彼、の代名詞 4




「ただいまー」


ガチャ、と玄関のドアを開ける。

背中に朝日をいっぱいに浴びながら、ふう、と溜め息を吐いた。

編み上げのブーツを脱ぎつつ、なんだか違和感がして、何だろうと考えてみる。

と、案外すぐに答えは出た。


おかえり、が聞こえない。

あたしが帰ってくると、いつもなら遥斗がそう言ってくれるのに。


変だと思って、もう一度、


「ただいまー」


と言ってみるけど、返事は聞こえず。

その代わりに、足音が聞こえてきた。


顔を上げると、スウェット姿の遥斗が立っていて。


「あ、遥斗、ただいまー」

「……りえ」


目を擦っている様子を見ると、まだ寝起きらしい。

そりゃ、そっか。

土曜日の午前8時なんて、まだ寝ていてもおかしくない時間だし。


「ごめん、起こしちゃった?」

「や、どっちかって言うと……起きてた?」

「え、なんで疑問形なの?」


右のブーツを脱ぎ終えて、左を脱ぎにかかる。

編み上げのブーツって、可愛いけど履いたり脱いだりが面倒くさいんだよね。

そう思いながら、ちらりと遥斗を見上げると、


「早くブーツ脱いで」


……、あれ?

ちょっと待って、もしかして、不機嫌?


少しもたつきつつも、なんとか左のブーツも脱いで、問い掛ける。


「遥斗」

「……ん」

「なんか、不機嫌?」

「……そうかも」


これはちゃんと話を聞いてあげたほうが良さそうだ、と思って遥斗の手を引きリビングに入る。

ソファに座り、隣を叩くと遥斗はそこに座った。


「何かあった?」

「別に」

「何もないのに不機嫌?」

「……ん」


ちっとも分からないんだけど。

あたしが何かしたのかな、と思い巡らす。

でも、昨日はミサが失恋したっていうから、カラオケオールに付き合っていた。

だからあたしは今帰ってきたわけで、そうなると遥斗に何かしたって可能性は低そう。


えー、じゃあなんで機嫌悪いんだろ。

そう考え始めたとき。


「……寝不足」

「え?」


ぽつり、呟いた遥斗に聞き返せば、


「寝不足」


再び同じ言葉を繰り返される。


「寝不足? どうして寝不足なの?」


単純に不思議で、そう聞いてみると、顔を逸らされた。

え、なに。

どういうこと?


「はるとー?」


よくよく見ると、ちょっと顔が赤いような気がする。

気のせいかな?


顔を覗き込んでみても目を合わせないものだから、


「遥斗ってばー」


腕を掴んで揺さぶってみる。

すると、観念したように遥斗は顔を上げて。


「……ったから」

「え?」



「りえがいなくて、落ち着かなかったから」



むすっ、と拗ねたようにそう言った遥斗。

その頬はやっぱり、ちょっと赤い。


それは、つまり。

あたしが夜にいなかったことに対して拗ねてる、って解釈でいいんだろうか。


ゆるゆると上がっていく口角。

ふはっ、と思わず零れた笑い声。


「あたしもオールだったから、寝てないんだよねー」

「……へー」



「ねっ、一緒にひと眠りしよっか!!」



ぱっと両手を広げてそう言うと、腕を掴まれ引き寄せられた。

そして、ちゅ、と短く唇がぶつかったかと思えば。





「おかえり、りえ」



耳元で呟いた遥斗に、そのままぎゅうっと抱きしめられた。



―fin―
「遥斗、ただいまー」
「おかえりー」
「ただいまー」
「りえ、好きー」
「あたしも遥斗好きー」
「……」
「……」
「……眠いな」
「うん、眠い。おやすみー」



 * 20111113

もう、本編は読み返したくないくらいのひどいものになっているのですが(笑)、第二回キャラアンケでも1位だったのでね、かなり昔にちらっとリクエストしていただいたものを書いてみたりしました。
気に入っていただけたら嬉しいです。
いまだに【彼、の代名詞】が好きだと言って下さる皆さま、私としては穴があったら入りたい状態ですが、いつも本当にありがとうございます、大好きですー!!




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