「ナマエに縁談の話が来ているそうだな」
「もう知ってるのですか。さすが、情報が早いですね」

誰からお聞きに?と訊いたジャーファルに本人から、と返した。


「ナマエが直接あなたに?珍しい」


書簡に落としていた視線を上げて驚いた表情をしたジャーファル。シンドバッドは一瞬ひやりとした。シンドバッドが毎晩のように彼女の部屋に潜り込んでいるとはさすがのジャーファルも知らないからだ。この事が知れたらいくらなんでもジャーファルは怒るだろう。

「そうか?」
「ナマエが自分からその話をするとは思いませんでした」

言われてみればそうかもしれないとシンドバッドは彼女の姿を頭の中で描く。いつも部屋でだらけるシンドバッドの話を聞いて、彼が訊ねればナマエも少し自分の話をして、眠るだけだった。他の女官達のするそういった話に混ざっているナマエも、想像しがたかった。


「断るのかと思ってたのですが」
「どうして」
「今まで頂いていたものはすべて断っていましたから」

そんな事知らなかったと、内心驚く。けれど、ジャーファルと同じように書簡に目を通す振りをした。


「勿体ないな。良い子なのに何故断るんだか」
「それはあなたも同じでしょう」

シンドバッドは、それを言ったらお前も同じだろう、と少しばかりジャーファルに悪態を吐く。シンドバッドもナマエと同じように何度も縁談の話を持ちかけられるが、彼の場合結婚はしないと決めている。
大切な国の為を思えば、特定の相手を持つのではなく、酒を飲んで女に囲まれる方が、気が楽だった。ジャーファルの場合、仕事と結婚しているようなものかもしれないが、と女っ気のないジャーファルを少しばかり心配に思う。

コンコン、と執務室のドアを叩く音がした。シンドバッドが返事をすると、澄んだ声が聞こえた。

「シン、すみません。ジャーファルは居ますか?」
「居ますよ、ナマエ」
「ああ、良かった、ジャーファル…。ここの部分が間違っていて…」

どうやら資料にミスがあったようで、他のそれに関するものも全て直さなければならない、と書類を2人で覗いて議論していた。

「すみません…私がもっと早く気付けば…」
「いえ、ナマエのミスじゃないのですから、気を落とさないで」

眉を下げて俯くナマエをジャーファルは微笑んで慰める。

「ナマエにはいつも助けられています」

その一言で、ナマエは顔を上げて一瞬嬉しそうに表情を緩ませた。そしてすぐにまた困ったような表情に戻ったが、その頬は微かに染まっていた。桜色の唇が小さく謙遜の言葉を口にする。

ナマエがジャーファルに信頼を寄せているのは知っている。そして彼女の不安を取り除けるのも、自分かジャーファルかで言えば、ジャーファルなのだろう。会話の途中でナマエはふわりと笑った。サインをしている途中にそれが視界に入って、妙にナマエの近くに居られるジャーファルが羨ましくなった。

縁談を断っていたのはジャーファルが居るからじゃないのか、という考えが頭を過ぎる。自分がナマエと2人で居てもああやって笑った事があっただろうか。ジャーファルもきっと満更でもないだろう。結婚はしないとか言っていたけれど。


何となくつまらなくなって、頬杖をつき窓の外を眺める。いつも天気が良いシンドリアの空は、今日ばかりは暗雲がたちこめていた。


どれだけ大志を抱いても、周囲に恵まれても、
結局は孤独だ。

ひとりぼっちは怖くない

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