16.timido


吹奏楽部は、コンクールが近くなると市民ホールを借りて練習をしたり、演奏会があれば楽器を持って移動したり、なんてことがしょっちゅうある。だから必然的に誰かの協力が必要で、保護者にお世話になることが多い。本番があったりすると保護者が聴きに来るのもまた然り。


「お疲れ様、ナマエ!良かったねー支部大会じゃない!」
「お母さん!ありがとう!あ、帰るのもうちょっと待ってて!まだかかるから」
「待ってるから大丈夫よ」

あたし達はコンクールの地区大会をクリアして、今日、県大会に出場した。無事に次の支部大会への切符を掴めて心の中でガッツポーズをする。結果発表を終えてホールの外に出て皆で審査員が書いた演奏の評価を見るのがお決まりだ。帰るのに迎えに来てくれたあたしの母もやって来た。お母さんは周りを見渡して、ある人を見つけると目を輝かせた。

「エルヴィン先生ぇ!おめでとうございますう」
「ありがとうございます、お嬢さん達がよく頑張った成果です。まだ気は抜けませんが」
「これからもよろしくお願いしますねえ!それとエルヴィン先生、今日も指揮振ってる姿かっこよかったですよお、うふふ」
「ちょっと!お母さん!何言ってんの!やめて!恥ずかしいから!!」
「ははは、ありがとうございます、ミョウジさん」

あたしの母はエルヴィン先生が大好きだ。というか、うちの家族は皆、エルヴィン先生を見るために演奏会に来る。撮影ができる演奏会も娘の姿は撮らずに、先生ばかりを映すくらいだ。家で撮った演奏を見るときは、演奏がどうのこうのじゃなくて、さっそく先生のこの表情がヤバい!とかあたしも言っちゃってる。先生を映してくれるのはとてもありがたい。だからって直接かっこいいとか言わないで、恥ずかしいから。

「だってえ、今日は一段と格好良かったのよお?ナマエもそう思うでしょ?」
「もお!!あたしに聞かないでよお!」
「あらあ、恥ずかしがっちゃって!終わりの方とか本当かっこよかったわ…!結婚して欲しいくらい…」

頬に手を当てて惚れ惚れと現を抜かすこの人があたしの母親だと思うと白目を剥きたくなる。やめてよ、と口から出る言葉が動揺で震えてしまうほどに。

「でもお母さんにはお父さんがいるから…先生、うちの娘の旦那さんになってくださりません?」
「は、はあああ!?何言ってんの!お母さん!」
「だってそうしたらいつでも先生を見られるじゃない!」
「自分の為か!もっとましな冗談言ってよ!」
「そうですね、彼女のような子がお嫁さんだったら可愛らしくて良いかもしれませんね」
「あら!こんな娘でいいんですかあ?」
「ええ、ナマエさんさえ良かったら是非」
「ちょっとおおおお!お母さんやめてえええ!先生もやめてください!」
「そんな恥ずかしがらなくてもいいじゃない」
「そういう問題じゃないの!!」

先生もお母さんと一緒になって冗談を言うからこっちはたまったもんじゃない。こっちは内心冷や汗がだらだらだ。そして先生のあざとい攻撃は本当に心臓に悪い。やっとお母さんが普通の世間話をし始める。顔が熱くて熱くて、手で顔に風を送った。

挨拶を済ますとお母さんは先生の次に大好きなライナーの所へ、あらあ、ライナーくーん!とか言いながら消えていった。全くこっちの気も知らないで。

「先生、すみませんうちのお母さんが…」
「いや、おもしろいね、君の親御さんは」
「もう変な事ばっかり…」
「こんな事もナマエ達が引退したら無くなるんだ。そう思うと寂しいよ」
「まだ終わらないですよ…」
「そうだな。また明日から仕切り直しだ。ナマエ、今日途中でバテてただろう?」
「あ…バレてましたか…」

まだまだあたし達には課題が山積みだ。それは言い換えればできることがたくさんあるってこと。講評をみんなが覗きながら話をしている所を先生と2人並んで眺めた。褒め言葉が書いてあって喜ぶ子、次の課題を見つけて考え込む子、もう意識は次の大会に向いてる。

「じゃあ私もこの場には居るようにするけど、後は遅くなり過ぎない程度にして帰りなさい。少しナイルに挨拶をしてくる」
「わかりました。お疲れ様です」

先生は少し離れた場所に居るナイル先生の学校の一団に目を向けたあと、お疲れ、と言ってあたしの頭をぽんぽんと撫でてくれた。あたしにとってはまだ早いほどのご褒美だ。


「はーい、皆、明日からまた練習だからもう帰ろー」
「おう、ナマエ、講評でホルンソロ良かったって書いてあるぞ」
「えっ、まじ!?」
「マジマジ。ほら、見てみろよ」

そう言われて、ジャンジャンが持っている講評を覗きこむと、「ホルン、もう少し音程を合わせましょう」と書かれてあった。

「ぶっ…!アッハハハ!!騙されてやんの!」
「アンタももう少しまともな冗談言えないのかーー!!」

げらげら笑っているジャンの胸倉を掴み、ぐらぐらと体を揺らしているとライナーに騒ぐなと怒られた。もう少し自覚を持て!って。次の大会に進めなかった学校のことも考えろって。

「ジャンの所為だからね」
「悪かったって」

親の車まで歩きながらジャンジャンと反省した。そうだ。こんなにありがたいことなんて無い。支部大会に進めるのは、自分達が努力した結果が全てではない。指導者にも仲間にも恵まれて、周りの人達の協力とかいろんなものがあってこそだ。もちろんその裏側には涙を流す人達だっている。周りを見渡せば3年前のあたしとは違う意味かもしれないけど、悔しさを堪える人の姿があった。
目の前のことに目を向けるだけじゃなくて、もっと成長して周りを見なきゃ。エルヴィン先生や部員の皆にはもちろんだけどお母さん達にだって感謝しなきゃ。



「ねえ、今日演奏してるときのジャンジャンかっこよかったってミカサが言ってたよ」
「えっマジで?!」
「うっそー。ミカサがそんなこと言う訳ないじゃん」
「死ね」

だけどあたし達はまだ道の途中だ。言葉にして言うのは、全国大会が終わってからにしよう。


timido / はずかしそうな
(ありがとうって言うの恥ずかしいし)

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