02
そのあと少しして気を取り直した黄瀬と鹿島は各自もそもそとバーガーとアップルパイに手をつける。笠松と堀は残りのポテトを摘まみながら互いに近況報告をしていた。
「なら、四月から同じ大学か。学部は違うけどまた一緒だな」
「妙な縁もあるもんだな。でも、スポーツ推薦ってことはお前、大学入ってもバスケ続けるのか」
「あれ、知らねぇの?あの大学のバスケ部、一部リーグの中じゃ強豪なんだぜ」
「そんなの俺が知るかよ。俺はあの大学が演劇に力を入れてて、色々学べるっていうから選んだんだ」
思わず判明した同じ進学先にあれこれと盛り上がっている二人に、その会話に耳を傾けていた黄瀬は途中から噛み合わなくなった会話に不思議そうに首を傾げる。
「笠松センパイ」
「ん?」
「中学が一緒だったってことはクラスとか一緒だったんスか?」
言い方はあれだが、どう聞いても片やバスケ馬鹿、片や演劇馬鹿。二人はどうして仲良くなったのだろう。
アップルパイを食べ終えた鹿島もナプキンで手を拭きながら興味深そうに成り行きを見守っている。
「いや、クラスは違ったな」
「俺、笠松と同じクラスになったこと一回もねぇわ」
「えっ、でも先輩たち仲良さげじゃないですか。それでどうやって友達になったんですか?」
部活は違ったみたいだし、友達の友達からとか?と鹿島は笠松と堀の顔を見る。
「それも違うな。堀とは…」
「コイツとは月に一回あった部長会で一緒だったんだ。それで気付いた時には何か意気投合してた」
笠松は二年の時からバスケ部のキャプテンで、堀も二年からは演劇部の部長を任されていた。
「センパイその頃からキャプテンやってたんスね」
「まぁ」
「中学生の堀先輩かぁ。その時の演技、見て見たかったなぁ」
「見てもあの頃はそんな上手くなかったし、下手くそだったぞ」
中学時代を思い返した笠松の目がふっと一瞬遠くなり、ため息を吐くような声でポツリと言葉が落とされる。手には少し冷めたポテトが摘ままれている。
「三年の時の部費争いは大変だったな…」
「部費争い?」
「何スかそれ」
「あぁ、アレな。いつも文化部より運動部の方が部費の配分が多いって、文句を付けた文化部の部長がいたんだよ」
堀は一度言葉を切り、喋っていて渇いた喉をジュースで潤す。その続きを笠松が引き受け呆れた声で続けた。
「運動部の方が部費が多いのはしかたねぇんだよ。大会とかは文化部にもあるけど、運動部はそれに加え対外試合とか備品の消耗が激しいからな」
元より運動部の黄瀬は納得したような顔で、鹿島はそういうものなんだと話しを聞く。文化部でも鹿島の所属する演劇部は舞台衣装やら舞台セットにお金がかかる。たがそこは、部員たちによる衣装の持ち寄り、布からの仕立て、セットの使い回しなどで上手く部費を遣り繰りしていた。
「それで文化部と運動部が対立しちまってな、何故か俺が文化部の、笠松が運動部の代表になってたんだ」
「じゃぁ、堀先輩と笠松さんも対立したんですか?」
鹿島の質問に堀は首を横に振る。
「どっちかって言うと意見は一致してたよな?」
「そうだな。その後も、部費の割り振りの為に二人で運動部と文化部の活動を見て回ることになったり…」
何だかんだ言いながら笠松も堀も面倒見が良いなと、自分の尊敬する先輩に黄瀬と鹿島はほわりと和む。残りのポテトを口に運びながらのほほんと話の結末を聞いた。
「最終的には視聴覚室で堀と…」
「話しあったんスか?」
「こっそりあみだを作って決めた」
「そうそう途中で面倒臭くなってな。何で俺たちが、って。こんなことするより部活がしたいって」
「大変だったけど、あれも今じゃ良い思い出だよなぁ」
笠松が締めた話に堀もうんうんと頷いた。
「………って、何か綺麗に話を纏めてるけど、それってようは超適当じゃないですか!」
「キャプテンがそんなんでいいんスか!?」
思わずといったように身を乗り出してきた鹿島に堀は悪びれずに「三年も経ってればもう時効だろ」と返す。
笠松は驚く黄瀬に「それで文句は出なかったんだから問題はねぇだろ」としれっと嘯いた。
今のしっかりとした先輩の姿を知るだけに、後輩二人は信じられないと唖然とする。その間も堀と笠松はまた違うエピソードを回想し始めた。
「あと、やばかったといえば二年の時の…」
とにもかくにも黄瀬と鹿島は当初の目的でもある笠松と堀の中学時代の話を聞けたのだった。
***
気付けばマジバで長い時間話し込んでいたらしく、店を出た時には店内はガラガラに空いていた。
