あたりまえ(海常)


「鉄拳制裁と精神的制裁、先輩はどちらがいいと思いますか?」

名残惜しくも今年の三月に三年生が卒業し、四月には新入生が入学してきた。同時に自分達二年生は四月から最終学年へと進級した。
あれからまだ一ヶ月。
世間でいうところのゴールデンウィーク。

海常高校男子バスケットボール部副キャプテンという大役を引き継いだ中村はマジバの窓際の席に座り至極真面目な表情で、向かいの席に座る相手へと、冒頭の問いを投げ掛けた。

「………その前に二つ聞いて良いか?」

「はい」

「何でそれを俺に聞くんだ?笠松にならともかく」

「あぁ…それはですね。笠松先輩だとシバく一択でしょうし、小堀先輩にはこんな殺伐としたこと相談できないからです」

「俺なら良いのか…!?お前の中で俺の印象ってどうなってるんだ!しかも何でその二択しか選択肢がないんだ!」

久し振りに連絡してきた可愛い後輩が、相談したいことがあるので近い内に会えませんか?と頼って来たまでは別に良い。問題は持ち込まれたその相談内容だった。

部活動に力を入れている海常高校は四月になれば当然、運動部文化部関係無く多くの新入部員を迎え入れる。特に海常高校の運動部はどの部も強豪校として知れ渡るほどの力を有しており、バスケ部は昨年の夏のインターハイベスト8、冬のウインターカップベスト4と着実に功績を残していた。

相談の前置きとして聞いた話じゃ今年の海常バスケ部の新入部員は、昨年の大会を観て海常に感動し憧れを抱いて入学・入部を決めた者が大半だそうで。それは大変喜ばしいことだが、どうせなら俺はむさ苦しい男子よりふわふわと柔らかくて可愛い女子達に憧れられたい!そしてモテたい!

おっと、話がちょっとずれたな。…問題はその新入部員の中に、去年の大会もキセキの世代も知らない鼻持ちならない帰国子女がいたということだそうだ。
身長は主将を継いだ早川と同じぐらいで、海外でストバス経験があり、自分は部の誰よりも強いと思い込んでいる。実際力はあるが技術面では未だ荒く拙い。キセキほどではないが凡人に比べれば上手い。
まぁ、一言で纏めれば先輩を先輩とも思わない自己中で生意気な一年か。

「……なぁ、中村。お前の話を聞いてて、俺は何だか去年の入部当初の黄瀬を思い出したんだが」

ふっと遠い目をして呟けば中村も一つ頷く。

「森山先輩もそう思いますよね。その経験を元に黄瀬にも聞いてみたんです。一応当事者だったので」

何を、とは聞かない。
この流れで聞いたことと言えば問題児に対する対処の仕方しかないだろう。
中村は至って真面目な顔で告げた。

「シバけばいいじゃないっスか、って。当たり前の顔して黄瀬は言い切りましたよ」

それ以外に何があるんスかと、黄瀬は大層不思議そうな顔をして中村を見返してきた。

「シバくのが当たり前って、それ絶対笠松のせいだろ!」

「大半はそうですね。早川も鉄拳制裁派ですし。早川が殴りかかりそうになるのを俺は必死で止めましたよ」

笠松先輩のシバいて後輩を育てる教育指導は笠松先輩だから許されることだと思いますし、早川に同じことは絶対無理です。シバいた後、笠松先輩のように早川が上手く相手を諭すなんてこと尚更無理でしょうし、昨今の学校は体罰にも敏感ですからね。

「んー、まぁな。あれ?でも、じゃぁ…精神的制裁派ってのはお前?」

「俺と部員の少数ですね」

実はこの議題、二年と三年生部員の間で既に多数決をとっていた。しかしそこで意見が鉄拳制裁派と精神的制裁派で分かれてしまったのだ。

「生意気な態度はどうあれ戦力として一応レギュラー候補ですから。下手に鉄拳制裁して辞められても困るんです」

そのあたりの匙加減がどうにも難しくてと、中村は困り果てたように眉をよせて笑った。

「ん?でも待てよ。その前にさ、キセキの世代を知らないなら黄瀬のバスケするとこでも見せて黙らせれば良いんじゃないのか?」

「そうしたいのは山々なんですが、黄瀬にあまり無理をさせたくないんです。冬に痛めた足の調子はもう良くなったんですけど、来月からはもうインターハイ予選も始まりますし」

特に今は、インターハイに集中出来るようにって、モデルの仕事を出来るだけこなしているみたいで。

「はっきり言ってエースに無駄な負担はかけたくないんです。副主将としても先輩としても」

それは早川も同様に思っていることだった。
自分達の力でどうにか対処出来る内は自分達の力で。後輩に頼りきっては先輩としての矜持もあるし。まぁもっとも部を纏める仕事は主将と副主将の役目でもある。

