「今夜は宴だ!」


城下は一層輝きを増し、活気に溢れる。
謝肉宴はいつでも華やかで、人々を笑顔にする。その光景を見るのがナマエは好きだった。
それはひとえにこの国を一代で築き上げたシンドバッドのおかげで、この国で働ける事を誇りに思う。

他の文官やジャーファルと杯を交わす。彼らとこうできるのもあと何回ぐらいなのだろう。そう思うと悲しくなってしまうので、この楽しさにも乗じてナマエは自分でも気付かない内にそこそこの量の酒を飲んでしまっていた。

「ジャーファルゥ、わたし、結婚したくないれす…まだジャーファル達と働きたい…」

呂律の回っていないナマエの頭をジャーファルはぽんぽんと撫でた。そうされると机に伏せっていたナマエは気持ち良さそうに目を細める。

「それは嬉しい。結婚したってここに居てもいいのですよ」
「ほんとですか?」
「ええ。ナマエが居てくれたら私も嬉しいです」

ナマエは頬が緩んでしまうのを止められなかった。彼女は自分に仕事を教えてくれたジャーファルを先生のように、時として兄のように慕っていた。怒らせると怖いが、こういう時は期待するような言葉をかけてくれるほど優しい人だ。

「でもどうして縁談を受けたのですか?」
「うー、だって…」

そこまで言うとナマエは顔を腕の中に埋めてしまった。なんでだっけ、そもそも何を聞かれたんだっけと、酔った脳味噌は渦巻いて何を考えたらいいのかわからなくなる。ナマエは一瞬静かになった後、ガバッと立ち上がり拳を握った。

「とにかく頑張ってジャーファルと働きます!」
「それは良い心掛けです」
「お手洗い行ってきます!」
「はいどうぞ」


ジャーファルに褒められ嬉々とした歩調で厠へ行ったのは良いものの、戻ろうとすると自分がどこに座っていたかわからなくなってしまった。

「あれ、ジャーファル居ない…」

まあいいや。ナマエはとフラフラと水を求めて適当な席に着いた。机の上にある物がぐるぐると回転する。松明の明かりと銀食器や食べ物の色が混ざり合って見えるのが綺麗で、焦点を合わす事をやめた。

なんでお酒を飲んでも、思い浮かべたくない人が頭から消えないのだろうか。そんな事を考えながら、1人で体を左右に揺らしていると、肩を叩かれる。

「ナマエ」
「なんだ、シンか。ジャーファルを見ませんでしたか?」
「なんだとはなんだ。ジャーファルは…見てないな」
「そうですか」
「まあどこかで飲んでるだろう。ナマエ、一緒に飲まないか?」
「…いいですよ」

シンドバッドを見た途端、少しだけ酔いも冷めた。お前はジャーファルが大好きだな、と言いながらシンドバッドはナマエの隣に座る。どうやら彼はまだそこまで酔っぱらってないようだ。酒を飲んで、あー上手い、と言うシンドバッドにナマエは、もうおじさんですね、とぽつりと言った。シンドバッドは彼女の頭を小突き、さも前からこの話をしていたように、ナマエにとって今はしたくない話題を持ち上げた。

「で、相手はどうだった?会って来たんだろう?」
「はい…。シンと違って真面目な方だと思いました」
「俺だって真面目じゃないか」
「……」
「こら、黙るな」

またどこかに逃げたいな、とナマエは思った。けれど1人じゃ嫌で、でも誰とでも良い訳じゃなかった。

「式には呼んでくれよ」
「まだそこまでは決めていませんから」

ナマエは諦めたように小さく笑った。今まで受けなかった縁談を受けたと聞いたので、もう結婚するのだとシンドバッドは思いきっていたのだろう。

あまり良い顔をして話をしないナマエにシンドバッドは敏感にも気がついた。

「あまり話したくなさそうだな。何かあったのか?」
「いえ…」
「まあ、何かあったら言えよ。ジャーファルにでも良いから」
「こんな事で迷惑かけられませんよ」
「そんな事ない。お前はジャーファルの部下だし、俺は王様だからな、ナマエを守る義務がある」

茶化して言ったつもりなのだろう。けれどシンドバッドのその整った顔立ちを、今は直視したくなかった。誰にだってそう言うのだろう。そう意味ではこんな言葉ありきたりだ。そんな気なんてないくせに。喉の奥が熱くなる。

はやくこの人から離れなければ、もっと苦しくなる。縁談を受けたのは、そんな理由からだった。別の事を考えたって、縁談相手に会ったって、心は違う所にあった。それでも酒で紛らわせられないかと、ちょっとの期待をかけて、ナマエは杯を何度も口へと運ぶのだった。

そのセリフは聞き飽きた

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