14.waltz


テスト週間の放課後、あたしは吹奏楽曲の入ったCDを借りようと音楽室に向かった。

テスト週間だから音楽室のある校舎には生徒はほとんどいない。階段を上っていると、ピアノの音が聞こえてきた。静かな校舎に小さくピアノの音が響く。


誰が弾いているんだろう


音楽室を覗くと、エルヴィン先生が居て、ピアノを弾いていたのは先生だった。

先生が弾いているのはとても難しい曲という訳ではないけれど、とても雰囲気の良い曲だった。少し物悲しいけど澄んだ夜空が見えるみたい。ずっと聞いていたいと思ってなかなか声をかけられずそこに佇んでいると、先生は誰かに見られていると感じたのか、ピアノを弾くのを止めて、こちらを向いた。


「ナマエか、どうしたんだい?」
「あ、CD借りようと思って…入って良いですか?」
「どうぞ」

CDが入っている棚はピアノの近くにある。ピアノの近くに行くといくつか楽譜が積まれていて、先生はそれを適当に選んで弾いているみたいだった。

「先生ピアノ結構弾けるんですね」
「そんなには弾けないけど、まあ音楽を専攻してたからね。」
「先生がちゃんとしたピアノ曲弾いてるの、初めて見ました」
「あまり聞かれても、恥ずかしいな」
「ふふ、かっこよかったですよ」
「ありがとう」

そんな会話をしながらあたしは目的のCDを探し、先生は楽譜を漁っていた。

「あったあった。ナマエ、これなら弾けるだろう?」
「何ですか?…あ、これ小学生の時にやった事あります」
「ちょうど連弾の楽譜が出てきたよ、ほら、座って」
「え、弾くんですか?」
「ちょっとだけだ、こっちで良いかい?」
「えー、できるかなあ…メロディーじゃないと弾けないからそっちで」

そう言って楽譜を眺めた。スケーターズワルツと言う3拍子のワルツ。明るくて可愛らしい光景が目に浮かぶような曲だ。久々に見る楽譜に弾けるか不安になる。だけど軽く弾いてみたら意外と体は覚えているみたいで。
しぶしぶと先生の右側に座った。しぶしぶと言っても心は嬉しくてにやけてしまっていている。ピアノ付属のイスは長椅子で2人くらいは座れるけど、小さく座ってもエルヴィン先生と少し肩や腕が触れ合ってしまう。その所為でトクトクと心臓の音が身体に響いた。


「じゃあやってみようか?」
「はあい」


あたしの左側に座る先生は心地良い3拍子のリズムを刻む。弾き始めは緊張して指が震えたけど、すぐに楽しくなってきた。重なり合う音符が気持ち良くて、自然と笑みが浮かぶ。


「あわわわわ、間違えた…」
「ははは」
「はやい!はやいです先生!」
「ほら、がんばってナマエ」


時々早く弾いたり遅く弾いたりして先生はあたしを笑ったけどなんだかんだあたしに合わせて弾いてくれる。同じリズムのユニゾンが先生とぴったり合うとなんだかくすぐったい。

「ふふ、本当にスケートしてるみたい!」
「ああ。」

短い連弾用の曲はすぐに終わってしまった。ああ、もう一回弾きたい、なんて思ってしまう。先生となら何度だって一緒に弾きたいくらいだ。でもそんな小さなワガママが言えないのは、あたしが臆病だから。

終わってから横に居る先生を見上げるとこっちを向いて笑って、あたしの背中をぽん、と叩いた。


「おもしろいからもう1回ちゃんとやろう。符号を良く見て、1拍目は少し重く」
「え、」



音楽室に3拍子のワルツが何度も響く。



「また間違えた、ここ違う」
「うあああ、ごめんなさい…」



エルヴィン先生の中の何かを刺激してしまったのかそれからエルヴィン先生はあたしが完璧に弾けるまで続けた。

テスト週間だから勉強しないといけなかったのに、という事に気が付いたのはあたしがやっと先生から合格をもらってからだった。



waltz / 4分の3拍子の舞曲
(よくできました、ナマエ)

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