「なるほどなぁ」

後輩の思いを汲み取った森山は納得したように頷いて、考えるように胸の前で腕を組む。
その間にも中村は話を続ける。

「本当だったらそんな一年、レギュラー候補から外してしまえば良いんですけど…うちは特に先輩達が抜けた穴が大きいんで」

今年の海常の戦いは、黄瀬がいるとはいえきっと厳しいものになるだろう。黄瀬一人に頼りきりになるつもりはないが。

ウインターカップの優勝校である誠凛は新設校であり、卒業生はまだいない。主力がそのままごっそりと残っている。
準優勝校の洛山は三年が卒業してしまっても赤司と無冠の三人がまだ残っている。
陽泉には紫原と氷室のWエースが。
秀徳には緑間と鷹の目を持つ高尾のコンビが。
桐皇には青峰、桜井が。三年が抜けてしまっても桐皇は元より個々のプレイを重視したチームなのでそう影響はでないだろう。
そこにくると海常は黄瀬というエースのみ。

先輩達が掴めなかった優勝という栄冠を手にする為には、生意気な一年坊主でも戦力が欲しい。ただし、海常の強みは黄瀬というエース以前にチームプレイが前提だ。
先輩達から託された悲願を自分達の代で叶えるんだと語る、悩める後輩の姿に森山は微かに口許を綻ばせた。

「だったら最初にやるべきことは一つだけだろう」

「一つ…ですか?」

口を開いた森山に中村は答えが分からずに聞き返す。

「戦力うんぬんの前にその一年坊主に海常がどういうとこか教えてやれよ」

うちはキセキだろうが天才だろうが一年は一年。贔屓はしない。
先輩に敬語は当たり前。尊敬しろとは言わないが敬意は払え。

「それって確か、笠松先輩が黄瀬に…」

「インハイ予選が近付いて焦る気持ちは分かるけどな。その前にソイツに今立ってる場所が何処か、我儘が通じるストバス場じゃないんだってこと、きちんと指導してやれよ」

今ならまだ遅くはないだろう。そうしたら次にチームプレイの何足るかを叩き込み、それでも無理ならその時に鉄拳制裁でも何でも下せば良い。

「……俺達、焦ってたんですかね」

先輩達がいなくなり、他所と比べてみるからに海常は戦力が低下した。それでも託された優勝を掴もうと余裕を無くしていたのかもしれない。
生意気な一年生が戦力になるならない以前に、先輩として一年生への指導が先だった。基本的なことがすっかり頭から抜け落ちてしまっていた。

目からうろこが落ちたようにすっきりとした顔をして呟いた中村に、森山は淡く微笑を浮かべたまま一人心の中でごちる。

(ほんと、この後輩達は俺達のこと好きだよなー)

逆に今はその思いが強すぎて視野が狭くなってしまっているが。

「森山先輩」

少しは吹っ切れたのか迷いのない眼差しが森山を見る。
うん?と先を促す森山に中村は肩の力が抜けたように僅かに頬を緩めてお礼の言葉を口にした。

「今日はありがとうございました。相談に乗ってもらえて良かったです。何とか頑張ってみます」

「そうか。…夏のインハイ、俺も笠松も小堀も楽しみにしてるからな。頑張れよ」

「はい」

先に失礼しますと律儀に断りを入れて、中村が席を立つ。
トレイに乗った包み紙と空のシェイクの容器をゴミ箱に捨てて、中村が店を出て行くのを森山は見送った。
…そしてそれから森山は座っていた席を立って、自分の分のトレイを持ち上げ、移動する。
観葉植物で遮られた先にあるテーブル席にトレイを下ろし、森山は椅子を引いて腰を下ろした。

「頼りになるな、森山センパイ」

茶化すように口を開いた笠松に森山はほんの少し罰の悪そうな顔をして、うるさいと返す。

「でも良かったんじゃないの?中村もすっきりした顔してたし」

笠松の隣に座っていた小堀がやんわりと二人の会話に入ってくる。

「ま、そうだな。これで黄瀬と早川も落ち着くだろ」

小堀の言葉に茶化すのを止めた笠松がそう言って頷いた。

最近中村センパイがピリピリしてるっス。
中村が怖い。
などと、実は後輩二人から中村を心配するメールとこの場合どうしたらいいのかと相談するメールが笠松と小堀それぞれに送られてきていたのだ。
当の中村は見ていた通り森山に相談を持ちかけたようだが。きっと森山に相談することに決めたのは森山が三人の中で一番客観的に物事を考えられるからだろう。中村はあまり目立たないが意外と人を見ている。

「まったく、卒業しても手のかかるやつらだよなー」

一仕事終えたばかりの森山はぼやくように言ったが、その口許は緩んでいる。

「インハイ予選まで後一ヶ月か。あっという間だろうな」

「早川が率いる海常か。どんなチームになってるか楽しみだね」

「中村にはインハイ、楽しみにしてるって言ってあるからな。三人で観に行こうぜ」

「お前、プレッシャーかけたのか」

まだチーム内でゴタゴタしている時に。呆れた様子で森山に視線を投げた笠松に森山は涼しい顔で言い返す。

「アイツらなら大丈夫だろ。伊達に鬼主将に鍛えられてないだろ」

「もしかしなくてもそれは俺のことか…?」

「うん、俺も何となく大丈夫な気がするよ。根拠は何もないんだけど」

「お前も」「笠松もだろ?」と、二人から同時に視線を向けられて、笠松はふっと息を吐き出した。
それから一拍間を置いて、強気の笑みを閃かせる。

「当たり前だろ」

一緒に戦った後輩達を俺は信じてる。

力強く言い切った笠松に森山と小堀も笑う。
三人は後輩達が駆ける暑い夏のコートを観に行こうと早くも夏の予定を立て始めていた。



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