シンドバッドが目を覚ますと、ベッドの上には自分しかいなかった。体や脳味噌がまだ眠っていたいと言っていて、重たい瞼を何度かゆっくりと瞬かせる。窓から明るいシンドリアの朝陽が射しこんでカーテンを揺らし、いつも起きる時間帯だと体でわかった。

「起きましたか、シン」
「ああ、おはようナマエ」
「おはようございます。侍女がそろそろシンの寝所に来るでしょうから、もう起きてくださいね」
「ん…もう少し寝かせてくれ」
「私がジャーファルじゃないからって甘えないでくださいよ」

そう言いつつもナマエは子供に語りかけるように微笑みながらベッドの縁に座ってシンドバッドの長い髪を梳いた。シンドバッドはその心地良さに擦り寄るように身じろぐ。ナマエはすでに外に出る準備をしていたが、その装いはいつもの官服ではなくシンプルに着飾っていた。

「どこか行くのか」
「はい、件の方へ会いに」

今日で婚約するかどうか決めるのだとナマエは、微笑んだまま言った。
シンドバッドの黄金色の瞳が細められる。ナマエだけが違う日常の中に行ってしまうのだと感じた。繋ぎとめたいと思っていた。だから夜を共にするようになっていたし、彼女がそれを拒まなくて余計どこにも行かないなどと思っていた。昨晩考えていたことが再び頭の中を駆け巡って思わず表情を歪める。

「どうかなさったんですか?」
「ん?」
「皺が寄ってますよ」

眉間を指差したナマエの手をシンドバッドは掴んだ。重たげな溜め息をついて握ったままの手を彼は額の上に乗せた。

「お疲れですか?顔色は、悪くないみたいですけど」
「いや、何でもない…。お前、どうするんだ?縁談」
「帰ったらご報告します。あちらの考えもあるでしょうから」
「そうか」
「そういえば、昨日はすみません。失礼なことを言ってしまいました」
「何も失礼なことなんて言ってないよ」
「いえ、しかもシンが話している途中で寝てしまいました」
「そうだな、涎垂らして寝てたぞ」
「嘘だ」

冗談にだまされるまいと彼女はシンドバッドを一瞥した。若干頬が赤く染まっているその様子にシンドバッドは噴き出して笑う。

「ああ、嘘だ」
「…もう」
「まあたいしたことは話してなかったし気にするな」

そうなのですか?とナマエは事情が呑み込めていないようだった。

「そろそろ行かないと…」

昨日の話を聞かれていないのならば、まだナマエを引きとめることができる。逆を言えば握っている彼女の手を離すかどうかを今決めなければならない。自分が引き止めなければならない理由がどこにあるのかという考えだけが立ちはだかっていた。

「ナマエ」

体を起こし名前を呼んで手を微かに引くと、ナマエはシンドバッドの手を包み込んで優しく微笑んだ。

「無理はしないでくださいね」

一言だけ言うとナマエはシンドバッドの手を離して部屋を後にしてしまった。シンドバッドは彼女こそが無理をしているのだとわかっていた。ナマエの顔色が少し悪いのも、無理矢理笑っているのも、気付いていて何も言わなかった。もう今日でこんな朝は終わりだ。
朝陽が眩しくて苦しい。1人残された部屋でシンドバッドはぼんやりと頭を掻いた。

夜と朝の日常をなぞって

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