君と俺がこうして仲良く隣にいられるようになって三年がたった今日、自分でもやりすぎかなと感じながらも彼女に白い花束をあげた。甘い花に顔を近づけながら「アイボリーね」と言った彼女はいつもよりずっと女の子らしくみえた。そんなことを言ったらその見た目とは裏腹に強い腕っ節が飛んでくることは重々承知の俺はあえてなにも言わずににっこりと笑って彼女の隣に腰掛けた。

「そっか。ヒロトとつき合いはじめてもう三年か」

長いようで短いんだね。いまだに目線を花にやりながら彼女は言う。短いと言うけれどあの頃に比べたら俺たちは心も、もちろん体だって大きくなった。何よりものの考え方とか価値観とか、ただサッカーを楽しんでいたあの頃とは似て非なるほどだ。「私ね」急に、静かな水に小石を投げ入れたように突然、彼女が口を開いた。

「本当は、ヒロトこと、あんまり好きじゃなかったの」

最初の頃、ほんのすこしだけど。彼女のあまりにも予想していなかった発言に心臓がドクリと鈍く鳴った。

「本当に最初の頃だけだからね?私はヒロト好きだし、ヒロトがいないとだめだし、さ。でも、ね、なんていうのかな。エイリア時代のヒロトは嫌いだった、な」

嫌いというより気持ちが悪かったに近いかな。遠くに目を投げて彼女がいう。俺は複雑な気持ちを抱きながらもなにも言わずに次の言葉を待った。
彼女がそう言う告白をするのはめずらしかった。第一好きとか愛してるとかそういう言葉自体あまり聞いたことがない。どちらかというと、彼女は言葉ではなく態度で愛情を伝えるタイプだった。あまりベタベタするのも嫌いだし、束縛などもってのほか。したらしただけ無意味だ。そこらへんの女の子よりもドライな考えるを持っている彼女を見て、俺のことをかわいそうに言う奴もいるけどはっきり言ってこの一定の距離は安心できるほどだった。相手を思っているからできる距離と言うべきか。とにかく彼女は人との距離を大事にするような人だった。だからだろうかいつもの会話よりいびつでぎこちなく聞こえるのは。こういう話題をあまり話したことがないからだろうか。

「あの時のヒロトはさ、お父さんに可愛がってもらいたくてお父さんに必要とされたくていい子にしてたでしょ?」

ていうよりいい子してた、みたいな?淡々と放たれる言葉に俺は確実に俺の深く柔らかいところを刺激してくる。チクリと刺す痛みは彼女が言っていることが事実だからだろうか。それともそんなことを彼女が感じていたからだろうか。「でもね」彼女が言う。

「あの頃があったからこそ今のヒロトがあると思うんだ」

その言葉にはっとする。彼女は照れたようにはにかみながら続ける。

「あの頃がなかったら私はヒロトを好きにならなかったと思うし、第一ヒロトに会うことができなかったでしょ?」

すっごくくさいこと言ってるけど、本当にそう思うんだよ。彼女がまっすぐ俺を見つめる。そのどこまでも黒い目が俺を愛おしいとでもいうように細められた。

「ありがとうね、ヒロト」

だいすきだよ。するりと隣あっていた手が重なる。そこからじんわりじんわりと心の奥があたたかくなっていく感触がした。全身に電気が走ったようにもどかしくて、どうしようもなくて。「俺こそ、ありがとう」そう言った声はわずかにかすれていた。


魔女の指先でロマンス


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