彼、の代名詞 3




「あ、遥斗くん」


アパートの階段を上っていると、後ろから声をかけられた。

振り向くと、隣の部屋の垣内さんが、少し後ろでおーい、と手を振っていて。


「こんにちは」


両手に持っていたスーパーの袋が重たそうだったから、階段を下りて、そう言いながらそれを奪うと


「こんにちはー、元気だねー、高校生はー!!」


垣内さんは嬉しそうに笑った。

曖昧に笑って返し、並んでアパートまで歩く。

スーパーの袋から飛び出している長ネギが、足を進めるたびに揺れた。


「そういえば、遥斗くん」

「はい?」

「りえちゃんとはどう?」


突然言われた言葉に、一瞬戸惑いながらも


「普通ですよ?」


と答えると、垣内さんは楽しそうに笑う。


「普通ねー、普通かー!!」

「?」

「あっはは、それは順調ってことだね!!」

「ああ、まあ、順調ですね」

「いいねいいねー、若いっていいね!!」


……どうしたらいいんだ、この人。


「私なんかさー、今日も会社で上司の愚痴聞いてさー、彼氏にはまたフラれるしさー……」


……だんだん遠い目してってるんだけど。


「そうですか」

「ああ、まあ、幸せ絶頂期の君には分からないよね……」

はい、分かりません

「うん、遥斗くんのそういうところ、いいと思うよ……」


垣内さんの部屋の前まで到着すると、


「じゃあねー、ありがとう、若者よ……」

「はあ」

「りえちゃんと仲良くねー……」


と、最初の元気さは何だったのか、というぐらいの表情を見せ、部屋に入っていった。


……なんか、疲れた。

早くりえと話したい。



「……遥斗」



そう思っていた矢先、すぐ後ろでりえの声がした。


振り向くと、やっぱりりえがいて。


「りえ、おかえり」

「……ただいま。遥斗もおかえり」

「うん」


……?

なんか不機嫌じゃね?


不思議に思いつつ、鍵を開ける。

俺が先に靴を脱いで、部屋に入ると、りえも俺に続いて靴を脱いだ。



が。



一向に玄関から動こうとしない。


「……りえ?」

「……ん」

「なにしてんの?」

「……ん」

「いや、【ん】じゃなくて」

「……ん」


え、まじでなに?

俺、何かしたっけ。


機嫌悪そうな顔をしたりえを見ながら、首を傾げる。


「りえ」

「……」

「りえ」

「……」

「りえ」

「ねえ、遥斗」


突然口を開いたりえに、驚きながらも


「ん?」


と身をかがめて、顔を覗き込む。



と。



いきなりきゅっと掴まれた肩。

一瞬にして暗くなった視界。



ちゅ、と音を立てて触れるだけのキスをして、離れていくりえ。



……は。

……え、なに。



「ああーー、やだ」

「は?」

「ごめん、ヤキモチ妬いた」

「……は?」

「だって、遥斗、垣内さんの袋持ってあげてたし」

「……」

「部屋の前まで送ってあげてたし」

「……」

「めったに女の人と話さないのに、普通に仲良さげだっ……」


言いかけたりえの口を塞ぐ。



なんだそれ。


「可愛すぎ」


唇を離して、そう言うと、りえは顔を真っ赤にしていた。



―fin―
「ぐあー……、恥ずかしい……」
「可愛い」
「垣内さんなのに……!!」
「……まあ、困ってたおばあさんの風呂敷持ってあげたようなもんじゃん」
「いやいや、それは垣内さんに失礼だから……!!」



 * 20100920

リクエストしていただいていた【ヤキモチ妬くりえ】を書きました。
本編以来、全く出番のなかった、お隣りの垣内さん。
……覚えていらっしゃいますか。←
番外編だけでしか出番のない山田の方が、認知度高いんじゃないか、と思う今日この頃です。笑






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