふむ、黒髪ショートカットの童顔。目は大きい…と」

「良かったね、野崎くん!これで次の漫画のネタが出来たね!」

「あぁ!」

心なしか嬉しそうな野崎に、野崎が嬉しそうだと自分も嬉しいと千代が破顔する。
その直ぐ側で堀は次回の漫画の内容が今から猛烈に気になった。

でもまぁ、あの女子苦手な笠松が少女漫画を読むわけないのだけが救いだろう。



***



「それで、御子柴は私に何の用だったの?」

「あ…俺じゃなくて野崎が呼んでこいって」

そう言うわりに御子柴の周りには他に人は見当たらない。鹿島がきょろきょろと辺りを見回すのを、黄瀬が店と店の間にある路地を指で指して言った。

「あの角を曲がった所にいるんじゃないっスか?」

何となくあの辺から視線を感じると、黄瀬が示した先に目を向けた鹿島達の前にふらりとその路地から堀が現れる。

「堀先輩!と、野崎に千代ちゃん!」

更に堀の後ろから野崎と千代が姿を見せる。近付いて来た三人の中で唯一黄瀬が面識のある堀に向かって軽く会釈をする。

「こんちわっス、堀さん」

「よぉ、鹿島が迷惑かけてないか?」

「そんなことないっスよ」

親しげに黄瀬に声をかけた堀に、黄瀬と堀が知り合いだとまだ知らない御子柴は驚いて二人の会話に口を挟む。

「あれ?堀先輩、キセリョと知り合いなんですか?」

「キセリョ…あぁ、モデルの時の愛称か。そうだ」

「堀先輩の友達の後輩が黄瀬くんで、それ繋がりで私と黄瀬くんも知り合ったんだよね」

鹿島の簡単な説明に黄瀬も頷き返す。

「黄瀬くんってモデルさんなんだ?やっぱりモデルさんって背高いんだね。野崎くんと同じぐらいかな?」

「そうっス。えっと…」

ふいに千代から話しかけられた黄瀬は一瞬視線をさ迷わせた。黄瀬からしたら千代は完全に見下ろす形になり、普段黄瀬の周りにいる人々は平均的に身長が高いので低い位置からかけられた声にちょっとだけ声の主を探してしまった。黄瀬と千代の身長差は約45センチ。野崎が千代を見る時と同じぐらいだった。

「あっ、ごめん、まだ名乗ってなかったね。私は佐倉 千代。隣にいるのが野崎くん」

「野崎 梅太郎、高3。今、思い出したんだが、俺もお前のこと知ってるぞ。元帝光中バスケ部キセキの世代。漫画に出てきそうな名前だなって思ってた」

「へぇ、そっか。野崎くんも中学の時、バスケ部だったっけ」

「何か格好良いな!」

「そんな良いものじゃないっスよ。それに今は海常高校の黄瀬 涼太っス」

どこか誇らしげに言う黄瀬のその台詞を鹿島と堀は前にも聞いた覚えがあった。また、それだけ黄瀬にとって『海常の黄瀬』だということが大事な事なのだろうと二人は感じ取って、無遠慮に黄瀬の大切な物に触れないように鹿島が別の話を振った。

「それより野崎は私に何か用だった?堀ちゃん先輩も」

「いや、俺はただ野崎に呼ばれて」

「俺も」

首を横に振った堀から御子柴、堀の言葉に同意した御子柴から野崎に皆の視線が集中する。

「ん?あぁ…、ちょっと漫画のネ…」

「えぇっと、そう!鹿島くんを見かけて話しかけようとしたら、一緒に知らない人がいたから。堀先輩なら知ってるかなって!みこりんとは一緒に遊ぼうと思って呼んだんだよ!」

自分に集まった視線に野崎が馬鹿正直に口を開き、それを千代が慌てて遮る。
仲間内だけなら良いが、ここには初対面の黄瀬がいるのだ。いきなり漫画のネタの為に観察していたなんて知ったら気を悪くするだろう。
千代は黄瀬と鹿島を見上げて申し訳なさそうな顔をした。

