12.tempo giusto


早朝、練習をしようと思っていつもより早く学校に来た。いわゆる朝練ってやつだ。まだほとんど生徒のいない学校は静かで、不思議な感じがする。開いていないであろう音楽室の鍵を取りに音楽研究室へ向かい、エルヴィン先生に挨拶を済ませ、鍵を借りた。



いつも通り楽器を出して練習を始める。まだ誰もいないからあたしの音が響いて、少し恥ずかしい。すると、誰か来たようで音楽室のドアが開いた。

「ちょっと失礼するよ、ナマエ」
「あ、先生…大丈夫ですよ」

先生は音楽室にある備品を取りに来たようで、棚の中を漁っていた。なんだか余計に1人で楽器を吹くのが気まずい。好きな人と2人きりって普通に緊張する。



「少し口元に力を入れ過ぎだよ。お腹に力を入れて、息をしっかり出して」
「あ、はい」
「高音が出せても、音圧がないと駄目だ」

あたしの練習を聞いていた先生が、ふとアドバイスをくれた。先生はいつの間にかあたしの目の前に座って基礎練習を見てくれていた。

「ここに力が入ってる」

そう言って先生はあたしの口元を触った。楽器のレッスンではお腹とか口元に触ったりする事はよくある事だ。だからあたしも平然を装うけど次第に顔が熱くなるのがわかる。真剣な先生の顔はとても近くて、先生の大きくてきれいな指先が離れていくのが少しだけ、ほんの少しだけだけど、名残惜しかった。

あたしの顔が赤い事に気がついたのか先生はすまない、と言う。

「つい指導する時はその方がわかりやすいから触れたりする事があるけど、私は教師だから、その辺の境界線が難しい時があるんだ」
「でも、吹奏楽の指導してるんだから普通だと思いますよ…」
「中には嫌がる生徒もいるからね」
「そですか…あ、たしは嫌じゃないですから、指導してくださいね」

先生は呆気にとられたような顔をした。これじゃあまるでどんどん触ってくださいってアピールしているみたいだ、と気付いてまた顔が赤くなる。

「あ、いや、えーと…変な意味じゃないですよ?」

そう言って先生を見上げると先生は少しだけ声を出して笑った。

「わかっているよ、ありがとう。この部活の子は皆、教えた事を一生懸命吸収しようとしてくれる。だから、私はそういうナマエが好きだよ。」

エルヴィン先生はあたしの頭を撫でた。…好き、だって。もちろんそこには先生と生徒の壁があるとわかっているのだけど、嬉しくてつい表情が綻んでしまった。



「あたしも、先生が好きですよ」

笑ってそう告げられたのは、あたしとエルヴィン先生の間には保たれた距離があって、まだ安心してそれにすがる事ができたからだ。先生だってわかってる。

少しだけ勇気を出して頭にのせられた先生の手に触れると、先生はあたしの手を握ってくれた。どきどきという音がこの静かな音楽室に響いてやしないかと心配になる。


微かに冷たい先生の手は大きくてごつごつしていた。あたしに向けられた優しい瞳から目が離せない。


「おはようございまーす」
「ああ…おはよう、エレン、ミカサ、アルミン」
「おはようございます、エルヴィン先生」
「おはようございます」

エレン達が音楽室に入ってきた瞬間、先生の手は、ぱっと離れていった。

「それじゃあ、練習がんばって」

先生は音楽研究室に帰っていた。

「おはよう、ナマエ」
「おはよう、アルミン。エレンとミカサも」
「ナマエ、顔赤いけど大丈夫か?」
「あ…ちょっと練習見てもらってたくさん吹いたから、疲れちゃった!」

4人で会話をしている最中も、頭の中に浮かぶのはさっきまでの光景だった。



先生、もっと触れてほしいと思っては駄目ですか


その手にもっと触れたいと思っては、駄目でしたか…?



tempo giusto / 正しいテンポで
(欲張りは禁物なのだ)

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