「じゃぁ、またな笠松」
「おぅ。次は大学でだな」
「黄瀬くん。私の我儘に付き合ってくれてありがと」
「そんなことないっスよ。俺も笠松センパイの意外な話が聞けて楽しかったっスから。…鹿島さんも頑張ってね」
ひらひらと手を振り黄瀬と鹿島は笠松と堀、それぞれに促されて歩き出す。
黄瀬と笠松は寄り道はせずに、笠松が一人暮らしをする予定のアパートに戻る。買ってきた黄瀬専用の食器や箸、マグカップをさっそく取り出し、洗剤で洗って、乾いてから笠松の食器を納めた棚の中へ一緒にしまう。他にまだ残っていた段ボール箱を二人で片付け、作業が終る頃に笠松がキッチンの棚から自分の青いマグカップと新品のレモンイエローのマグカップを取り出した。
「お疲れ、黄瀬。ありがとな」
ラグの敷かれた床に座り込んでいた黄瀬に湯気の立つレモンイエローのマグカップが差し出される。それを受け取りお礼を言って黄瀬は弛く首を横に振った。
「呼んでくれて嬉しかったっス」
他の誰でもない自分を引っ越しの手伝いに呼んでくれて。まだ誰も呼んだことのない一人暮らしの部屋に一番に入れてくれて。そして何よりも黄瀬専用の食器とかを揃えてくれて。例え笠松が3月で海常高校を卒業してしまっても、それで終わりじゃないんだぞと、言われたような気がした。笠松は決して黄瀬の前から、消えたりはしないのだと寂しさで胸がいっぱいの黄瀬に教えてくれた。
青いマグカップを片手に笠松は黄瀬の隣に腰を下ろす。
「それに偶然っスけど、センパイの中学時代の話しも聞けて楽しかったっス」
ふわっと笑った黄瀬の顔を笠松はじっと見つめ、やがて同じように表情を崩した。
「俺よりもお前の中学時代の方が色々とやらかしてるだろ?あんだけ個性の強いキセキの連中が揃ってるんだ。何もなかったとかぜってぇありえねぇだろ」
「まぁ…それは事実っスけど。センパイの中で俺たちってどうなってるんスか」
ぜってぇありえねぇって、何か騒ぎを起こすの前提っスか。
マグカップに口を付け、黄瀬がちょっぴり頬を膨らせば、笠松は隣で笑ったまま「でも今は…」と口角を吊り上げる。
「しでかすのは決まって森山だな。お前は巻き込まれて、早川が無邪気に場を悪化させる。その横で中村が慌てて、それを小堀がにこにこと見守ってる」
「そんで最後には笠松センパイの雷が落ちるんスよね?」
ちらりと笠松を見て黄瀬はにっこりと楽しげに微笑んだ。
「ま、そうだな」
この一年弱で恒例化したパターンに笠松は苦笑を浮かべ、マグカップを持っていない手できらきらとした黄色い頭に手を伸ばす。ぐしゃぐしゃと手触りの良い髪をかき混ぜて、なついてくる可愛い黄瀬に穏やかに瞳を細めた。
(寂しさを感じてるのは何もお前だけじゃない…)
今は年上のプライドで余裕を装っているだけだということを、きっと黄瀬は知らない。知らせるつもりも毛頭、笠松にはなかった。
いつだってこの後輩には格好良い姿を見せていたいと思うのが、先輩として、恋する一人の男として、当然のことだった。
***
店の前で笠松たちと別れた鹿島と堀はそのままぶらぶらと目的もなくウィンドウショッピングを楽しみ、目に付いたゲーセンにフラりと立ち寄ったり、移動販売のクレープの列に並んだりして男女としては無意識にデートっぽい休日を過ごしていた。
それぞれ違うクレープを買った二人は移動販売の店が設けた簡易テーブルの席に向かい合って座り、 主に鹿島がぺらぺらと喋る。
「さっき見た服、ちょっと良かったなぁ」
「それなら買えば良かっただろ?」
「う〜ん、でも私にはちょっと可愛すぎちゃって。あぁいうのは千代ちゃんとか可愛い子に似合うんですよ」
「そういうもんか?良く分からないけど」
舞台衣装ならトコトン拘るが日常で着る服には特に拘りのない堀は首を傾げた。
「そういうものなんで…あっ!」
「今度は何だ」
「先輩。中学の時、制服何でした?」
どうしていきなり話が制服に飛んだのか、いつも鹿島を相手にしている堀はいつもの事と疑問を流して答える。
「中学の時は黒の学ランだったな。高校入って初めてブレザー着たわ。お前は?」
そして次いでに堀は聞き返す。
「私の所も学ランでした」
「誰が男子の制服を訊いた。まさかお前、学ラン着てたわけじゃないよな?」
「そんなことあるわけないじゃないですか!いや、でも文化祭ではちょこっと着たりもしたかな……あはは。で、私はブレザーでしたよ。髪だって今より少し長くてボブだった時もあるんですよ?」
