15.decrescendo


「ふふ、やだ先生!それじゃあ全く可愛らしさがないじゃないですかあ!」
「ミョウジさんなら低音でも演出できるだろう?」
「えー、じゃあエルヴィン先生、またレッスンしてくださります?」
「ああ、時間が空いてる時ならいつでも」

昼休憩中にジュースが飲みたくなってので来た自販機コーナーに突っ立ってあたしは仲睦まじそうな2人を誰かが見たら間違いなくお前アホそうだなといった顔で眺めていた。先生はあたしの名字を口にして綺麗な女子生徒と一緒に笑っている。

「よっ、ナマエ!どうしたんだよアホそうな顔して」
「ジャンジャンとりあえず1回殴られて?」

有無を言わさずジャンの二の腕にパンチを入れる。痛ェな!なんだよ、と怒ったジャンはあたしが首も動かさず見ている方向に視線を向けた。すると、あー…なるほど、と顎に手を添えながら知った気に眉を潜めた。知った気野郎め。

「おい…ナマエ、最近あいつ先生のとこ入り浸ってるよな」
「そう、…なの?」
「1組のミョウジって奴だよ。あいつもお前と名字が同じなんだ。んで、声楽やってるらしくて時々エルヴィン先生に指導してもらってるみたいだぜ。知らなかったのか?最近よく先生の部屋に居るの見るぜ?」
「ふーん。知らなかった」
「…しかしどうもあの様子じゃそれだけじゃなさそうだな」
「それだけじゃなさそうって?」
「あ?お前あいつの顔見てわかんねえの?お前ホントに女子か?」

なんだよそれ、まるであたしが女子じゃないみたいな。ジャンが煩わしそうにあたしを見下げてくるものだから口を尖らせてしまった。

ミョウジさんは、ゆるいパーマがかかった長い髪ですらっと背が高くて細くてとても大人っぽい。彼女は先生と声楽の話をしていたのか、とジャンの話を聞いて理解した。彼を見上げて綺麗に笑う彼女と一緒に居るエルヴィン先生は、あたし達の前に居る時の先生というよりは、1人の男性なのだと思った。


彼はあたし達に気がつくと、面倒見の良い先生の笑顔に戻った。ジャンと2人で挨拶をすると、ミョウジさんと目が合った。彼女は優しそうな笑みを浮かべてあたし達に頭を下げる。あたしも笑って頭を下げようと思ったけど、なんとも言えない表情になってしまった。

「吹奏楽部の部長さん?」
「あ、うん。そうです」
「先生がよくあなたの事話してるから見たらわかったわ!あのね、エルヴィン先生が時々ナマエって私の事呼ぶの。名字が同じだから間違えてしまうって…ふふ、先生も抜けた所があるのね」
「え?あ、そうなんだ…」
「私も下の名前で呼ばれたいなあ…ミョウジさんが羨ましいわ」
「慣れたら、下の名前で呼ばれるんじゃないかな…?吹奏楽部の皆そうだし…」
「そうなんだー。じゃあもっと会いに行っちゃおうかな。先生、声楽にはあまり詳しくないってわかってるんだけど、格好良いし優しいからつい音楽研究室に会いに行ってしまうの」

部活の邪魔にならないようにするわね、と笑った。彼女の物言いには嫌味を全く感じなくて、本当に大人っぽくて上品という言葉が似合うくらいだった。


そして、桃色に色付いた頬と表情を見たらジャンがあたしに言いたかった事がわかった。彼女の幸せ気な笑みを見たらさすがのあたしだってわかる。この子、恋をしているんだなあ。
またね、と教室に戻って行った彼女をジャンは、オレはあいつ好かねえな、とぼやいた。


「それはジャンジャンがミカサみたいなクールな子が好きだからでしょ」
「な…っ、お前…!殴り返すぞ!!」
「じゃあね、ジャン」
「え?あ、オイ…どうしたんだよナマエ」

なんとなくジャンと一緒に居たくなくて足早に階段を上る。踊り場でぶつかったライナーと目が合うと、我慢していたものが溢れだした。

「…らいなぁっ…!」
「ナマエか、びっくりした…いきなりどうした?」
「う…、ミョウジさんて、…声楽のっ、子…知ってる…?」

落ちてくる涙を何度も拭いながら、突拍子もない事と思いつつ心の中でライナーに謝った。

「ああ、最近音楽研究室に来てるエルヴィン先生を好きそうな…あ、」

そこまで言ってライナーは困ったように両腕にしがみつくあたしを見下げる。

「う、うわああああん!」
「お、おい、泣くなよ…」
「かないっこないよお…っ、あ、あんなに可愛くて…っ、性格も、良くって…ううっ」
「で、でも俺は先生がミョウジさんを名前で呼んでる所見た事ないぜ?ナマエはナマエって呼ばれるだろ…?」
「それは吹奏楽部員だからでしょおっ!!」

ぴーぴー泣くあたしの頭を撫でながらライナーはあたしを励ますのをやめた。こういう時ライナーは黙る。何を言ってもあたしが聞かないからだと思うけど、頷きながら頭を撫でて話を聞いてくれる。

もし先生がミョウジさんを下の名前で呼び始めたらそれはそれでショックだ。あたしが何より悲しくて悔しくてかないっこないと思ったのは、自分が彼女に劣ってると思ったのもあるけど、それが1番ではなかった。


かないっこない。…あたしはあんな風に先生を笑わせられない。



decrescendo / だんだん小さく
(あたしはこども。せいと。ただのぶいん。せんせいはおとな。)

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