彼の思う道にナマエは含まれない。それはナマエとの関係はなかったことにするということを意味しているように思われた。

これでもう昨日までのように接することもないだろう。本当にシンドバッドの気まぐれだったのだとナマエは思った。ぞれぞれが全うする道を行く。これ以外の選択肢は無いと思っているし、これが良いと思っているのに、ナマエは喉の奥が熱いのが治らない。呼吸をしてしまうと涙が滲んでしまう気がして、息が浅くなる。シンドバッドがそんなナマエの心中を知ってか知らずか彼女の表情を伺おうと頬にかかる髪を避ようとすると、ナマエはシンドバッドの手を振り払った。

「すみません、もう戻らせてください」
「まだ話は終わってないぞ」
「私はもう、シンに話すことはありません…」
「お前…わかってるのか?俺の言葉の意味」

わかっている、彼は一国の王、彼女は文官の1人。ナマエは歪んだ感情がこもったまま答えようとした。

「俺はお前にそばに居て欲しい」

その言葉にナマエは唖然としてシンドバッドを見上げる。シンドバッドは先程と同じように真っ直ぐと彼女を見ていた。

「な、なにをおっしゃってるのですか…そんなの…」
「おかしいか?許されないと?」

これまでのことだって決して軽々しく誰かに言えるような関係ではなくて、しかもそこに何の感情も無いと思っていたのに、ナマエは混乱してただシンドバッドと視線を交えた。

「それじゃ嫌なんだ。そばに居てくれ」
「は…、シンは王様でしょ…何言って、だってさっき、俺の思った道を進むって…!」
「これも俺の思った道だよ」
「な、にそれ…」

ナマエは視線を下に落とす。今まで人の気持ちなど知りもしないで、ただそばに居ろだなんて…。
その言葉に対して生まれた自分の感情を憎んだ。何かが崩れるのを感じながらナマエは震える喉でゆっくりと息を吸った。

「シンは勝手に私の心に入ってくる…。私なら他の人みたいに易々シンのこと好きにならないとでも思ってたんですか…!?今までだって平然とするふりしてたのに…っ貴方が何を考えてるかさっぱりわからないし…っ!そばに居ろって言われても尚更訳が分からないし…!」
「…ナマエ」
「なのに、シンが、好きなんですよ」

それでも彼を拒絶しきれない。そう一気に捲し立ててナマエの眼からボロボロと大粒の涙が零れ落ちて地面に落ちた。まるでナマエの感情が溢れ出るのと比例するように。シンドバッドは今までにないナマエの様子に最初は目を丸くしたが、すぐに彼女の頬を包み込んだ。

「…顔、見ないで」
「…嫌だ。俺の顔を見て話せ」

真っ赤になって泣く姿も、張り上げた声も、シンドバッドの服を力強く握りしめる手も、全て見たことがないようなものだった。やっぱり全部そばに置いておきたい。

「好き、なんですよ!悔しい…!私ばっかりシンのこと好きで、馬鹿みたい…!ああ!!もう!泣かないようにしてたのに!貴方の所為ですよ!」

ボロボロと泣いては、手の甲で涙を必死に拭う。その姿が堪らなく愛おしくなった。おそらくシンドバッドは最初からナマエをそばに置いておきたかったのだ。無意識に本気になってはいけないと中途半端に線を引こうとしていた。けれど、ナマエがどこかに行こうとした瞬間に手放したくなるなんて。今回は自分ですら欲しいものに気付けていなかったのだ。シンドバッドはナマエの額に口付けて、彼女を抱き締めた。

「今までみたいに話したり、一緒に眠ろう。ナマエとそうしていたい」
「馬鹿みたい…!それが良いって思ってしまうなんて」

シンドバッドの胸元からくぐもった、悔しそうな声が聞こえる。彼女の笑顔を見られるようにこれから挽回する必要があるようだと、シンドバッドは小さく笑った。今までみたいにあきれたような顔でも良いから、微笑んで、笑って欲しい。


一緒に同じ夜や朝を迎えよう。そんなの今までと変わらないように感じるけれど、これまでのように2人の心が離れ離れのものではないようだ。

あきれた顔して笑ってよ

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