「柚魅!いけいけどんどんだっ!!」

『いやいやいやいや!小平太、意味がわからん!意味わからん!!』

「……小平太…柚魅が困っている……。」

『そうだぞー、小平太!』

「ちえーっ。」





目を閉じれば楽しかったあの日を思い出す。当たり前として存在していたあの日。もう二度とやってこない、あの時。小平太は暴君で、いつも俺は振り回されていた。長次はいつだって俺を助けてくれた。支えてくれた。





「あ───!!!」

『わ───!!!』

「何でお前も驚いてんだよ。」

『そういう細かい所気にしちゃ駄目だぞ、留。』

「ちょ、ちょっと!二人とも何でそんなに傷だらけなの?!」

「俺は文次郎と喧嘩してた。」

『俺はそれの仲裁してた。』

「ばかーっ!!」





いつも側には皆が居た。いつも怪我をしていた俺を心配して、そして治療してくれていた伊作。俺が迷って立ち止まった時、背中を押してくれたのはいつもお前だったな、留。





「まだまだ鍛錬だ!ギンギーン!!」

『ギンギーン!!』

「煩いぞ、文次郎。お前ものるんじゃない、柚魅。」

『いいじゃん。仙蔵も一緒にギンギンしようぜ!』

「ギンギーン!…満足か?」

『「何だその蔑んだ目は。」』





いつだって俺が笑っていられたのは、皆のお陰だった。いつも見下してきたけど、何だかんだ言って優しい仙蔵。今でもあの厳禁の時の顔は忘れられない。鍛錬馬鹿でギンギンで煩い文次郎だけど、誰よりも頼りになった。





そんなお前らとも、もうお別れなんだ。だって───…





「やっと見つけたぞ───柚魅。」

『…仙蔵。』





俺は、“忍術学園の敵”だからね。





「巻物を何処へやった。」

『やっぱり仙蔵が一番切り替え早いんだなあ。』

「質問に応えろ!」





仙蔵がキッと俺を睨む。おお、怖っ。昨日の友は今日の敵…ってね。昨日までは普通に話して笑い合ってたのに、今では殺気放出しまくってる。“敵”“味方”のスイッチ切り替えの上手い奴だ。反対に伊作なんか、下手そうだ。仮にも六年間忍術学園に居たのに。





「嘘でしょ…?ねえ、柚魅…。」





ほら、ね。六年間も一緒に居たんだ。大体のことは分かる。留も若干辛そうな顔をしている。長次は変わらない。相変わらず、無表情な奴だなあ。文次郎も睨んではいるが…。





『殺気がいつもの半分くらいしか出てないぞー?文次郎。動揺しちゃってるのかなぁ?』

「!!ッたわけが…。」





文次郎の目が一瞬揺らいだ。俺はにこり、とあの頃と同じ顔で笑って見せた。伊作の瞳に涙が浮かぶ。若干だが、小平太の瞳も赤い。





『あぁ、因みに君達が心配して止まない巻物はコレかなあ?』

「───!!」





ひょいっと懐から巻物を取り出して掲げてみれば、仙蔵からの殺気が倍増した。うわ、それ以上殺気出せたんだなあ。うんうん、きっといい忍になれるよ。俺とは違うからね。





『正直な話、こんなもんはどうでもいい。』

「───なら何故盗み出した?」

『敢えて言うなら暇だったから?』





にへら、と締まり無く笑うと仙蔵の手が素早く動いた。その手から“ソレ”は俺の背後、遥か遠くに放たれ、大きな爆発を起こした。爆風によって俺の後ろ髪が頬を掠って前に流れた。ゆらゆらと俺の髪が宙に舞う。





「───嘘だ。」

『…長次。』





しっかりと俺の瞳を見て言った。何もかも見透かされている様な錯覚に陥る。仮にそうだったとしても、別に関係ないのだけれども。だって自分もそうなのだから。皆の考えていることだって大体分かる。果たしてそれは忍としての読心術か、長年一緒に居た月日のせいか…。





『なら、巻物を盗んだ理由は何だって言うんだい?』

「それは本人しか分からない。」

『尤もだ。』

「けど…お前が嘘を言っていることくらい…分かる。」





にこり、と笑ってみせた。視界の端で小平太が動く。





「私達っ、友達じゃなかったのか?!」

『…小平太。』

「私は今でも柚魅は友達だって信じている!!」





ついに、小平太の頬に涙が流れた。興奮した小平太は、今すぐにでもこちらへ歩み寄って来そうだ。そんな小平太を留は抑えている。───何も、変わってはいないんだ。





そう、俺が変わってしまっただけ。





「…柚魅は、何も変わってはいないよ。」





伊作がポツリ、と呟いた。涙がボロボロと溢れ出ている。しかし、しっかりとこちらを見つめ、言い切った。





「嘘を吐く時に拳を握り締める癖も、辛い時に右下を見る癖も、何も変わってない!柚魅のままだ!!」

『───伊作。』

「あと、辛い時に作る笑い顔も昔と同じ、酷いままだな。」

『相変わらず酷いなあ、文次郎は。』

「話す声だって昔のままだ。」

「私達を見る目だって昔から何一つ変わらない!」

『留…小平太…。』





つつつ…と、俺の頬を一筋水が伝った。心を満たす真っ黒な水に、一滴、綺麗な水が落とされた。本来ならば黒が勝つはずなのに…。





あぁ、心が透明を取り戻す。





「…そういうことだ。」

『仙蔵…。』





いつの間にか目の前に立っていた仙蔵が俺の涙を綺麗な手で拭う。長次も静かに頭を撫でた。





俺、ここに居てもいいのかな…。俺、ここからやり直せるのかな?また、一からここで…





いや、無理な話か。忘れるな、俺は“忍術学園の敵”だ。皆の友であり敵である。しょうが、なかったんだ…。





君達ヲ我ガ手デ傷付ケル位ナラ、イッソ自ラの生命ヲ…。





ドンッ





「───柚魅?」





驚きで見開かれた仙蔵の目と視線が交わる。あぁ、ここでお別れだよ。俺という存在は端から無かったことに。





『ありがとう。』





今までありがとう。俺を友達だと言ってくれて、ありがとう。差し出してくれた手も、優しく励ましてくれた声も、何もかも、俺には綺麗すぎたよ。





高い崖の上から、一歩足を踏み出す。俺の体は重力に従って真っ直ぐと…





「柚魅───!!!」





ごしゃっ





あぁ、俺は、幸せでした。





(もしも生まれ変われるならば)
(その時はまた、友として…)


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