「よ、ナマエ」


自室のドアを開けると我が物顔で、ベッドに横になって片手を上げている男の姿があった。ナマエはそれを見て特に驚くでもなく、半ば呆れたように息を吐いて口を開く。


「…シン」
「今日もくたくただ。ジャーファルがなかなか返してくれなかった」
「それはあなたが仕事をしないからでしょう」
「んんー?してるぞ、王様らしくな」


シンドバッドはベッド脇に置いた酒の入っている杯を手にとりそれに口を付けた後、間延びした声で返事をする。こんな会話を今まで何度繰り返しただろうか。ナマエはそんな事を考えながら、彼に見られる事なんてお構いなしに寝着に着替えた。それに対してシンドバッドは何も言わない。もっと恥じらった方が、彼はもっと自分に執着してくれるのだろうかと考えたりもした。しかし、そんな事には意味がない。2人は恋人ではないのだから。

「疲れたなら部屋に帰ってゆっくり寝てはどうですか?」
「…今日も一緒に寝てくれないのか」
「ハァ…子供じゃないんだから」

ナマエはベッドに横たわるシンドバッドを上から見下ろした。金属器などの装飾品を全て外した姿、まどろんだ眼、白いシーツに広がる濃紺。その姿にだらしないという言葉は当てはまらない。目を奪われるような艶めかしさに見惚れる女性は少なくないはずだ。


ナマエに向かって伸ばされた手をとる事なく彼女はシンドバッドの隣に横になった。彼に背を向けたまま寝る態勢に入ると、すぐに後ろから抱き締められる。その腕に心拍が早まるのは彼に心奪われた1人だからだろうか、というかそうでなければとっくにこの腕など振り払っている、と自問自答する。

シンドバッドは孤独が嫌なのだ。だからこうして自分の元に来て、こうやって縋ってくるのだとナマエはわかっていた。飲み歩いて、女に囲まれた日は決してここには来ない。そうでもなければこうして部屋に来ては、とりとめもない話をして、酒を飲んで、一緒に寝る。ただそれだけで、それ以上もない。寂しい人なのだと、そう思う。普段文官として働くナマエをシンドバッドが拠り所として選んだのはただ、彼女がジャーファルの部下でもあって、ジャーファルの監視下にあるシンドバッドにとっては、一番手っ取り早かったからだろう。それがわかってるから、彼に夢中になって盲目になることもない。

けれど、いつまでこうしていられるだろうか。

いつも彼に背中を向けるナマエは正面を向き、その胸元に顔を埋めた。

「珍しいな」

柔らかいその声も、髪を梳いてくれるその手も、自分のものにする事はできない。


「今日、縁談のお話を頂きました」
「そうか」


引き止めてはくれないかと、心のどこかで期待した自分を嘲笑う。

「良い相手だと良いな、」

そんな事を言うシンドバッドを直ぐにでも嫌いになりたいと思った。


どこかに逃げてしまいたい。だけど1人は嫌だ。

おもちゃみたいな夢理想

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