夏の夜を走った




「さち」

「嫌です」

「まだ何も言ってな……」

「嫌です」

「……」

「……嫌だからね」

「一緒に」

「嫌です」

「風呂」

「嫌です」

「入ろうよ、幸」

「嫌です」


ぴしゃり、と言い放ち、純の腕から脱出する。

結婚してから、純は毎日こんな感じだ。



不満そうに口を尖らしているのは、見ないふり。



台所に行き、ココアを一口飲みながら、純のために淹れたコーヒーを持って縁側に向かう。

純はコーヒーに何も入れない。

苦くないのかな、と思いつつ、マグカップを渡すと


「ありがとう、幸」


と笑うから、それだけで嬉しくて。

うん、と頷き、隣に座る。

両手でマグカップを持ち、ぼーっと庭を眺める。


最近は、日が暮れるのも早い。

夏の頃は絶えず虫の鳴き声が聞こえていたけれど、今は静まり返っていた。


風は頬を刺すような冷たさを含んで、私たちに向かって来る。



「っ、」



少し寒くて、温かいマグカップに口を付ける。

それに気づいたのか、純が窓を閉めてくれた。


何も言わずに、当たり前とでもいうように閉めてくれたことが嬉しくて、笑みがこぼれた。


「……ふふっ」

「なに?」

「ううん、何でもないよ」


そう言うけれど、やっぱり頬が緩む。

そんな私を、不思議そうに見て、純はコーヒーを飲んだ。


「もうすぐ、冬が来るね」

「ああ、うん」

「早いね」

「ん」

「……最近、寒いしね」


きゅ、と。


どちらからともなく絡めた指先。

温かいマグカップを持っていたからか、それはじんわり熱を持つ。



ことり。



純が、マグカップを置いた音がした。

それに合わせて、私も置く。

純と指先を絡めた右手と、自由になった左手。



「さち」



私に近づいてくる、純の綺麗な顔。

それにゆっくりと目を閉じれば、吸い付くように重なる唇。


そのキスは、コーヒーの苦さとココアの甘さが入り混じっていて。



「……今日は寒いね」

「うん」



ぎゅっと抱きしめてくれる純と、熱を共有しながら。



私は、どうしようもなく幸せだと思った。




―fin―
「さち」
「ん?」
「やっぱり、一緒に風呂入ろうよ」
「……」
「……」
「……入浴剤いっぱい入れるからね」
「……幸、それは可愛すぎだ」



 * 20101024

この二人は、本編では暗いことが多かったので、番外編ではとことん幸せな話を書いてます。笑
タイトル通り、夏の話だったので、秋冬の話は書いていて新鮮でした。
ほっこりしていただけたら幸いです。




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