嗚呼。僕が僕で居られるのは、君が其処に居てくれるという本当に些細な事で。君の顔も、君の声も、君の仕草も、全て愛しい。
『伊作。』
花のように優しい香り。君の声は小鳥の囀ずりの如く。心地好い、春の全てを君は持っていた。
『卒業おめでとう。』
「柚魅もね。」
今日で私達は卒業。それはくのたまである柚魅も同じで。お互いに、もう、あの深緑色の制服や桃色の制服を身に纏ってはいない。あぁ、今日で卒業なんだと実感させられる。
『伊作はあの城に配属だったっけ?』
「うん。柚魅は…。」
『利吉と同じ、フリーの忍者でーす。』
“利吉”。
ズキリ、と痛む。あぁ、そうだ。そうだったっけ。彼女は彼に憧れてたんだ。幼馴染みである彼に憧れて、くの一を目指してたんだった。君があまりにも屈託なく笑うものだから、すっかり忘れていたよ。
あぁ、そうか、
僕の願いは叶わないんだ。
ジクジク、心が痛い。
ドクドク、鼓動が速い。
ジンジン、目蓋が熱い。
キンキン、耳鳴りがする。
「……。」
『…伊作?』
柚魅が黙り込んでしまった私に気付いて心配してくれる。なんて優しいんだ。でもやめてよ、
嗚呼。僕が僕で居られるのは、君が其処に居てくれるという本当に些細な事で。君の顔も、君の声も、君の仕草も、全て愛しい。
なのに、
「好きだったよ。」
『え…?』
「ずっと、柚魅のこと、好きだったよ」
君は彼を追うのだね。
『───ありがとう、伊作。』
「…うん。」
花のように優しい香り。君の声は小鳥の囀ずりの如く。心地好い、春の全てを君は持っていた。
春は去る、桜の花弁と共に。ふわり、と柔らかな薫りを残して。切なる気持ちを抱かせて。
君は笑う、「ありがとう」と。優しい君は僕を傷付けない。逆に辛いよ。春は優しく傷付けて気付きもせずにまた遠く。
『それじゃ、“またね”。伊作。』
「うん、“また”…。」
桜は一年後に戻ってくる。何も変わらず、美しく可憐なまま。君と“また”会うとき、
(君は味方?それとも敵?)
(叶うなら、友として…。)