18.con fermezza


「起立!礼!」
「「「お願いします!」」」

あたしが号令をかければ全員が挨拶をして礼をする。エルヴィン先生が手を掲げて合図を出すと全員座って、楽譜の準備などするのに細々と動く。いつもこの瞬間は、なんとなく胸がざわついて、練習した通りにできますように、とかヘマしませんように、とかそうやって考える。そう、今から合奏が始まるのだ。

一番最初に先生が指揮棒を振った瞬間の、出だしの一音は緊張する。きちんと音が鳴るか心配になるから、みんななんとなく音が固い。演奏は自分がいつもベストの状態でしなければならないというプレッシャーみたいなものもある。だからブレス、アタック、タンギング、ピッチ、何度も練習して、一番良い状態を身に染み込ますのだ。そして程良い緊張になったとき、たくさんの音が混じり合って1つの音楽になるのが楽しい。どんな暗い曲だって楽しいものは楽しい。こんな嬉しさを教えてくれたのは、ここにいるみんなと、エルヴィン先生だ。


「82小節目、もう少し小さく入るように。次、呼んだ人だけ吹いてくれ。クラリネットとサックスと…」

パートに分けて和音のバランスをとる練習に入った。あたしは先程の指示を忘れないように楽譜にメモをとろうとシャーペンに手を伸ばす。
そう、シャーペンを…、あれ、おかしいな、シャーペン…無い。な、無いいい!?!?!?

合奏時に書くものがないなんて、まさにやる気が無いのと同義!!いや、これは言い過ぎかもしれないけど、指示されたことを全部覚えようたって色々言われるうちに忘れちゃうんだから!一気に心拍数が上がって全身に冷や汗をかく。右隣に座っている同じパートの人に借りるか…いや、今隣は後輩が座っている。ごめーん!シャーペン忘れちゃった☆なんて先輩としての威厳が…。しかし迷っている暇はない!

「…マルコォー、ごめん、シャーペン借してもらっていい?」

右が駄目なら左だ!合奏の邪魔にならないようにあたしが小声で話しかけたのは左隣に座っているマルコだった。

「もちろん、どうぞ。声かけなくて良いから必要なときに使って」

さすが吹奏楽部内で頼りがいがある人No.1、2を争う男だ。マルコは優しい。合奏するときは楽器やパートの並び上、ほとんどいつもあたしの左隣に座っている。マルコのユーフォニウムの包み込むように朗々と響く温かい音が大好きだ。だからマルコが隣にいるのはとても安心する。しかもさっき話かけたときの、何?って感じのきょとん顔がすごくかわいかった。マルコはそんな優しさとかわいさを兼ね備えている。
…ってこんなこと考えているうちにホルンの番が回ってきた。1拍目の音は小さめに、とか第3音だから音程は低めにとって、とか指示が出される。数えきれないほど音があるのに、誰がメモらずこういったものが覚えられようか、いや覚えられまい。
遠慮せずにマルコの譜面台に手を伸ばしてシャーペンを借りては返していると、次はマルコからあたしに声をかけてきた。

「ナマエ、俺、もう1本シャーペンあったからこれ持ってていいよ」
「マジ?ありがとー、助かる」

正直エルヴィン先生に隣の譜面台に手を伸ばしている所は見られたくなかったので、すごくありがたいと思った。コイツ、シャーペン忘れたんだなと思われたくなかったの。実際忘れてるけど。

案外早めに休憩時間がとられて、あたしは自分のカバンのもとへと走って行き、シャーペンを手にして戻った。いち早くマルコにシャーペンを返さねば。

「マルコ!ありがとう!」
「どういたしまして」

ああ、もうそうやって微笑む姿は、君の隣にいる馬面なんかより何倍も爽やかイケメンだよ…

「オイ、なんか失礼なこと考えてるだろ」
「人の顔見て失礼とは何よ」
「意味がちげえよ!」

ガシャン!
ジャンが手を上げるとマルコの譜面台に手が当たってシャーペンと楽譜が何枚が落ちてしまった。慌ててジャンと2人でしゃがんで落ちたものを拾う。

「もー、何やってんのジャンジャン」
「うるせえな!すまん、マルコ」
「2人ともありがとう、拾ってくれて」
「いやいや、マルコが詫びることじゃないよ…ジャンジャンが全部わる…アレ?」

なんとなく拾ったシャーペンをノックしたあたしは異変を感じてしまった。何度ノックしても芯が出てくる感触がしないのだ。

「アレ、これ、シャー芯入ってなくない…?」
「ああ、さっき無くなったんだ」

サーッと血の気が引くのがわかった。嘘、マルコくん、合奏中のメモ何もしてないってこと…?思い返せば確かに、シャーペンを持つ素振りがなかったかもしれない。あたしが何度もシャーペンを借りてたから気を使って…!?

「嘘、うそうそ!!メモできてないってことだよね!?ごめん!」
「芯が無くなったの休憩の30分前くらいだし、問題無いって」
「オイオイ、書くもん持って合奏出てないとかお前やる気あんのかよ」
「うっ…うるさいぞジャンジャン…ええー…」

どう落とし前をつけようか。過ぎたことは仕方ないのだけど、申し訳なくて眉尻が下がる。

「指示は全部覚えてるから大丈夫だよ」
「そうだぜ、マルコはナマエと違って記憶力良いしな。それに、先生の指示なら俺が全部総譜に書いてるから問題無ぇ」
「うるさいジャン!あああ!!本当ごめんマルコォォオ!!」
「はは、大丈夫だってば」
「まじお前には絶対総譜見せてやんねえからな!」
「別にいいもんねーだ!!」
「んだとぉ…!?」
「いい加減にしなよ2人とも…」

あたしとジャンの間に入れられているマルコが1番不憫だった。

元々マルコはあまりメモしなくて、しっかり合奏中に体で覚えるようにしている子なのです。楽譜が真っ黒になるほどメモ、っていうのも自分がやってきたことが積み重なっているのと同じで良いことだけど、本当はしっかり体で覚えているのが大切なのだ。そんなマルコが左隣にいるから、あたしはなんだかいつも安心できるんだよね。


con fermezza / しっかりと安定した
(隣の頼れるマルコくん!)

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