grave con melancholia


※02の続き


「あー…、帰りたい。」
「ナマエがそんなこと言うなんて珍しいね。」
「アルミンか。…あたしあの先生嫌いなんだもん。」

お茶の入ったペットボトルを抱えて、小さく呟いた言葉はアルミンに聞かれていた。アハハ、厳しいもんね、とアルミンはあたしの隣に座る。

「確かに、今日はナマエらしくないね。疲れた?音も、いつもと全然違う。」
「んーん、疲れてはないけどブレスがうまくできない。」
「なんでだろうね。ホラ、深呼吸して、肺を広げるんだ。」
「ひっ、ひっ、ふー!ひっ、ひっ、ふぅぅう…ハァ。」
思わず溜め息が出る。アルミンはどうしてあたしがいつも通りに演奏できないのか知らない。
「ナマエ、それ違うから。逆に呼吸浅くなってるから。」
「うるさい、アルミン!なんでアルミンは合奏中何も突っ込まれないんだよォオ!!うらやましい!!!」
「……八つ当たりしないでよ…。」

ふとアルミンはあたしの左側を覗き込んだ。あたしもつられて左を向く。あ、エルヴィン先生だ。彼は、ナイル先生とスコアを覗きあって何かやりとりをしていた。悔しいけど、背の高い二人が並ぶと、なんとなく絵になる。かっこいいのはエルヴィン先生だけだけど。あたし達の視線に気がついたのか、話を終えた先生はこちらにやって来た。

「やあ、ナマエ、アルミン。そろそろ休憩も終わりだよ、あともう少し、がんばって。」
「せんせぇ、なんで先生が指揮じゃないんですか…。」
思わずあたしは本音を呟いた。アルミンがナマエ、声小さくしないとナイル先生に聞こえるよ!と小さくあたしを小突いた。そんなの関係ねぇ。
「あはは、毎年話し合って決めるからね。今年は文化祭を仕切らなきゃいけないし、私も忙しいんだ。」
「うああああ、もうヤダ」
「確かに、そうですよね。いろいろ手配とかもありますし。何か手伝えることがあればおっしゃってください!できる限りの事はしますから。」
「ありがとうアルミン。ホラ、ナマエもそんな顔してないで、私が指揮じゃないからって気を抜いたら許さないよ。偶には客席からナマエの音を聴きたい。」
「…がんばります、多分。」

先生に聴いてもらえるなら、と少しだけやる気が上がる。単純だ。あたしとアルミンは立ちあがってホールへ戻ろうとした。ふと、先生があたしを見下ろして、手を上げた。その手はあたしの頭に乗っかる。


「私が振る時だけ良い演奏をしてくれるのは嬉しいよ。ナイルが君から君らしい音を引き出すなんて妬けてしまうからね。でも、いつでも良い演奏をできるのが良いプレーヤーだ。わざとやる気を出さないのは感心しないな。」


先生は、あたしにしか聞こえないくらいの声でそう言った。じゃあがんばって、と先生はあたしの頭を軽く撫でてホールへ向かう。

先生には、ばれてたんだ。先生の指揮の時じゃないと息苦しいのを。それは確かに先生の指揮じゃないと上手くできないくらい先生に依存してるのもあるけど、わざと気を抜いて真面目にやってないからだって。楽器だって上手くなりたい。いつでも上手く吹ける良いプレーヤーにだってなりたい。でもそれだって、先生のためだけに吹きたいからだもん。だから先生が指揮振ってよ。じゃないと楽しくないよ…
先生の言葉に嬉しさや恥ずかしさ、少しの反省と複雑な気持ちやらが入り混じって瞳に薄く水の膜が張る。何て我儘なんだろう。何で、こんな気持ちになるんだろう。

「ナマエ、もう始まるよ。」

ホールへのドアに手を掛ける先生があたしを呼んだ。

彼にばれないように目を擦って涙を拭う。先生はいつもの優しい瞳を向けてくれていた。



grave con melancholia / 憂うつに遅く
(嗚呼、やっぱり息苦しいよ。)

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