指で髪の毛の長さをジェスチャーし、ホイップクリームとフルーツがたっぷり入ったクレープをかじる。堀も手にしたクレープを食べながらふぅんと、中学時代の今よりも髪が長くてブレザーと文化祭では学ランを着ていたという鹿島の姿を想像する。
「お前、今度その中学の時の写真持って来いよ。見て見たい」
「良いですよ。そしたら先輩も中学の時の写真持って来て下さいね」
「分かった。たぶん俺のは見ても何も面白みはねぇぞ」
きらきらと瞳を輝かせる鹿島に堀は一応釘を刺しておいた。それからまた話はあっちこっちに飛び、終始ご機嫌な鹿島の笑顔に堀も釣られて頬を緩めた。
「先輩のクレープも美味しそうですね」
「なんだ?欲しいのか?もう少ししかねぇけど、欲しいなら一口食うか?」
ほら、と食べかけのクレープを向けられ鹿島は僅かに身を乗り出してパクリと堀のクレープを一口貰う。
「ん、これも美味しいですね。ここって結構種類が多いから毎回どれ食べようか迷っちゃうんですよね」
「そんなに来てるのか?」
「は…いって、別に部活をサボってるわけじゃないですからね!部活が休みの日とかに千代ちゃんや先生(結月)たちと!」
いきなり慌て出した鹿島に堀の呆れた視線が突き刺さる。
「まだ何も言ってないだろ。ったく…」
「ははは…、いやぁ…。堀ちゃん先輩が誤解するといけないなぁ、なんて」
「バカか。お前が部活にちゃんと出るようになったのは俺が一番知ってんだよ」
そして度々、部活をサボっていたお前を捕まえていたのはどこの誰だと思ってやがる。
一口減ったクレープを堀が呆れた顔で、もぐもぐと食べる。鹿島も手に持っていた自分のクレープに再び口を付け、もそもそと食べながら視線を泳がせる。
「その節はどうもお世話になりました」
「ん…」
鹿島が部活をサボろうとすると堀が迎えに来て、手痛い指導が飛んでくる。それから演劇部へと毎回引き摺って連れていかれた。その反面、演技と顔に関して堀は鹿島を手放しで褒め契ってくる。だからまるで自分一人が堀の特別になったような気がしてしまう。そのせいでここまでその想いは育ってしまった。堀ちゃん先輩のバカ。それならもういっそ……最後まで責任とって付き合ってもらおう!
「これからも是非私の面倒見て下さいね」
「おー、いいぜ」
「……………は、…えっ?」
クレープを包んでいた紙をくしゃくしゃに丸め、自分で口にしておきながら返ってきた肯定の返事に目を丸くしている鹿島に、堀はイスから立ち上がり「お前のゴミは?」と普通に聞く。
「あ、すみません」と咄嗟に堀にクレープの紙ゴミを手渡した鹿島はハッと我に返って叫んだ。
「そうじゃなくて!先輩!今の、おーって…、いいぜって何ですか!?」
「は?まんまだろ。俺以外に誰がお前の面倒見れるって言うんだ」
野崎は色々と鈍感だし、佐倉は野崎しか見えてねぇ。若松は瀬尾のことで手一杯。御子柴に至っては自分のことでいっぱいいっぱいだろ。それで誰にお前を預けろと…?
「えーっと、それは…。えーっと、えーっと…………堀ちゃん先輩しかいないですね」
紙ゴミを移動販売の車の横に設置されているゴミ袋の中に捨て、堀は平然とした顔で「だろ?」と言って鹿島を振り返る。
堀が卒業してしまうと焦り、寂しいと心の中で一人、ばたばたと慌てていたというのに。いきなり何だ、この仕打ち。
堀は涼しい顔をして鹿島の寂しいと思う気持ちごと、さらりとかっさらっていってしまった。
「なんか、先輩、ずるい…」
二歩、三歩と距離を縮めた堀は、頬を薄く紅く色付かせて、イスに座ったまま俯いた鹿島の青みがかった頭の上にぽんと右手を乗せる。
「そうかよ」
「そうですよ」
顔を上げられない鹿島に堀はゆるりと頬を緩めて鹿島の頭を優しくぐしゃぐしゃとかき混ぜた。
(何も寂しいと思ってるのはお前だけじゃないんだ…)
鹿島を残していく俺の方が何倍も心配してるなんて、きっと鹿島は思いもしないだろう。そうなるように堀自身が仕向けたのだから。役者としては堀の方がまだまだ上手だった。
いつだってこの後輩には余裕のある姿を見せていたいと思うのが、先輩として、恋する一人の男として、当然のことだった。
***
そして、3月…。
笠松は海常高校を、堀は浪漫学園を卒業した。
さらに4月…。
笠松の部屋に出入りする黄瀬の姿が度々みられるようになり、大学の門前にて堀にシバかれる鹿島の姿が時折みられるようになった。
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