02.sostenuto


この辺りでは年に一度、高等学校総合文化祭が行われる。様々な地域の高校の文化部が集まり、それぞれの作品を展示したり、演奏をしたりするのだ。そして互いの実力を認めあい、交流するのがこの文化祭の一応の趣旨である。今日は吹奏楽の部で最後に披露される各校から選ばれた生徒で構成される合同バンドの初合奏の日である。ナマエもメンバーの中に入り、集められた会場のホールで練習を始めていた。その顔にはいつもとは違い、緊張の色が浮かんでいた。コンクールなどはあるが、しょっちゅう試合がある運動部とは違い、他校とはなかなか関わりのない文化部にとってはなかなかないイベントである。生徒達は活き活きと活動するが、ナマエは年に1度のこのイベントが苦手だった。


「ナマエ、どうしたの?顔色悪くない?」
「あ…ベルトルト…いや、知らない人多いから、コミュ障発揮して…。他の子達は仲良く音合わせしてるのに…。しかも、指揮、どの先生が振るんだろう…。帰りたいかも…。」

あたしの側を偶々通りかかったベルトルトが声をかけた。ベルトルトの気遣いはライナーよりも優しさ5割増しであるとあたしは思っている。その優しげな少年は苦笑を浮かべがんばって、ナマエなら大丈夫、と言った。そんな彼も同じパートの人に呼ばれて消えていった。一人残されたあたしは、くそぅ、と小さく呟いた。なんだかんだ奴は、社交性高いんだから…。
吹奏楽ばかりに熱中しているあたしは性格こそ暗くはないと思うが、人見知りが激しい。ほぼ毎日を共にする同じ吹奏楽部のメンバーには家族といっていいほど心を許しているが、たちまち一人になるとただの引っ込み思案だった。
そして、合同バンドなだけに、どこかの学校の指揮者が指揮を振る。それは毎年初めての合奏まで生徒にはわからない。それもあたしの不安材料だった。

「10分後にチューニング始めます!!」

舞台上からジャンが声を上げ全体に告げた。今回の総合文化祭を仕切るのはあたし達の学校である。うちの吹奏楽部のコンサートマスターであるジャンが指揮台へと立ち、チューニングから基礎合奏までを執り仕切る。

基礎合奏を終え、ジャンが指揮台から降り、客席で座っている各校の顧問達にお願いします、と声をかけた。その瞬間、あたしの心拍数が少し上がる。誰だ、どいつが指揮台に立つんだ。誰が立つかわかるまであたしは俯いていた。起立、礼!とジャンが声を掛け、全員がお願いします!と声を張った。

「今年はなかなか良い音したヤツが多いな。」

あたしは顔を上げ、誰にもわからないようにナイル先生だ…、とそして溜め息を吐いた。ナイル先生はエルヴィン先生と同じくらいの年齢に見えて、他校の指導者に比べると若めではある。厳しい事で有名で、彼の学校の生徒は服装も態度もテキパキと洗練されていた。

エルヴィンの指揮ではないと、ナマエは息苦しさを感じる。うまく呼吸ができないし、ただただ間違えないように吹く事にしか専念できない。だからナマエは年に1度のこのイベントが苦手なのである。ナマエは客席側に座るエルヴィンを見た。彼は視線を下げてスコアという全パートの譜面が書かれている楽譜を見ているようだった。
じゃあ始めからだ、とナイルが指揮棒を上げる。
ナマエは間違えないよう、淡々と音符を追った。

「そこの、ホルン!遅れてる!」
「はい(うるさい、呼吸しづらいんだ。)」
「トランペットォ!エルヴィンの学校のヤツか!音でかすぎだ!符号見ろ!」
「はい!(他の人と同じ音量で吹いてんのにオレだけかよ。…なんでだ?)」
「アルトサックスのソロ、演奏に酔いすぎだ」
「え…すみません」

ナイル先生の言葉にあたしは小さく噴き出した。アルトサックスのソロを吹いていたのは、ジャンだ。あ、睨まないで、ジャン。
ジャンの音は色気があって良いと思うよ。うん。

ナイル先生は、エルヴィン先生を敵対視している節があって、うちの学校の部員にはやたら厳しい。あたしやエレンもその餌食となっていた。

この曲にはホルンソロもあって、1stを吹く何人かで話し合って、あたしがソロを吹く事になっていた。それぞれのパートにはパートの中でもだいたい1stから3rdか4thまであって、それぞれ音階が違う。あたしはいつも1stを担当していた。

「ホルンソロ、マルロが吹け。」
「は、はい!」

その一言で、あたしのソロは、あたしの隣に座っていた子に変わった。こいつ、ナイル先生の学校のやつだ。贔屓か、贔屓なのか。うざい。あたしがチラリと右を向くと、彼は冷や汗をかいてびくっと震えた。だけど、大して気持ちの入らない演奏に、特に落胆もなにもなかった。


やがて1曲目の合奏が終わり、休憩に入ったけれど、休憩した所でやる気は上がるどころか下がっていく一方だった。エルヴィン先生が指揮じゃないと何も楽しくない。



sostenuto / 音の長さを十分に保って
(息がもたないよ)

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