「でも、黄瀬くんと鹿島くんの邪魔しちゃ悪いよね。ごめんね、いきなり」

しゅんとした千代に鹿島はからりと笑って、いつもの調子で明るく応える。

「大丈夫だよ。ちょうど買い物も終わったとこだし」

「そうっスよ。これからどうしようかって言ってたとこっス」

鹿島の言葉を肯定して黄瀬も千代に笑いかけ、続いて黄瀬は堀に話しかけた。

「ところで堀さんは今日は大学じゃないんスか?」

「あー、まぁ、気にするな。それよりこいつらに巻き込まれると大変だぞ。特に野崎の奴」

「まぁ…大変なのは慣れてるっスから。たぶん、大丈夫っス」

「何か知らんがお前も苦労してるんだな」

堀と黄瀬が話をしている横で野崎達の間で話が進み、行き先が決まる。発案者は言わずもがな野崎だった。

「よし、じゃぁ記念撮影にゲームセンターへ行こう!」

何の記念だと、黄瀬と鹿島は首を傾げたが、堀と千代はたぶん黄瀬(鈴木)と御子柴(マミコ)が出会った記念だろうと、御子柴はモデルのキセリョに会った記念だと、それぞれ違う思いを抱いて、一行はゲームセンターへと向かうことになった。
記念撮影なら手軽にスマホの写真でも良いのではないかと御子柴は一瞬思ったが、野崎が黄瀬の方を見てあまりにも嬉しそうに瞳を輝かせていたので御子柴は言うのを止めた。

実は野崎もキセリョに会えて嬉しいのかと、プリクラは二人で撮らせてやった方が良いかと御子柴は一人考えていた。
現に野崎はすすっと黄瀬に近付き、何か話しかけている。

「黄瀬…くん。唐突で悪いんだが…」

「うん?何スか、野崎さん。俺の方が年下なんで呼び捨てにしてもらって良いっスよ」

「あ、じゃぁ、黄瀬で」

「っス」

「御子柴のことどう思う?」

「御子柴さんっスか?どうって…普通にモテそうっスよね。話した感じだとちょっと人見知りの気があるんスかね?」

そして、野崎を気にする御子柴の横に千代が並び、御子柴と同じように前方を歩く野崎達の様子を千代も気にかけていた。

「野崎くん、何かちょっと楽しそうだね」

「おっ。お前もそう思うか佐倉」

「うん。ちょっと分かりにくいけどね」

「そうだよな、やっぱり!野崎の奴もミーハーな所あるんだなぁ」

「ん?」

「いやぁ、あの野崎がキセリョのファンだったとはなー」

「えっ、ちょっと、みこりん?それは違うんじゃ…」

野崎くんは、鈴木くんに似てる黄瀬くんとみこりんのセットが見れてテンションが上がってるだけだと思うの、と千代は言うべきか言わぬべきか迷う。
何故なら御子柴は自分がマミコのモデルになっているとは露ほどにも思っていないだろうから。

ぐるぐると悩む千代と勘違いしまくっている御子柴。黄瀬から御子柴の印象を聞き出している野崎、御子柴の心配をしているのかなと?野崎のことを友達思いな人だなと思い違いをしながら答えていく黄瀬。
それらには全く関知せずに自然と先頭を歩く形になった鹿島と堀は、これまた自然に肩を並べて楽しそうに話をしていた。

「今日、黄瀬くんに良い古着屋紹介してもらったんで、今度堀ちゃん先輩も一緒に行きましょうよ」

「古着屋?」

「そう。私が堀ちゃん先輩を全身コーディネートしますから!」

「何だ…お前、黄瀬と出かけるならもっと洒落た店とかに…」

「洒落た店?何でまた。私も黄瀬くんもそんなお店に用はないですよ」

傍目から見て黄瀬と鹿島は釣り合いの取れた美男美女に…は見えないか。鹿島の場合、美女ではなく美男に間違われるのがオチか。
それはともかくとして、黄瀬なら鹿島を女子が好きそうな洒落た店とかに連れて行ってやったんじゃないかと、勝手に想像していた堀はバッサリと落とされた言葉に鹿島の顔を見上げる。
鹿島は心底不思議そうな顔をしてそんな堀を見返してきた。

「先輩?どうかしました?」

千代に言ったように黄瀬相手に心配はしていなかったが、こうも清々しくその可能性を否定されると可笑しく思えて唇が綻ぶ。

「お前、次はいつ暇だ?」

「!?…明日でも明後日でも!放課後ならいつだって空いて…っ!」

「あほ!明日は休みだからともかく、放課後は部活があるだろうが。またサボる気かお前は」

俺が卒業したからってサボったりしてないよな?と、堀の疑わしそうな眼差しが鹿島に突き刺さる。

「サボってなんかいませんよ!今のはちょっとした勢いで!それにもう堀ちゃん先輩も迎えに来てくれないし!」

「あ?」

「あ…」

「ってーと何か、お前は毎回わざとサボって、俺の手を煩わせてたのか」

「えっ、ちがっ、いや、違わなくはないですけど!」

「どっちなんだ」

わたわたと手を動かして慌てる鹿島は、すがめられた堀の眼差しに温かな色が宿ったことには気付かなかった。

賑やかな集団はそのまま通りに面した大型のゲームセンターへと入って行った。



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