セピア -sepia- 1 「ごろごろごろごろー」 「おい、転がるな」 「ふっへへー」 はあ、と溜め息を吐く。 そんな俺を気にする素振りも見せず、みどりは縁側で転がっていた。 机の上には酎ハイの空き缶が無造作に並んでいる。 「……みどり、飲み過ぎ」 その缶の多さに呆れる。 「飲み過ぎとらんよー、ふはははは」 「完全に酔ってるだろ」 「もう大人やもーん、そんなすぐに酔わんよー」 「大人とか関係ないし」 「だって今日金曜日やしー、明日仕事休みやしー、ちょっとくらいはっちゃけてもいいやーん」 「はっちゃけすぎだっつの」 「よっし、もう一本」 寝そべりながら机の上に手を伸ばし、手探りで酎ハイを探すみどり。 これ以上飲ませたらさらに面倒くさいことになると判断し、まだ開いていない缶をその手から遠ざけた。 「はい終わり、もう無いから」 「えー、嘘やろー」 「嘘じゃないし」 「うーがー」 バンバンと机を叩きながら缶を探している様子を見ると、その事実に納得していないようだ。 何を言っても無駄だろうと思い、しばらくみどりの手を観察していると、その手は不意に俺の手に触れた。 「……んー? これ、柊の手?」 自分が何に触れたのか理解していないらしく、みどりは確認するように俺の手を掴む。 「うん、そう」 「おー」 頷けば、何故か感嘆の声を上げる。 「ふははっ」 「なに」 「柊の手掴まえたー、ふふっ」 「……」 「ほらほらー、柊もごろごろしよー」 「う、っわ」 ぐいっと引っ張られて、身体が傾く。 思いっきり油断していたため呆気なく体勢は崩され、みどりの隣に寝転がる羽目になった。 「ふっふー、柊だー」 真正面にいきなり緩んだみどりの顔が現れて、心臓に悪いというか、何というか。 「お前な……」 「ふふん」 「……離せ酔っ払い」 「離さんよー、柊の手やもーん」 「意味が分からない」 「ふっふーん」 小指、薬指、中指。 順番にぎゅっぎゅっぎゅっと握り、さらに人差し指、親指。 そしてみどりは満足したようにふにゃりと笑って、すべての指を自分の指と絡めた。 「ふっはは、おっきい手やなー」 「はいはい」 「ゴツゴツしとるなー」 「あーそう」 繋いだところから、じんわりと温もりが伝わってくる。 開けっ放しの窓から緩やかな風が流れ込む。 二人分の手を翳して恍惚としたようにそれを眺めて、みどりはゆるゆると目を細める。 「っていうか、みどりの髪ぐしゃぐしゃなんだけど」 「ほっほー、ぐっしゃぐしゃー」 「……」 「しゅーのてーはごっつごつーふんふーん」 よく分からない歌を歌いながら手を見つめたままのみどりは、髪を直す気もなければ手を離す気もないようだ。 あの頃よりも少しだけ大人になって、化粧をするようになったみどりの瞼にはうっすらと茶色のアイシャドーが乗っていて。 俺と同じくらいの大きさだったみどりの手は、いつの間にか一回り小さくなったように思う。 それはきっと俺の手が大きくなったから、そう感じるだけだろうけど。 薄いピンクで彩られた爪は、不思議とみどりに合っていた。 「……大人に、なったのか」 「そーやにー、大人になったんよー、っていうかいきなりどうしたーん?」 「別に」 「えーなにそれー」 けらけらと笑うみどりを見て、小さく指に力を入れてみる。 そうしたら同じ強さで握り返してくるから、またぎゅっと握る。 チリン、と風鈴が音を立てる。 「もうすぐ、秋やねー」 「うん」 「ひへへっ」 「……笑い方が不気味なんだけど」 そう突っ込んだけれどみどりは気にも留めず、もぞりと動いて俺を見つめて。 「今年の秋は、一緒にいられるね」 至極、嬉しそうに笑うから。 自分の心臓の音が少し大きく聞こえた。 「それ、俺はどう受け取ればいいわけ?」 「……」 「おい」 「……」 「……みどり」 まさか、と思って顔を覗き込む。 その瞬間、一気に肩の力が抜けた。 「……すー……」 「なんでこのタイミングで寝るんだよ」 みどりは幸せそうに頬を緩めながら、寝息を立てていて。 離れようと試みても手はしっかりと繋がれたままで。 しまいには頭をぐりぐりと俺の肩に埋めてきた。 あーあー、もう。 「ばーか」 熱くなった自分の頬には気付かないふりをして、精一杯の悪態を吐いた。 ―fin― 「ただいまーって、えー……。なんでこいつら二人とも仲良く寝とんの……」 帰宅した俊彦が一人虚しくそう呟いていたことは、俺もみどりも知らない。 * 20130101 【セピア -sepia-】の本編後です。 本編のラストがああいう感じだったので、どんなふうにも取れるような番外編にしてみました。 私自身受験生なうでして、息抜きのつもりで4月頃からぽちぽち書いていた話だったりします。笑 ⇒ 次へ / 一覧に戻る (C)After School |