04.tempo primo


今日の授業も全て終わり、生徒達は部活へ向かったり、帰宅したり、教室で楽しく談話したりと校舎内は忙しない。吹奏楽部員達も音楽室へ続々と集まってきていた。
今日のミーティングは、ナマエの姿が見えず、ライナーがナマエの代行をしていた。何人か遅刻や病欠もいたが、ナマエ以外に、一人だけ出欠不明の部員がいた。ナマエがいなくて、1人出欠不明。なんとなくライナーには何があるのか察しが付いていた。

各々が練習場所へと散り、練習を始め出す。ライナーも楽器をケースから出し、譜面台を広げようとしていた。すると何人か出入りしていたドアからナマエも姿を見せた。いつもは笑顔で、遅れてごめーん、などと言っているのに彼女は下を向いたまま無言だった。その態度に異変を感じるのは当然だった。しかし、その様子はライナーしか目にしていなかったようで、いや、誰にも気づかれないようにしているようで、楽器を持って再び音楽室から出ていこうとするナマエの腕をライナーは捕えた。

「おい、どうしたんだよ。…!」

ナマエは目を真っ赤にし、その瞳には薄く涙の膜が張っていた。

「ライナー…」
「楽器置け」

強制的に楽器をナマエの手から奪い、手を引いて音楽室を出る。階段を降り、廊下を進む。その間2人は何も言わなかった。ただ、ライナーの手がナマエの手首を強く握っていた。2人は自販機が並ぶ一角で立ち止まり、置いてあるベンチに座った。何も言わないナマエにライナーは痺れを切らした。

「黙ってるつもりか?」
「……ライナーには嫌でも言わなきゃいけないね。1人、パーカッションの子が辞めちゃった。」
「そうか。だから1人出欠わかんなかったんだな。」
「今回は2カ月粘ったんだけどなー、はは」
「長いな…」

少し2人の間の空気が緩んだが、すぐにまた張りつめられる。
この学校の吹奏楽部は、それなりの実力がある。練習も毎日あるし、ハードだとか、辞めて勉強に集中したいとか、辞めていく部員も毎年いる。ナマエは部長になってから必ずそういった部員を引き止めていた。辞められたら困るとかそう言った自分本位の理由でなくて、相手の事を考えての行動だった。それはライナーも知っている事だった。人一倍、仲間で演奏する事の楽しさを知っているナマエは、仲間がいなくなる度に落ち込んでいたのだ。
空笑いするナマエの頭をライナーは撫でた。

「はは、人の気持ちを変えるのって難しいなあ。部長失格だ。」
「そんな事ないだろ。ナマエは誰よりも仲間思いだ。誰でも知ってる。」
「先生の所に辞めるって言うの付いて行ったんだけど、先生、何も言わなかった。」
「まぁ、ナマエが止めてるのは知ってただろうしな。結局、本人次第だろ?」
「うん、まあ、そうかもしれないけど…。あたしは吹奏楽がなきゃ生きていけないくらいだから、辞めたい人の気持ちをわかろうとしても、結局は何もわかってないのかもしれない。」

ナマエは口を噤んだ。

「ナマエの所為なんかじゃないんだ。気に病むなよ。」

ナマエの頭に手をのせたままライナーは言った。彼女は俯いたまま何も言わなかった。
しばらくするとナマエはライナーに身体を向け、頭にのせられたライナーの手を掴んで下ろし、彼女の膝の上できゅっとその手を握った。

「ありがと、ライナー。でもね、」


「辞めて良かったって思う事もあると思うし、でも辞めて後悔する事もあるじゃん?
人って嬉しさよりも後悔の方が長くいつまでも心に留まると思うの。だってもう取り返しがつかないかもしれないから。そんな思いをさせないようにするのは、顧問であるエルヴィン先生の役割なんかじゃない。あたし達の役割だよ、ね。」


ナマエは今まで一度も合わせなかったライナーの顔を見上げていた。ナマエは笑おうとしているのに、その頬には涙が伝っていた。
ぎゅうぎゅうと力を込めるナマエの手はライナーの手も心も絞めつけた。だからナマエを部長に選んだのだ。誰よりも、活動する一人ひとりを想っているのは、ナマエだ。いつでも明るいのも、バカをしているのも、みんなが楽しく思えたらいいと思っているからだ。

「そうだな…。うん、そうだと思う。だから、今度からは誰かが辞めそうな時俺にも教えてくれよ。できればそんな事なければいいけどな、万が一だ。お前を支えるために俺が副部長やってるんだからな。お前はいつも1人でどうにかしようとするな。俺らが大事なら、なおさら。」
「うん、うん…。大事だよ…だから、1人にしないでね…!」
「しねぇよ。」

3年間ここまで一緒にやってきて、1人だけ辛い思いしてどうすんだよ、とライナーは思った。ナマエが泣き止むまで繋がれた手はどちらも離そうとする事はなく、いつまでも繋がれたままだった。


引退して、そして卒業するまでこの手は誰が離してやるものか。



tempo primo / 最初の速さで
(そして一緒に最後まで前進せよ)

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