「シン!また手が止まっていますよ!!」

ジャーファルの声で、シンドバッドはゆっくりと意識を現実に戻す。それでも心此処にあらずといった様子なのは、シンドバッド以外にはわからなかった。

「…ジャーファル、欲しかったものを我慢したことがあるか?」
「何を突然」
「例えば他にも欲しい人がいるかもしれないと思って自分がそれを欲しいことを誰にも言えないとか」
「ハァ…また何を考えてらっしゃるんですか、シン」
「例えの話じゃないか。まったく想像力がないな、ジャーファルくんは」
「それで結構です。ハイ、これとこれとこれ、目を通してサイン」

ジャーファルが軽く溜め息をつくと、シンドバッドも同時に息を吐き出した。何故お前が溜め息をつく、とジャーファルがシンドバッドを一瞥する。特に変わった様子はないが、突然あのようなおかしな質問をしてきたことに多少の疑問を感じた。何か言いたいことでもあるのだろう、と仕方なく口を開く。

「シンは我慢しているのですか?」

シンドバッドが顔を上げてジャーファルを不思議そうに見つめると、ジャーファルは何を企んでいるのか知らないが、と続けた。

「本当に欲しいものがある時、貴方はそれが欲しいとハッキリ言ったことはほとんど無いので誰かにその質問をされても貴方の参考にならないのでは?いつも何かしでかしたと思えば、欲しいと思ったものがあるからで、私達が気付けばいつの間にかそれを手にしている。我慢が効かないと言ったところでしょうか」
「ハハ、いつも上手くいってる訳じゃないけどな」
「でも、そうやってあなたは欲しいものを手にしてきたじゃないですか」
「そうか…変なことを聞いてしまった。ちょっと頭を冷やしてくるよ」
「そうですか…ってそれとこれの何が関係あるんだ、オイ、仕事しろ」

休憩だよ休憩、そう言ってシンドバッドは少しの間だけ部屋を出た。


欲しいもの、なんてもう我慢してしまった所為で手に入れられないのだけれど。しかも誰かと添い遂げることはないと決めているし、彼女がどこにも行かなかったとして自分はどうするつもりなのかも考えていない。だから結局酒を飲んで女に囲まれていれば良いじゃないか、という結論に至ってしまうのだ。

こんなことで悩むのは止そう、そうシンドバッドが思ったとき、聞き慣れた声で名前を呼ばれた。いつも起伏があまりないけれど心地良いトーンの声の持ち主は、今朝と同じ格好で目の前に立っていた。

「あ、ああ、おかえり、ナマエ」
「ただいま戻りました。今からお伺いしようと思ってたんですよ」
「そうか…」

シンドバッドはナマエと目を合わせられず、視線をそらして頭を掻いた。

「縁談の件なのですが…」
「おめでとうナマエ、幸せになるんだぞ!」

ナマエは目を見開いてシンドバッドを見上げる。まだナマエは何も言っていないが、彼女の言葉の続きを聞くのがシンドバッドは嫌だった。

「シ、シン…」
「いやあ、寂しくなるがめでたいな!今夜は宴にしよう。ジャーファルもきっと許してくれる」
「いや、あの」
「そうだ、ジャーファルにも報告に行かないとな。まだ俺の部屋にいるはずだ。相手はなんて言ってた?喜んでただろう?」
「お断りされてしまいました」
「そうか、お断りされたか……え?」
「相手の方に実はもう心に決めた方がいらっしゃるようで、ですが親御さんにどうしてもと言われて、私と1度会うだけ会ってみたそうです。彼女と一緒になりたいんだと、相談のような、惚気のようなお話を聞いて帰ってきました」

素敵な話ですよね、とナマエはまるで他人事のように言った。

「す、すまんナマエ…」

そうとは露知らず勝手に祝いの言葉をかけるなどやはり浅はかだったとシンドバッドは声を震わせた。それと同時に心のどこかで安心している自分がいることにも正直焦った。ナマエはシンドバッドの早とちりを差して気にしていないと言うように、口を開く。

「むしろこの方が良かったんです」
「…?」
「こう言ったら言い訳がましいかもしれませんが、私も断るつもりだったので」
「…何故?」
「ここでの生活が好きだからです。仕事も人も、国も。元々縁談を受けようとしたのが間違っていたんです。私はまだここに居たいって気付いていたのに。…だから、これからもシンドリアの為に仕えたいのです。もちろん、貴方の為にも」

ナマエは手を組み合わせてシンドバッド王に頭を下げた。シンドバッドの側で、彼の国を守るために力添えできたらもうそれで良いと思ったのだ。

シンドバッドは、一瞬固唾を呑んだ。ナマエに、それ相応の言葉を返すために。

「ナマエ…俺は…」
「はい」
「俺は、俺の思った道を進む。だから無理はしないでくれ」
「…はい、王よ」

その言葉と彼の眼差しは真っ直ぐナマエに突き刺さった。喉の奥が熱くなってしまうのは、これで最後にしたい。ナマエは再びシンドバッドへ深く頭を下げた。

しあわせになにを願う?

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