セピア -sepia- 2




「はい、じゃあ書けたら班で集めて私のところに持ってきてー」


七月七日、学活の時間。

一人一枚ずつ配られたのは、色とりどりの短冊。

近所の人が提供してくれた笹にそれを飾るのは、この学校では毎年恒例の行事で。


「たなばたやっふー!!」

「みどり、うるさい」

「あうっ」


すかさず隣から飛んできたデコピンに額をさする。

やっぱり中指は痛いです、柊さん。


「でも柊さん、一年に一度やに? テンション上がるやろ?」

「彦星と織姫が浮かれるのは分かるけど、みどり関係ないだろ」

「いえーい!!」

「聞けよ」


自分には関係ないことだとしても、いつもと違う特別な日っていうだけでわくわくする。

しかもお願い事を聞いてくれるなんて素敵すぎるよ七夕、太っ腹だよ七夕。


「由香、どんなこと書いた?」

「まだ書いてないよ。たっくんは?」

「俺は世界平和って書いた」

「たっくん毎年世界平和祈っとるね」


前の席で由香とたっくんが話しているのを聞きながら、あたしもペンを取り出す。


「宿題とテストが滅びますように!!」

「ワタルうるさーい」

「はあああ!? きょんのがうるさいしな!!」

「意味分からんわ」


ワタルのキンキンと高い声はざわざわと騒がしい教室にも響く。

きょんちゃんとの言い合いがまた楽しそうだ。


「ねえねえ、柊くんは何書いたのー? ちなみに私はもっとメイクが上手くなりますようにって書いたよっ!! 良かったら参考にしてね」

「いや俺化粧しないし」

「あははっ、冗談だよー」


スミレちゃんは今日も巻き髪ハーフアップ。

退屈そうにしている柊は、もう書き終わったみたいだ。


みどりは緑色ね、と言われて配られたまだ一文字も書いていない薄い緑色の短冊をじっと見つめる。

窓の外では蝉が鳴いたり、鳴き止んだりしていた。

膝丈のスカートはちょっと暑い。



お願い事。

お願い事、かあ。

そうだなあ。



今、一番のお願いは――。






「……で? みどりはなに書いたわけ?」


そう言いながら隣から柊が短冊を覗き込んできたから、裏返して隠した。


「しゅー、知りたい? ねえ知りたい?」

「あー面倒くさいからやっぱ聞かないでおく」

「えええっ!! 聞いてよ!!」

「知らね」

「あがっ」


本日二回目のデコピンに額を押さえる。

もー、だから中指痛いってばー。

目で訴えようと柊を見るけど、完全に無視された。


「みど、柊、書けたなら回収するでー」

「はーい」


こちらを振り向いたたっくんに、裏返したまま短冊を渡す。

柊も頷いて、同じように短冊を渡した。


……あれ、そういえば。


「柊は何て書いたん?」


不意に気になって、そう尋ねると。




「……言わない」


柊はちらりと私を一瞥して、静かにそう言ったのだった。








 * * *








「しゅー、今日めっちゃ星見えとるよ」


縁側のほうで、みどりの声が聞こえた。

チューハイとビールを一本ずつ冷蔵庫から出して、俺もそっちに足を向ける。


「あ、電気消したほうが見えるかも!!」

「じゃあ消す?」

「消してー」


すぐそばにあったスイッチを押せば、嬉しそうな声がした。


「わー、すっごー」

「ん」

「あ、ありがとー」


縁側に座っていたみどりにチューハイを渡して、俺も隣に座る。

ビールを開けながら空を見上げると、そこには無数の星が散らばっていた。


「すげー……」

「ね、めっちゃ綺麗やんね」


そう言うみどりに頷けば、みどりは嬉しそうに笑う。


七夕にこれだけ星が見えているのは久しぶりな気がする。

毎年雲が多かったし、何より東京ではこれだけの星は見えなかったから。



ビールを煽り、ぼんやりと空を眺める。

隣でみどりもチューハイを開けていた。


「あ、そういえば今日あの授業したよ」

「あの授業?」

「ほら、学活で短冊書いたの覚えとるやろ?」


そう言われて思い出したのは、何年も前の七夕。

授業で一人一枚短冊を書いて笹に飾ったあの時のこと。


「ん、覚えてる」


そう言って頷くとみどりはあの頃を思い出すかのように目を細めた。


色とりどりの短冊と七夕飾り。

近所の人から提供された笹はすごく大きくて立派なものだった。


「あの時は、まさか将来自分が授業する側になるなんて思ってもなかったわー」


のんびりとそう言って缶に口を付けるみどり。

その横顔を見ていたら、ふと過去の疑問が浮かんできた。


「結局あの時、みどりは何て書いたわけ?」


そう尋ねる。

と、みどりの肩がぎくりと動いた。


「え、……ひみつ」

「なに、その微妙な間」

「知らん」


明らかに動揺しているのが丸分かりで、そんな反応をされると聞きたくなるのが人の性というもので。


「なんで」

「無理無理」

「言えよ」

「しーん」

「おい」

「……」

「みどり」


細い手首を掴んで引き寄せる。

覗き込むように顔を見れば、何故か頬が赤くて。


「しゅー、顔近い……」

「言ったら離す」

「ええええ……」



ゆるりと生温い風が吹く。

ちりん、と風鈴が鳴る。


みどりは観念したように息を吐き、そして小さく呟いた。




「……“みんなとずっと一緒にいられますように”」



それを聞いて思わず笑うと、みどりは怒ったように俺を見て言った。


「なんで笑うん!?」

「いや、それだけのこと言い渋るって……うん」

「え、え、なに?」





つまりそれ、“みんな”の中に俺も入ってるってことでいい?




顔を近付けたままそう尋ねると、みどりは顔を真っ赤にしながら、物凄い勢いで離れていった。




―fin―
「柊は何て書いたんよ?」
「みどりとまったく一緒のことでした」
「……ぬ、お、え?」
「はい以上」
「えええええ!!」
「うるさい」
「ぬおっ」
咄嗟のデコピンは照れ隠し。



 * 20130707

七夕SSとして書いた話なのですが、あまりにも雑だったので公開するのが恥ずかしくなって一カ月限定公開という形になったものです。
受験期は一年間サイトを縮小運営していたので、一年ぶりに書いた柊みどでした。
夏になるとこの子たちを書きたくなる不思議です。笑





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